文献情報
文献番号
199700285A
報告書区分
総括
研究課題名
身体・知的・精神障害に関する疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
久道 茂(東北大学医学部)
研究分担者(所属機関)
- 山内繁(国立身体障害者リハビリテーションセンター)
- 佐藤久夫(日本社会事業大学)
- 北村俊則(国立精神・神経センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 障害者等保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
障害者の態様に対応した保健福祉施策体系を整え、サービスを効率的に実施してゆくには、対象である障害者の障害構造や生活・社会環境等に関する的確な状況分析が不可欠であるが、現状は必ずしも十分であるとはいえず、疫学的な視点や社会環境と障害者の関係等に関する専門的な研究の必要性が指摘されている。本研究の目的は、障害者の実状とニーズを明らかにするとともに、従来の各種実態調査のあり方についても検討することであり、よりよい障害保健福祉対策の検討に資することである。
研究方法
(1) わが国における身体障害者の障害構造の推移に関する研究(久道)厚生省により過去8回にわたり実施されている身体障害者実態調査をもとに、障害の種類別や程度別の構成、年齢、性、就業状況などの推移について記述疫学的に明らかにする。(2) 身体障害者の疫学像とニーズを把握するための諸方策に関する研究(山内)わが国における障害構造の推移を分析するとともに、今後の障害に関する疫学研究のあり方について検討する。(3) アジア太平洋地域における障害発生と予防に関する研究(佐藤)アジア太平洋地域の障害者統計および疾病構造に関する各国からの資料、関連国際機関の関連を収集し、データ収集の方法、障害の定義、出現率、年齢・性別・原因などの分布などについて分析した。(4) 精神障害者環境のバリアフリー化の具体策に関する研究(北村)精神疾患に対する偏見の要因を検討するため、都内の大学で教育学を受講する大学生233名を対象に、質問紙による調査を実施した。質問紙では、うつ病、精神分裂病、社会恐怖症、精神分裂病、躁病、摂食障害、依存性症候群(ニコチン依存)、妄想性障害、強迫性障害の9つの精神疾患のcase vignetteを呈示した。被験者は、その症例に対して社会的距離、善悪の判断ができるかどうか、社会復帰ができるかどうか、危険と感じるかどうかなどを評定した。
結果と考察
(1) わが国における身体障害者の障害構造の推移に関する研究(久道)平成3年時点の全国の在宅の身体障害者数(18歳以上)は、272.2万人であり、この50年間で5倍以上に増加した。身体障害者の10歳階級別頻度は、40歳未満と40歳代で変化はないが、50歳以上の頻度は増加しており、その傾向は高齢になるほど顕著であった。平成3年では、身体障害者の62.7%が60歳以上であり、高齢化が進行している。障害発生時の年齢は、40歳未満で減少し、40歳以上では増加している。すなわち、障害者の高齢化傾向は、障害の発生年齢の上昇による。これは、障害の発生原因それ自体の変化を示唆するものである。障害の原因の推移を見ると、事故・外傷、感染症、中毒性疾患による割合は減少し、「その他の疾患」による割合は増加している。視覚障害における主な疾患の患者数の推移では、角膜疾患の患者数が減少している一方、網脈絡膜・視神経疾患の患者が増加している。聴覚・言語障害では外耳性疾患が最も多く、内耳性疾患がそれに次ぐ。肢体不自由で最も多い疾患は脳血管障害であり、骨関節疾患とリウマチ性疾患が次ぐ。肢体不自由の原因疾患の多様化傾向が見られる。内部障害で最も多い疾患は心臓疾患(ペースメーカー装着など)であり、腎臓疾患(人工透析など)が次いでいる。これら2疾患は増加傾向にあるが、呼吸器疾患の患者数に著明な増加は見られていない。身体障害者の障害程度(等級)分布の推移を見ると、1級者の割合が増加し、障害の重度化傾向が見られる。身体障害者における日常生活動作の要介護者率には大きな変化がなかった。過去1年間に医療機関で受けた治療状況を見ると、平成3年では身体障害者のうち69.1%の者が病気の
ために医療機関に入・通院していた。その比率は、昭和55年以降、わずかに減少している。注目すべきは、31日以上にわたって治療を受けた者の割合が減少していることである。しかしながら、身体障害者における高齢化、障害発生原因に占める疾病の割合の増加、障害等級で見る重度化という近年の傾向を考えるならば、この受診回数の減少傾向は説明し難い。身体障害者が必要とする医療のあり方について検討する必要がある。就業率の推移を見ると、昭和26年及び30年では身体障害者全体のうち過半数が就業していたが、昭和55年の就業率は32.3%にまで低下し、以降、横這い傾向にある。就業率が30%程度の低率に留まっている背景には、障害者の高齢化や重度化などが関与していると思われる。過去の身体障害者実態調査報告をもとに、わが国における障害構造の推移を分析した結果、大きな特徴として、身体障害者の高齢化、原因疾患の変化と多様化、そして障害の重度化という3点が示された。