精神分裂病・うつ病の患者におけるQOL評価の研究

文献情報

文献番号
199700272A
報告書区分
総括
研究課題名
精神分裂病・うつ病の患者におけるQOL評価の研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
中根 允文(長崎大学医学部精神神経科学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 田崎美弥子(東京理科大学理学部教養)
  • 浜田芳人(長崎大学医学部精神神経科学講座)
  • 吉武和康(長崎大学医学部精神神経科学講座)
  • 高橋克朗(国立長崎中央病院精神神経科)
  • 大塚俊弘(佐世保市立総合病院精神神経科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 障害者等保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
7,020,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 精神疾患(ここでは、精神分裂病および気分(感情)障害(特にうつ病))に悩む事例およびその家族おいて、QOLが如何に評価されうるものか、評価されたレベルを健常者と比較し、さらにそれに寄与する心理社会的および生物学的要因が何であるかを明らかにする。
障害者におけるQOLを種々の病態において評価しておくことは、障害者自身はもちろんのこと彼らのQOL向上を企図するスタッフにとって必須の情報である。現時点で、精神障害者が如何なる
QOLレベルにあるのかを知る資料は皆無であるといっていい。そこで、精神障害者にとって有用なQOL評価票が開発可能であるかは当然検討されるべきテーマであり、それを基にして始めて適切な具体的方策が考案されることになる。
当該研究者らは、これまで身体疾患に悩む事例におけるQOL評価の尺度に関して研究を重ねてきた。同尺度に一応の妥当性を見て、日本にて初めてそれの市販に踏み切った(WHOQOL-26として1997年11 刊行)。そこで、まず精神疾患に罹患した症例における、それの妥当性・有用性を明らかにする。次のステップとして、同評価票に現れた障害者(および近親者)のQOLレベルに影響する様々な要因を解明して、対応策の基本資料とし、さらに彼らに対する具体的支援の方策を立案する。
研究方法
[1]本調査のための包括的評価票の確立
?心理社会因子調査票(IDsection)の開発:対象疾患である精神分裂病・うつ病の症例の心理社会的背景に関する調査票を、当該研究者がこれまで行ってきた分裂病とうつ病の長期転帰研究や一般診療科における精神疾患の調査、および身体疾患関連のQOL研究に採用した事項からだけでなく、独自の調査項目を追加して作成した。今後の統計学的処理にも十分耐え得るように頻回に研究会をもって検討した。
?既存の評価票の修正と有機的組み合わせの試み:対象者の精神機能を多角的に評価するため、多くの評価尺度を有機的に組み合わせたることにし、採用に当たっては今一度日本語版の適切さを再検討した。組み合わせの設定では、実施可能の観点から、繰り返しテストを施行した。結局、採用した評価尺度は、WHOQOL26と、われわれが翻訳したKatz Adjustment Scale(KAS)、 General Health Questionnnaire(GHQ)12項目版(GHQ-12)を基本とし、分裂病患者には同じくわれわれが翻訳したICD-10 Symptom Checklist(ICD-10/SCL、精神科医評価)、うつ病患者には自記式のBeck Depressin Inventory(BDI)と精神科医評価のHamilton Rating Scale for Depression(HAM-D)を用いることにした。
QOLには、患者本人の認知機能が影響を及ぼすと知っておくべきであり、近年発展してきた認知機能検査の一つであるWisconsin Card Sorting Test(WCST)によって認知機能、ひいては前頭葉機能を評価し、生物学的な側面からもアプロ-チすることにした。
?初回評価時点におけるCare Giver(主として近親者)のQOL:対象疾患の患者だけでなく、近親者のQOLを評価することは、精神障害者の介護者におけるQOL上の問題点を浮き彫りにするだけでなく、患者自身が表明するQOLレベルの信頼性評価あるいは両者におけるずれの検討など、新たな研究テーマを生むことにもなる。近親者にWHOQOL26に加えて、ケアをしている近親者から見た患者の様態(精神症状、社会的機能のレベル)および患者に対する期待と満足度を評価するKAS-Rへの調査協力を依頼することにした。
包括的評価票は別紙1参照。
[2]QOL等の調査実施
?健常者におけるQOL調査:当該研究者は、更にこれまでの調査において、多数の健常者からのWHOQOL値を得てきているが、本調査施行に当たって、さらに下記の2調査を追加施行した。
1)医学講演会参加者のQOL:長崎にて不定期に開催される表記講演会に参加した聴衆の全員にGHQ-12とWHOQOL26を郵送して、回答された協力者の資料を集計する。2)国内各地からサンプリングした対象におけるQOL調査:ダイレクトメールなどを取り扱う企業と協力して、国内各地から年齢・性を考慮して抽出したサンプルに同じ評価票への記入を依頼、郵送にて回収される。
