保健サービスの効果測定に関する大規模コホート研究

文献情報

文献番号
199700263A
報告書区分
総括
研究課題名
保健サービスの効果測定に関する大規模コホート研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
辻 一郎(東北大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 清水弘之(岐阜大学医学部)
  • 伊崎公徳(福井医科大学)
  • 中村健二(青森県立高等看護学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 保健医療福祉地域総合調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
25,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
保健医療福祉サービスの効果・効率を科学的に評価し、行政施策に反映させることを目的に、各々の地域特性と研究仮説に基づいた全国4箇所のコホート研究を統合して行った。本研究で明らかにすべき点は、地域保健福祉サービス(特に在宅ケア)が医療費に及ぼす影響(辻)、がん検診の死亡率減少効果(清水)、痴呆の早期発見と発症および進行に対する介入効果(伊崎)、地域住民の健康管理の実態と効果および保健事業のあり方(中村)である。
研究方法
(1) 在宅ケアの評価に関する研究(辻)大崎国保コホート約5万人(宮城県大崎保健所管内に住む40歳から79歳までの国民健康保険加入者)に対して、平成6年に生活習慣などに関するベースライン調査を実施し、国保レセプトとのリンケージにより、生活習慣や地域保健サービスの利用が医療費に及ぼす影響に関する評価研究を実施している。これをもとに、在宅ケアの効果に関する評価研究を行った。「日常生活活動(ADL)要介護」または「ADL自立だが外出困難」と回答した4849名を対象に、各市町の利用者台帳を検索して、平成7・8年の在宅ケア(訪問指導、栄養指導、訪問看護、ホームヘルパー、機能訓練、ショートステイ、デイケア、入浴サービス)利用、特別養護老人ホーム入所を調査した。国保レセプトにより、同期間の生存・死亡、医療の受診状況と医療費を調査し、各在宅サービスを利用した群と利用しなかった群との間で、死亡率、入院・特別養護老人ホーム入所率、1人当り医療費を比較した。(2)がん検診の死亡率減少効果に関する研究(清水)1992年9月のベースライン調査に有効回答した岐阜県T市の35歳以上の住民31,551名が対象である。ベースライン調査は、食生活を中心とした生活習慣(胃がん・肺がん検診歴を含む)に関する自記式留置法による質問紙調査であった。対象者を質問紙の回答に従って、受診群(過去1年間に1回以上検診を受けた者)と非受診群(過去1年間に1度も検診を受けなかった者)に分けた。両群の胃がん・肺がん死亡状況を1995年12月末まで40カ月間追跡した。解析では、調査時年齢41歳未満の者、検診や喫煙項目に関する未回答者、胃・肺がん既往者・胃摘出術既往者、観察開始後6カ月以内の胃・肺がん死亡者を除外し、Cox比例ハザードモデルにより、各がん検診の非受診者に対する受診者の死亡率比を求めた。(3)痴呆の早期発見と発症および進行に対する介入研究(伊崎)勝山市老人コホート5千名をもとに、痴呆の予後に関する追跡調査、痴呆に関する自記式スクリーニングテスト開発のための予備調査、アルツハイマー型痴呆との関連が指摘されているバイオマーカーの解析、痴呆モデルとしての成人ダウン症患者の病態検索、痴呆の進展を阻止するためのリハビリ教室の開催による介入研究を行った。(4)地域住民の健康管理の実態と効果および保健事業のあり方に関する研究(中村)青森県全域の食生活改善推進員と家族(約2500名)、その近隣の世帯の15歳から69歳以下の者(約2500名)を対象に、ストレス適応度調査NEO-FFI、生活の質の状況調査WHO-QOL、身体・心理的健康調査HADS、喫煙・飲酒状況調査などに関する自記式質問紙調査を平成9年12月に行った。
結果と考察
(1)在宅ケアの評価に関する研究(辻)在宅ケア利用者では、利用しなかった者よりも、死亡・特別養護老人ホーム入所リスクが高かった。機能訓練とデイケアを除くサービスでは、利用者の医療費は利用しなかった群のそれより20~50%程度高かった。機能訓練やデイケアの利用者で医療費が低かったが、これらに医療費抑制効果があると解釈するよりは、虚弱・ADL要介護状態でも、デイケアや機能訓練に参加できる者は健康度が高く、その結果と
