疾患に応じた適正な医療のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
199700290A
報告書区分
総括
研究課題名
疾患に応じた適正な医療のあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
牛島 定信(東京慈恵会医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 大塚俊男(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 牛島定信(東京慈恵会医科大学精神医学講座)
  • 白倉克之(国立療養所久里浜病院)
  • 新貝憲利(成増厚生病院)
  • 大川匡子(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 岸泰宏(日本医科大学千葉北総病院精神医学教室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 精神保健医療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
13,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在展開している精神医療システムの現状と問題点を明かにし、今後のわが国の医療のあり方を追究することを目的として、精神疾患の治療の現状と治療指針の作成に関する研究(大塚)、児童思春期の精神保健医療のあり方に関する研究(牛島)、アルコール依存症の治療システムに関する研究(白倉)、先進諸外国における精神科救急ー急性期医療体制及びアルコール依存医療体制の比較研究(新貝)、睡眠障害医療の拠点に関する研究(大川)、自殺の実態および自殺予防の検討に関する研究(岸)の6つの領域での研究を行った。
研究方法
治療指針に関する研究においては、精神分裂病と自殺についてこれまで刊行された研究成果を可及的に中立の立場で集約し合理的な治療指針を作成することを目指した。児童思春期に関する研究においては、大学病院精神科、小児科のそれぞれの5つの施設、児童精神科専門の2施設において3か月間に受診した症例を対象に8か月間に治療を受けた203症例を対象にいくつかの評価表や調査票を使用してそれらの症例の特徴を捉えようと試みた。先進諸国の精神医療に関する研究では、アメリカ、イギリス、イタリア、ドイツ、オーストラリアの代表的な施設に対して質問紙を郵送した。睡眠障害医療に関しては、文献調査と専門家からの聴き取り調査を行って資料の収集に努めた。自殺に関する研究においては、首都圏にある3つの第三次救命救急施設に三ヶ月間に収容された54例を対象に調査した。
結果と考察
治療指針に関する研究においては、精神分裂病の薬物療法、精神療法、作業療法、地域療法に分けて検討され考察された。急性期の薬物療法においては高力価の抗精神病薬の使用が進められ、その効果判定にはPANSSなどの症状評価尺度などの使用することが一般化していること、多様な副作用への対応を怠らないこと、興奮のつよい患者には筋注や静注が効果的なことがあること、治療抵抗性の患者には炭酸リチウムやカルバマゼピンを併用するなどして抗精神病薬の作用を増強する方法を考慮すること、さらに維持期の薬物療法では最小有効量への緩徐な減量と副作用への注意を促す文献が多いことが示された。精神療法に関しては、認知行動療法的研究の集積が行われていることが明かになった。そのなかでとくに生活技能訓練が一貫して優れた成績を収めその効果も持続することを認める一方で、精神症状や再発率については他の治療法と有意の差異を認めなかったとする報告がある。薬物抵抗性の幻聴や妄想への認知行動療法的介入の試みが続けられているが、統制研究にはまだみるべきものがないこと、心理教育的接近についても生活技能訓練と同じ方向の結果が報告去れている。さらに精神分裂病患者に対する認知プロセスの訓練の試みがなされているが、部分的ではあるがそれなりの効果の報告が続いているとしている。また作業療法については、作業療法士の行う治療的接近に限定せずに仕事、日常生活動作、遊びなど広範囲に亙る作業活動まで含めると、分裂病治療における役割の重要さを否定するものはいないが、診療報酬の裏づけがない現在、どうしても長期入院患者に限定されがちであるとする。地域医療に関しては、諸外国で展開されているAssertive Community Treatment モデルを使用した地域医療はわが国では基盤整備が徐々に進みつつあるが未だしの感は免れないとしている。