?精神分裂病・うつ病患者およびCare GiverにおけるQOL調査の実施:両疾患の患者(および近親者)で、研究協力施設(長崎大学病院・長崎市、国立長崎中央病院・大村市、佐世保総合病院・佐世保市)の精神科にて診療中の症例が対象である。分裂病患者の場合、発症(その基準は操作的に設定)から1年以内の新鮮例、5年以内、5~10年、および10年以上になる症例を研究対象例とした。うつ病は、新鮮症例、発症後回復して通院中の事例、再発病相期の事例の3群に分けることにした。いずれも、ICD-10(F)/DCR(研究用診断基準)に基づく診断名が付された。対象は、予め研究者から十分に説明を受けた上で、参加協力の意思が確認された者である
[3]本年度は調査法確立のための手順に相当の時間を費やしており、具体的な対象例は必ずしも多数例ではなかったが、可能な限り、統計学的検討を行い若干の考察をした。
結果と考察
結果=
(1)健常者のQOL:調査協力への依頼は224名に発送し135名(男性50名、女性85名)からの回答を得た。平均年齢は57.4±14.00歳(最年少25歳、最高齢79歳)であり、
GHQ-12の平均得点は1.9±2.69、WHOQOL26の総合平均得点は3.47±0.493であった。最新のWHOQOL26の平均値は3.27(田崎、中根ら、日本社精医、6:171-184,1998)と比較して若干高値であった。GHQ-12の平均値とWHOQOL26の平均値は有意に負の相関を見た(p<0.0001)。
全国集計は、設定数1750名・回収目標1400名としており、5月中に終了できる予定である。
(2)精神障害者のQOL:今年度に実施できた症例は、精神分裂病が29名、うつ病が14名で、それぞれの家族についても、所定の評価票およびWCSTを含めて調査を完了した。現在も、両疾患共に対象を増やしていきつつある。総数43例について解析結果の一部を要約する。男性19名、24名であり、平均年齢は39.8±14.36歳(最年少19歳、最高齢79歳)である。GHQ-12の平均得点は、4.2±3.34、WHOQOL26の平均得点は2.99±0.610であった。精神障害者の群においてGHQ-12の平均値とWHOQOL26の平均値は明らかに負の相関を呈した(p<0.0001)。このことから、健常者と同様に、精神障害者にとってもWHOQOL26はQOL評価の基礎データの指標になりうると考えられよう。
考察=
健常者群と精神障害者群を比較すると、GHQ-12の平均得点は有意に後者で高く(p<0.0001)、
WHOQOL26の得点は健常者群に高かった(p<0.0001)。特にQOLについては両群の年齢差を考慮し、比較的対象者数が近い50歳未満で検討しても、健常者群が高値を示した(p<0.001)。例数は少ないが、疾患別に比較すると、精神分裂病群でGHQ-12が5.0±3.22、WHOQOL26が
2.83±0.520、うつ病ではそれぞれが2.6±3.13、3.31±0.650であった。いずれの疾患でも、GHQとQOLは明らかに負の相関を示した。両疾患群を比較すると、分裂病群はGHQでうつ病群より有意に高値で(p<0.05)、QOLは有意にうつ病群で高値であった(p<0.05)。
精神分裂病では外来と入院の別でGHQ・QLOに差を見なかったが、うつ病ではGHQに差を見ないのにQOLでは入院群が有意に高値を示した(p<0.05)。また、うつ病においては、症状評価票であるBDIおよびHAM-Dの得点ともQOLは有意に負の相関を見た。
精神疾患におけるQOL評価の可能性が示唆された。国際的にも現在幾つかの評価票が試作されつつあるが、まず国際比較研究の視点からも、さらに健常者および精神疾患症例を増やして有用性を確立したい。特に今回は余りに調査票確立に集中したため、解析に充分な例数にはなり得ていない。
従って、今回の対象数からすると、pilot study的な位置づけに止まるが、精神疾患の患者の全般的健康状態は、健常者に比して明らかに不良であり(GHQが高得点)、それに見合ってQOLも不良な状態であった。精神分裂病とうつ病を比較すると、ことに分裂病での不良が顕著であった。細かい背景、例えば精神医学的症候論、心理社会的要因、および認知機能レベルなどについては、これから解析を進めるが、まずは対象事例を増やすことが今後の課題である。ただ、極めて短期間に今回40数例を収集できたので、次年度はさらに飛躍できるはずである。追跡調査、障害のサブタイプ別の解析なども計画している。
QOLの向上のためには、WHOQOL26を指標にして、患者の心理社会的要因およびや認知機能を含む生物学的側面からの基礎的データの確立が必須であることを痛感しており、こうした研究の蓄積によって精神障害者のQOLに寄与する要因の解明につながるものと考える。
結論
 精神疾患におけるQOL評価にWHOQOL26を指標にできる可能性が示唆された。さらに健常者および精神疾患症例を増やして有用性を確立したい。
精神疾患の患者の全般的健康状態は、健常者に比して明らかに不良であり(GHQが高得点)、それに見合ってQOLも不良な状態であった。精神医学的症候論、心理社会的要因、および認知機能レベルなど多角的な解析が今後の課題である。
QOLの向上のためには、WHOQOL26を指標にして、患者の心理社会的要因およびや認知機能を含む生物学的側面からの基礎的データの確立することが必要不可欠であり、精神障害者のQOLに寄与する要因の解明によって具体的な支援の方策を立案できると考える。

公開日・更新日

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