その結果、障害者自体における生活支障の状況やニーズも変化していることが示唆される。(2) 身体障害者の疫学像とニーズを把握するための諸方策に関する研究(山内)わが国における障害像の変遷を踏まえて、今後行われるべき身体障害の疫学研究を述べる。a)身体障害者手帳申請書の活用による定点モニタリング:身体障害者手帳申請書は医師により作成され、障害の原因疾患とその経過、障害の様相と程度について正確な記載がなされている。数カ所の自治体を対象に、身体障害者手帳申請書をデータベース化すれば、身体障害の正確な疫学像が把握できる。調査を長期間継続すれば、年次推移も正確に把握できる。このような定点モニタリングを確立することが必要である。この際、プライバシーの保持に極力注意すべきである。b)地域における身体障害者コホートに対する追跡調査:地身体障害者を対象にコホート研究により、原因疾患の経過、障害の重度化の過程、生存状況を明らかにする。さらに、予後に影響を及ぼす要因(年齢、性、家族構成、疾患に関わる要因、保健福祉サービスやリハビリテーションの実施状況など)も解析する。c) 身体障害の原因疾患に関する追跡調査:たとえば糖尿病は、視覚・肢体不自由・内部の各障害における主要な原因疾患である。そこで、糖尿病患者を対象としたコホートを設定し、その病態の進行や合併症の発生などの長期予後を明らかにする。さらに予後に影響を及ぼす要因を検索し、有効な治療法の検討を行う。欧米では糖尿病の合併症発生予防を目的とした無作為割り付け対照試験(例:Diabetes Complication Control Trial; DCCT)がすでに実施されているが、日本における取り組みは十分ではない。d)リハビリテーションの効果および効率に関する評価のための介入研究:運動機能障害に対するリハビリテーションの効果、特に地域リハビリテーションについては、介入試験による検討はほとんど行われていない。その需要が増大しつつある現在、医療保険・介護保険財政との関連においても、わが国で行われているリハビリテーション治療の効果と効率に関して、介入試験による科学的な評価を行うことは急務である。e)障害程度(等級)判定の妥当性に関する評価研究:障害程度(等級)により処遇が決まる以上、その判定には高度の妥当性が保証されなければならない。障害程度(等級)の妥当性を評価するため、身体障害者を対象に、要介護の種類と頻度、日常生活における行動(生活時間構造)調査、就業制限と所得損失の程度、受療状況などを調査し、身体障害者手帳に記載されている障害程度(等級)との相関を解析する。(3) アジア太平洋地域における障害発生と予防に関する研究(佐藤):報告されている障害者の出現率は、タイ0.5%、バングラデシュ0.7%などで低く、オーストラリア18.0%、ニュージーランド20.9%などで高く、中国4.9%、パキスタン4.9%、フィリピン4.4%、日本3.6%などが中間グループとなっている。これらの差の理由として、発展途上国では人口の高齢化が進んでいないことや重度障害者の余命が短いことなども考えられたが、むしろ重要なのは障害の定義であり、精神障害を除
外していたり、身体障害の中でも盲、ろう、切断などの重度機能形態障害のみであったりする場合が多かった。各国で比較可能な統計を得るためには、国際障害分類などに基づいた標準的な定義での調査が必要であり、調査員訓練など各国に対する国際機関の技術援助が必 要であると考えられた。(4) 精神障害者環境のバリアフリー化の具体策に関する研究(北村)精神分裂病の症例について、社会的距離(p<.06)、善悪の判断の有無(p<.01)、社会復帰の可能性の有無(p<.06)、危険性の有無(p<.01)などに有意差および傾向差が見られた。いずれの場合も、診断名条件では他の2条件よりもネガティブなイメージをもたれやすいことがわかった。次に各診断名の見聞頻度とイメージの良し悪しについて調べた。見聞頻度の高い順に3つ挙げると、うつ病(2.8)、精神分裂病(2.6)、摂食障害(2.4)となり、イメージの悪い順に並べると、精神分裂病(1.5)、妄想性障害(1.6)、強迫神経症(1.8)となった。妄想性障害と強迫神経症は見聞頻度が低い(それぞれ1.9と1.8)ことを考えると、精神分裂病は、「一般に良く知られたかなりイメージの悪い診断名」と言うことになる。
ために医療機関に入・通院していた。その比率は、昭和55年以降、わずかに減少している。注目すべきは、31日以上にわたって治療を受けた者の割合が減少していることである。しかしながら、身体障害者における高齢化、障害発生原因に占める疾病の割合の増加、障害等級で見る重度化という近年の傾向を考えるならば、この受診回数の減少傾向は説明し難い。身体障害者が必要とする医療のあり方について検討する必要がある。就業率の推移を見ると、昭和26年及び30年では身体障害者全体のうち過半数が就業していたが、昭和55年の就業率は32.3%にまで低下し、以降、横這い傾向にある。就業率が30%程度の低率に留まっている背景には、障害者の高齢化や重度化などが関与していると思われる。過去の身体障害者実態調査報告をもとに、わが国における障害構造の推移を分析した結果、大きな特徴として、身体障害者の高齢化、原因疾患の変化と多様化、そして障害の重度化という3点が示された。