児童思春期医療に関する研究においては、年齢分布は小児科では5-7歳と13歳に、精神科では14歳以降に増える傾向があり、専門施設で5歳と14歳にピークがみられた。また疾患別にみると、精神分裂病は専門施設と精神科に集中し、小児科では稀であること、神経症・ストレス障害はいずれの施設においても群を抜いて症例数が多いこと、年齢的には小児科で13歳で、専門施設では14-15歳で、精神科では年齢が増すとともに受診数も増える傾向にあった。さらに人格障害は、15歳以降に精神科に集中する傾向が認められた。精神遅滞と発達障害は一部の精神科を除いて専門施設と小児科に集中する傾向があった。問題になっている行動障害については、虐待例はいずれの施設でも受診者が少なく、不登校では小児科で13歳、専門施設で14-15歳、精神科で15-6歳と施設によって年齢差のあることがわかった。総じて、神経症圏内の症例はいずれの施設でも数が多いこと、小児科では全体に年齢が低く精神遅滞や発達障害が受診しやすく、専門施設では分裂病をはじめとした精神病や発達障害が、精神科では神経症圏内の症例に加えて人格障害ないしはそれに連なる問題行動の症例が受診しやすい傾向を認めることができた。ただ話題になっている虐待や引きこもり例などがどの施設でも少なく、これらの施設が地域社会に深く浸透しているかどうかに疑問がもたれた。
アルコールに関する研究では、対象となった203例のうち、80%は精神疾患を併発しておらず、人格障害を有するものは6名のみであった。離脱症状としてはけいれん発作、譫妄、幻覚症などがあった。入院治療プログラムを完結したものは87%であったが、ほぼ全例が抗酒薬を服用しており、93%の者が良好な治療態度と評価された。退院後3ヶ月に治療転帰が把握できたものは74例であった。この数字は調査時に退院後3ヶ月に達していないものが少なくなかったことを反映している。この74例中、3ヶ月完全に断酒できたものは38例(51%)であった。今後、症例を重ねて長期の予後を調査する必要があるとされた。
先進諸国の精神科救急-急性期医療に関する研究においては、國公立の総合病院が主にその役割を受け持っていた。しかし、民間精神科病院が一部の急性期医療は行っている国もみられた。民間病院と國公立病院の役割は区別されていた。いずれの國も触法精神科医療と精神科一般医療とは区別されており、前者は一定数の病床を確保しているがアメリカはその病床が極端に不足していた。精神科医療制度は国々によりそれぞれ独自性がみられた。治療プロセスは各国とも医療圏ごとに救急-急性期医療機関および地域医療サービス機関が整っており、それらのネットワークでの連携がみられた。病床数は万対7-10床出会った。一日の入院医療費は約25,000-85,000円と国により格差が会った。医療費の支払制度については各国独自の支払方式がみられたが、DRG(Diagnostic Related Group)などの方式は精神科医療に関してはまだ試行の段階であった。
睡眠障害に関する研究においては、まずわが国における睡眠障害の実態についての調査を行った。いくつかの資料を基に算出すると、全国で不眠性睡眠障害患者が671.9万人、過眠性睡眠障害患者が63.5万人おり、合計735.4万人の睡眠障害患者が示された。不眠性睡眠障害患者のうち、352.6万人が習慣的に寝酒、安定剤、睡眠薬を常用している。この中で睡眠薬を服用しているのは平成7年度で200.0万人である。これは平成2年度の睡眠薬服用患者数160.0万人から5年間で40万人増加したことになる。こうした睡眠薬服用患者の増加は現代社会のストレスによると考えられてきたが、注意すべきは睡眠薬では治療が不可能な治療抵抗性不眠症に対しても適切な診断が下されないまま漫然と投与が行われていることである。これらには、リズム障害性不眠5.7万人、無呼吸性不眠5.1万人、不随意運動性不眠2.2万人が含まれる。これらは確定診断を行えば根本治療が可能で、睡眠薬の服用をする必要はない。またこれらは神経症性うつ病、出社拒否などとされ方向違いの治療を受けているものもあった。諸外国に関しては、ことにアメリカ議会指紋委員会報告書「目覚めよアメリカ」の検討が行われた。4000万人のアメリカ人が慢性的睡眠覚醒所外にかかっており、多くは診断されることなく治療されないままになっている。慢性的ではないにせよ睡眠に関連した問題をもっているものが2000-3000万人いるが、委員会の予測によれば1990年に睡眠障害と眠気に費やされた額は直接的なコストだけでも159億ドルに達するという。こうした統計を受けて、わが国にも睡眠障害医療拠点の必要性を説き、終夜睡眠ポリグラフ検査のできる施設を全国的に設置し、地域の保健所、精神保健福祉センター、一般病院・診療所等とのネットワークを構築して、睡眠障害者に対応していく構想を提示した。
自殺企図に関する研究においては、対象となった54例を対象に解析が進められた。それによると、精神科受診歴を有するものが44%と一番多かったが、受診歴のないものも4割に達して。しかしその前後の精神症状を調べてみると8割のものにそれが求められ、7割には不眠が認められた。精神科診断としては、気分障害、神経症性障害、人格障害、精神分裂病の順となっていた。身体合併症に関しては10例(18.5%)に認められた。つまり、自殺企図前1ケ月で8割の患者に精神症状が認められ、大多数において気分障害の診断が可能であった。
結論
上に示された領域における研究資料の不足が各研究者により指摘された。ことにわが国での調査資料の不足は目に余るものがある。したがって、今度の調査研究での結果は重要な意味があるといわねばならない。こうした資料の積み重ねが今後の適正な医療のあり方の示す基盤になることは間違いない。

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