筋萎縮性側索硬化症などの障害者に対するヘッドマウントディスプレイを利用したコミュニケーション機器開発研究

文献情報

文献番号
199700274A
報告書区分
総括
研究課題名
筋萎縮性側索硬化症などの障害者に対するヘッドマウントディスプレイを利用したコミュニケーション機器開発研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
福原 信義(国立療養所犀潟病院)
研究分担者(所属機関)
  • 中島孝(国立療養所犀潟病院)
  • 林茂信(国立療養所犀潟病院)
  • 水島洋(国立がんセンター研究所)
  • 橋本靖嗣(島津製作所)
  • 伊藤隆(愛知医科大学)
  • 祖父江元(名古屋大学)
  • 金子宏(愛知医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 障害者等保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)は国の特定疾患に指定される神経難病である。10万人に5人程度の有病率で、そのうち90%は中年期以降に発症している。国内の患者は4,500人程度である。原因は不明であり、治療法は見つかっていない。症状が進行するに従って、四肢筋、えんげ嚥下筋、呼吸筋の筋力低下と萎縮が進み、発症から4~5年で完全な四肢麻痺となって、人工呼吸器がなければ生存できない状態になる。しかし、知能、感覚、眼球運動は正常であり、知的な創造活動は可能である。患者には英国の宇宙物理学者ホーキング博士らがいる。ALS患者は話すことも書くことも全くできないため、医療従事者や介護者、家族とのコミュニケーションが困難である。このため、患者のQOL(Quality of Life)を向上させるためのコミュニケーション機器の開発が望まれている。従来は、50音表が描かれた透明板を介護者が患者の前にかざし、50音表中の文字を見る患者の視線方向を、この透明板の反対側から見て文字を拾うことで意思伝達を行っていた。その後開発された意思伝達装置としては、パソコンの画面上に50音表を表示し、列および行方向にスキャンする選択範囲を、患者が押すスイッチ信号によって確定して入力を行うものがあるが、入力確定までに時間がかかり、非常に使いにくいものであった1)。著者らは、ALS患者に唯一残された運動機能である眼球運動から、患者の視線検出を行い、視線移動に合わせてパソコンのマウスポインタを移動することで、視線によってパソコンを操作できるHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)装置を試作した。本装置はHMDによって画像を表示するため、患者の姿勢に関わらず最適な表示画像が得られるという利点がある。視線によってパソコンを操作することで、50音表の文字を直接指示することが可能となり、従来の装置に比べて高速に文書作成を行うことができる。音声発生ソフトを使用して入力した文書を音声に変換することができ、医療従事者や介護者とのコミュニケーションを円滑に行うことが可能になる。また、文字入力だけでなく、ブラウザを操作することができ、インターネットを通じて情報の取得、発信を行うことも可能になる。これらの機能により、患者の社会参加への機会が広がることが期待される。本論文では、試作した視線入力HMD装置の概要および視線検出用ソフトウェアにつ
いて述べる。
研究方法
研究方法及び結果=装置:図1(省略)に試作した視線入力HMD装置の外観を、図2(省略)に装置のブロック図を示す。HMDは、島津社製のSee-Through Vision STV-Eをもとに、眼球を照明する近赤外LEDおよびCCDカメラを内臓して、眼球画像撮影が行えるように改造した。STV-Eは眼前1mの距離に50インチ相当の画像(虚像)が表示される2,3)。表示画像水平解像度は350TV本以上である。入力ビデオ信号は、NTSC同期信号周波数に準拠したRGBコンポーネント信号である。装着者が眼鏡を着用できるように20mmの射出ひとみ距離が設けてある。近赤外LEDは左右両眼の前方にそれぞれ4個近赤外光はハーフミラーで反射され、光学フィルタによって可視光をカットした後に設置されており、まぶたの陰が生じないように眼球を均一に照明している。眼球で反射されたCCDカメラに入射する。眼球撮像光学系とHMDがい一体になっているため、HMD装着者が頭部を自由に動かしても顔、表示画像、カメラの相対的な動きはなく、視線検出のずれは少ない。CCDカメラの出力はNTSCビデオ信号であり、2値化回路により2値画像に変換される。図3(省略)は正面注視時の眼球画像であり、図4(省略)はこの画像を2値化して瞳孔のみを取り出した画像である。