その結果、障害者自体における生活支障の状況やニーズも変化していることが示唆される。(2) 身体障害者の疫学像とニーズを把握するための諸方策に関する研究(山内)わが国における障害像の変遷を踏まえて、今後行われるべき身体障害の疫学研究を述べる。a)身体障害者手帳申請書の活用による定点モニタリング:身体障害者手帳申請書は医師により作成され、障害の原因疾患とその経過、障害の様相と程度について正確な記載がなされている。数カ所の自治体を対象に、身体障害者手帳申請書をデータベース化すれば、身体障害の正確な疫学像が把握できる。調査を長期間継続すれば、年次推移も正確に把握できる。このような定点モニタリングを確立することが必要である。この際、プライバシーの保持に極力注意すべきである。b)地域における身体障害者コホートに対する追跡調査:地身体障害者を対象にコホート研究により、原因疾患の経過、障害の重度化の過程、生存状況を明らかにする。さらに、予後に影響を及ぼす要因(年齢、性、家族構成、疾患に関わる要因、保健福祉サービスやリハビリテーションの実施状況など)も解析する。c) 身体障害の原因疾患に関する追跡調査:たとえば糖尿病は、視覚・肢体不自由・内部の各障害における主要な原因疾患である。そこで、糖尿病患者を対象としたコホートを設定し、その病態の進行や合併症の発生などの長期予後を明らかにする。さらに予後に影響を及ぼす要因を検索し、有効な治療法の検討を行う。欧米では糖尿病の合併症発生予防を目的とした無作為割り付け対照試験(例:Diabetes Complication Control Trial; DCCT)がすでに実施されているが、日本における取り組みは十分ではない。d)リハビリテーションの効果および効率に関する評価のための介入研究:運動機能障害に対するリハビリテーションの効果、特に地域リハビリテーションについては、介入試験による検討はほとんど行われていない。その需要が増大しつつある現在、医療保険・介護保険財政との関連においても、わが国で行われているリハビリテーション治療の効果と効率に関して、介入試験による科学的な評価を行うことは急務である。e)障害程度(等級)判定の妥当性に関する評価研究:障害程度(等級)により処遇が決まる以上、その判定には高度の妥当性が保証されなければならない。障害程度(等級)の妥当性を評価するため、身体障害者を対象に、要介護の種類と頻度、日常生活における行動(生活時間構造)調査、就業制限と所得損失の程度、受療状況などを調査し、身体障害者手帳に記載されている障害程度(等級)との相関を解析する。(3) アジア太平洋地域における障害発生と予防に関する研究(佐藤):報告されている障害者の出現率は、タイ0.5%、バングラデシュ0.7%などで低く、オーストラリア18.0%、ニュージーランド20.9%などで高く、中国4.9%、パキスタン4.9%、フィリピン4.4%、日本3.6%などが中間グループとなっている。これらの差の理由として、発展途上国では人口の高齢化が進んでいないことや重度障害者の余命が短いことなども考えられたが、むしろ重要なのは障害の定義であり、精神障害を除
外していたり、身体障害の中でも盲、ろう、切断などの重度機能形態障害のみであったりする場合が多かった。各国で比較可能な統計を得るためには、国際障害分類などに基づいた標準的な定義での調査が必要であり、調査員訓練など各国に対する国際機関の技術援助が必 要であると考えられた。(4) 精神障害者環境のバリアフリー化の具体策に関する研究(北村)精神分裂病の症例について、社会的距離(p<.06)、善悪の判断の有無(p<.01)、社会復帰の可能性の有無(p<.06)、危険性の有無(p<.01)などに有意差および傾向差が見られた。いずれの場合も、診断名条件では他の2条件よりもネガティブなイメージをもたれやすいことがわかった。次に各診断名の見聞頻度とイメージの良し悪しについて調べた。見聞頻度の高い順に3つ挙げると、うつ病(2.8)、精神分裂病(2.6)、摂食障害(2.4)となり、イメージの悪い順に並べると、精神分裂病(1.5)、妄想性障害(1.6)、強迫神経症(1.8)となった。妄想性障害と強迫神経症は見聞頻度が低い(それぞれ1.9と1.8)ことを考えると、精神分裂病は、「一般に良く知られたかなりイメージの悪い診断名」と言うことになる。
結論
わが国では身体障害者数の増加という量的な変化に加えて、質的な変化も生じている。それは、身体障害者の高齢化、原因疾患の変化と多様化、そして障害の重度化という3点に集約される。その結果として、障害者自体における生活支障の状況やニーズも変化していることが示唆された。今後の研究として、身体障害者手帳申請書の活用による定点モニタリング、地域における身体障害者コホートに対する追跡調査、身体障害の原因疾患に関する追跡調査、リハビリテーションの効果および効率に関する評価のための介入研究、障害程度(等級)判定の妥当性に関する評価研究などが必要と思われた。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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