発達障害児療育システムの向上に関する研究

文献情報

文献番号
199700273A
報告書区分
総括
研究課題名
発達障害児療育システムの向上に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
清水 將之(三重県立小児心療センターあすなろ学園)
研究分担者(所属機関)
  • 村田豊久(九州大学)
  • 清水康夫(横浜市総合リハビリテーションセンター)
  • 杉山登志郎(静岡大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 障害者等保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
9,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
広汎性発達障害(以下、PDDと略す)は、適切な治療的対応を取らないと、悲惨な予後を迎えることが多い。治療的手だてにはさまざまな方途や流派があるけれども、早期に開始するほどその効果が大きい、すなわち荒廃化を防止するには早期の治療開始が不可欠であることについては、大方の見解が一致している。それを実現させるためには、障害を能う限り早く発見する必要がある。そして早期に発見された児を発見直後から治療・療育に乗せてゆくようにしなければならない。
PDDの早期発見と早期療育開始とを一連の技術として繋げ、しかもその事業を医療機関が行うのではなく、1つの地方自治体が母子・乳幼児保健事業の一貫として自主的に実施できるようにする方法を見い出して確立することが、本研究の目的である。
研究方法
研究のフィールドとして、われわれは三重県中部に位置し中型工業都市である鈴鹿市を選んだ。理由の第1は、PDDの有病率が0.1%余りと言われており、年間出生数が2,000 人程度あることが求められるが、鈴鹿市の人口は186,381人(1997年11月末日現在)で、年間出生数はおおよそ2,000人(1996年度は2,150人) であり、適当な規模であることである。第2は、地元の協力を得ることが可能だったことである。鈴鹿市では地元医師会の協力が得られ、市保健センターもこの事業に賛同し、保健婦が全て若い世代であるため、事業への参加によって研修の好機であると考えて大方の保健婦が積極的に参加してくれたことである。地域選択の理由ではないが、鈴鹿市保健センターがわれわれのあすなろ学園から車で40分程度という近さにあることも幸いであった。
同市保健センターの日常業務として月2回行われている1歳6ケ月児精神発達精密健康診査(以後、1歳半健診と略す)にあすなろ学園の保健婦が参加して、PDDの早期発見を企てた。PDDのマス・スクリーニングに有効であると認められ、分担研究者杉山登志郎も試行を反復して有用性を確かめている高橋・石井のチェックリストを1歳半健診の前に郵送し、記入して当日持参してもらった。このチェックリストでは4点がcut off pointであることが確かめられているので、4点以上の陽性点数を示した児に月1回開催される母子教室に参加を呼びかけた。4点以下でも健診日の観察結果や母親の不安が強い例では、母子教室に参加させて、継続観察を行うことにした。
早期療育を開始する方途として、PDDと確定診断された児は直ちにあすなろ学園外来診療の幼児通院療育システムに乗せることにした。grey zoneの児、および健診で発見されるPDD以外の発達障害児に関しては、現地鈴鹿市の保育所で受け入れてゆく必要がある。それには現任の保母に障害児保育の知識と技術を提供しなければならない。その目的で、われわれは保母トレーニング事業を計画した。これは、15人程度を対象に月1回で4回開催するもので、全回参加できる者に参加を限定した。実習・事例検討、それに基づく合同討議を中心とし、徹底して実践教育を行うことにした。
結果と考察
まず、1歳半健診の結果について述べる。平成9年11月より年度末までの管内対象児数は953名、内受診数は897名(受診率94.1%)であった。この内精神発達面で経過観察を要すると判定された者は143名(15.9%) であった。143名の内34名(23.8%)は月例母子教室で児童精神科医が継続観察することになり、残りの109名(76.2%) は鈴鹿市保健センターの保健婦が訪問(61名)や電話(48名)で経過を追跡することになった。
この中で発達障害圏と診断されたのは2名、内1名はPDD、1名は精神遅滞であった。また、市保健婦が追跡していて母子教室へ参加することになった児が7名おり、診断は疑診も含めてPDDが3名、精神遅滞が2名、多動症候群が2名であった。対象953名の内4名(疑診1名を含む)という数値は0.52%となり、いささか高値である。開始より5ケ月の所見なので、現段階でこのことに意味を求めることはできない。
高橋・石井のチェックリストは本研究でも有効であったが、親側の問題も浮かんできた。 母親が本来不安の強い人であったり、生活要件から不安に駆られ易い状況にあるなどの理由で、陽性得点を引き上げている例がある。他方、親の感受性が低いために子どもの発達遅延兆候を見落としている例もある。このような経験より、チェックリストに母親の感受性度や不安度を評価する項目を追加するなどの工夫が必要と考える。
このような地域介入は、障害児に対する偏見に由来するのであろうか、時として地域住民からの反発や警戒心を引き出すことがある。われわれの行為は、現在のところそのような抵抗を受けてはいない。一つには、事業開始前から所長を始めとして保健センター側が、もし住民から苦情が出るようなことがあれば、すべて市が受け止めて対応すると明言してくれたという自治体側の意気込みも成功の一因であったのかも知れない。
事業の後半部分、すなわち早期療育開始に関しては、PDDと診断された症例および疑診例はあすなろ学園の外来診療で直ちに引き受けることによって成立した。長年PDDの療育に取り組んでいる分担研究者である村田豊久、清水康夫両氏からも有益な助言を得ることができた。しかし、長期的に障害児を療育してゆかねばならない鈴鹿市の保母に対するトレーニング事業に関しては、初年度は準備を行う段階で過ぎてしまった。第2年度に入って直ちに保母トレーニング事業を開始することになっている。
結論
月2回の1歳半健診へあすなろ学園の保健婦1名が参加すること、月1回の母子教室へ児童精神科医1名、保母2名が参加することによって、おおよそ満2歳までにPDDとその近縁障害のほとんどを早期発見することが可能になった。この早期発見事業をどこまで地域のスタッフ(鈴鹿市の現任職員)で遂行できるようになるのか、今後計量してゆかねばならない。
保母トレーニングに対するニーズは高く、それが実現すれば医療機関としてのあすなろ学園が若干の援助があれば、鈴鹿市における障害児保育の中でPDD児が育ってゆく道筋がつけられそうだという目処も立った。
PDDを始めとする障害児は、早期療育が適正に行われないと障害が重度化し、学校教育においても難渋し、学齢期を過ぎれば施設処遇にも苦労することになる。精神病院の保護室で障害を送る結果になる障害児も少なくない。このことを考えると、初期対応の失敗によって一人の発達障害児に社会が支払う障害経費は非常に増大する。この経費増と乳幼児期における本研究のような投資とを比較して、社会総体におけるcost benefit accountを行う必要があると考える。

公開日・更新日

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