眼球を外から眺めたときに、白く見える部分が強膜(Sclera)、中央部の暗い部分が瞳孔(pupil)、瞳孔の周囲の同心円状の少し明るい部分が虹彩(iris)である。瞳孔上にある輝点は、照明用の近赤外光源が角膜(Cornea)に反射した像である。瞳孔は虹彩の開口部であり、虹彩は近赤外の光に対して強い反射特性を持っているため瞳孔は暗く撮影される。図5(省略)は瞳孔付近の水平方向の濃度分布を示した図である。中央の輝度の低い部分が瞳孔であり、輝度がシャープに高くなっている部分が光源の角膜反射像である。この図で分かるように、瞳孔とその他の部分とは輝度がかなり異なる。したがって、2値化回路のしきい値を適切な値に設定することで、図4(省略)のような瞳孔画像を得ることが出来る。2値化された瞳孔画像は、画像キャプチャボード(MuTech社 MV-1000)によって、パソコン(DELL社Optiplex Pro)のメモリにPCIバス経由で取り込まれる。画像取り込み速度を上げるために、取り込む画像の領域を、眼球の中心付近で瞳孔の移動範囲内(水平440ドット×垂直400ドット)に制限した。視線方向の計測法:瞳孔中心位置の計測 2値化された瞳孔画像から瞳孔の中心位置を求めるには、重心計算による方法、最小二乗法による方法などがあるが、本システムでは専用の演算回路を設けず、パソコンのCPUによって視線検出処理を行っているため、少ない計算量で処理を完了する必要がある。このため、重心計算によって瞳孔の中心位置を求めることとした。すなわちXc、Ycをそれぞれ重心(瞳孔中心)のX、Y座標とすれば、ただし、Xi、Yi は2値化された眼球画像における瞳孔に相当する画素の座標、Nは瞳孔部分の画素数である。重心計算によって得られた瞳孔中心位置画像を図6に示す。(赤丸が重心位置を表す。)視線方向の計算 瞳孔位置からディスプレイ上の視線位置を求めるには、瞳孔座標系からディスプレイ座標系への座標交換を行う必要がある。瞳孔座標系からディスプレイ座標系への変換は次式によって行う。ただし、Xc、Ycは前記の瞳孔中心の位置座標、X'D、Y'Dはディスプレイ上の視線位置座標、α、β、γは座標変換パラメータ、X0、Y0はオフセット量である。座標変換パラメータは個人毎に違っており、また装着位置によっても若干変動する。このため、装着時に数点の指標点を画面に表示し、これらの指標点を注視したときの瞳孔中心位置を計測して、測定値から式(3)の座標変換パラメータを求めた。たとえば、9点の指標点を表示して、それぞれの指標点を注視したときの瞳孔位置は図7(省略)のようになる。ここで、中心の指標点における瞳孔位置(PO)を原点として、4つの象限に分割したときに、それぞれの象限で座標変換パラメータが異なっている。そこで、式(3)の計算は4つの象限のそれぞれに場合分けした処理を行った。固視微動の処理 眼球運動は、追従運動、跳躍運動
、固視微動の3つに大別される。追従運動は比較的ゆっくりと動く視対象を追うときの滑らかな運動であり、跳躍運動(Saccade)は動きの速い視対象を追う時に生じる飛ぶような速い動きである。また、固視微動は一点を注視している時の小刻みな振動であり、不随意な動きである。ディスプレイ上の文字やアイコンを注視している時には固視微動だけを考慮すればよいが、入力する文字や図形を探している時には跳躍運動に対する処理が必要となる。固視微動においては、本人が一点を注視していても視点は微動しているわけであるから、使用者への違和感をなくすためには視点を固定する必要がある。このため、瞳孔位置に対する時間平均を行うことで微動を防ぐようにした。しかし、跳躍運動の際に同様の処理を行うと、マウスポインタの移動に遅れが生じてしまうため、跳躍運動と固視微動とで場合を分けた処理を行った。
結果と考察
考察及びALS患者の意思・情報伝達装置として、視線入力が行えるHMDを試作した。患者の視線によってパソコンのマウスポインタを移動する事で、健常者がマウスを使うようにパソコンを操作することができ、患者が文書作成を行ったり、作成した文書を音声、あるいは電子メールとして他者とのコミュニケーションに使うことが本装置によってできるようになる。また、従来の意思伝達装置とは異なり、パソコンの機能をフルに使うことが出来るため、WWWによるインターネットでの情報発信、収集、およびリモコン等による環境制御が行えるという特徴がある。本装置はALS患者のみならず筋ジストロフィー患者、頚椎損傷患者の意思・情報伝達装置としても有用であり、今後患者のQOL向上に貢献できると考える。
結論

公開日・更新日

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研究報告書(紙媒体)