して医療費が少ないものと思われた。同様に、それ以外の在宅ケア利用者で医療費が高かったことは、その効果を否定する結果と捉えるより、むしろ心身の機能障害が重度かつ病弱で、しかも家庭内での介護機能にも限界があったから在宅ケアを利用したのであり、利用しなかった者とは身体機能や介護機能などの点で本質的に異なる集団だったというバイアスによる可能性がある。バイアスをできるだけ制限するため、訪問指導を受けた者に限定して、それ以外の在宅ケアの利用が医療費に及ぼす影響を分析した。訪問指導を受けた者に限定することで、分析対象集団における均一性は高まる(選択バイアスは弱まる)はずであり、訪問指導と他のサービスとの連携状況に伴う効果の評価も可能になると思われる。訪問指導を受けた者に限定して、それ以外の在宅ケア・サービス利用と医療費との関係について、訪問指導率が高かった(2年間の平均で9%以上)4自治体に限定した結果と訪問指導率が低かった(9%未満)10自治体の結果に分けて示した。訪問看護を利用しなかった者に比べて、利用者の医療費は、4自治体(訪問指導:高率)では約40万円低かったのに対して、10自治体(同:低率)では約70万円高かった。しかも訪問看護を受けなかった者の医療費は、4自治体(160.5万円)と10自治体(157.3万円)との間で差が見られなかった。ホームヘルパーと入浴サービスでは、4自治体と10自治体に共通して、その利用者で医療費が高かったが、その程度は10自治体で著しかった。機能訓練とデイケアについては、その利用者で医療費が低かったが、4自治体で著明であった。以上より、訪問指導を広範囲に行い、他のサービスと連携している自治体では、在宅ケア利用者で医療費が減少しており、在宅ケアの効果が示唆された。(2)がん検診の死亡率減少効果に関する研究(清水)胃がん死亡の相対危険度(年齢、喫煙状況、カロテン・ビタミンC・食塩摂取量で補正)と95%信頼区間は、男性で0.72(0.31-1.66)、女性で1.46(0.43-4.90)であった。肺がん死亡の相対危険度(年齢、喫煙状況、レチノール・カロテン・ビタミンC・コレステロール摂取量で補正)と95%信頼区間は、男性で0.99(0.41-2.40)、女性で1.99(0.41-9.54)であった。すなわち検診受診群と非受診群の間で、その後の当該がん死亡率に明らかな差は認められなかった。しかし観察期間が3.3年と短く、観察死亡数が少なかったため、統計学的検出力に欠けた可能性がある。本研究のみからがん検診の効果に関して一定の結論を出すのは尚早であり、さらに観察を継続する必要があると思われた。(3)痴呆の早期発見と発症および進行に対する介入研究(伊崎)平成4年の全国の性・5歳階級別死亡率により標準化死亡比(SMR)を計算すると、「痴呆あり群」で259.2、「痴呆なし群」では115.6であり、「痴呆あり群」のSMRは「痴呆なし群」の2.24倍であった。死因は、前者は後者よりも、脳血管疾患による死亡が有意に高く、悪性新生物による死亡は有意に低かった。自記式スクリーニングを用いた予備調査から、「なれない状況で場所を間違えたり、道に迷う」、「話題が乏しく、限られている」などの数項目の質問が痴呆スクリーニング用に有効(特異度・鋭敏度)であることが示唆された。痴呆性老人を対象に公民館で地域ケアプログラムを試行した。参加者は24名(実人数)で、男性11名、女性13名であった。平均年齢は男性82±6.5歳、女性84.2±5.1歳であった。長谷川式簡易知能評価スケールは平均13.9±6.4点であった。プログラムとして、だんご作り、貼り絵、買い物、遠足などを行った。その結果、長谷川式簡易知能評価スケールの平均値自体に変化はなかったが、行動面で著明な改善が見られた。社会参加の拡大があり、日常生活の変化や行動の活性化の効果より、この教室に参加することで痴呆症状の緩和傾向が得られることが明らかになった。その波及効果として、家族の介護意欲の増大、地域でのボランティアや関係者の連携の深まりなどが見られた。(4)地域住民の健康管理の実態と効果および保健事業のあり方に関する研究(中村)5000人の対象者のうち4665人より回答を得た(回収率93.3%)。調
査標本分布をみると、男女比はほぼ1:2、年齢分布は平均49.6±13.3歳であった。圏域別にみると、青森が最も健康観が高く下北が最も低かった。所得について、「必要に見合ったお金を持っているか」を圏域別にみると、青森と津軽で経済的な余裕が高く、下北が低かった。最終学歴は青森と津軽で高く、下北で低かった。本コホートには、ストレス、生活の質、心理要因といった従来のコホート研究にはない特色がある。回答結果に圏域ごとの特徴が見られ、今後の保健指導への活用が期待される。
結論
全国各地のコホート研究をもとに、保健サービスの効果・効率に関する評価を試みた。在宅ケアや痴呆リハビリなどにおいて、予防医学上の効果及び医療経済効果が示唆・証明された。一方、これらの効果が、すべての対象・指標・環境で観察されるとは限らないことも示された。したがって、効果が期待される対象者(重症度など)の同定・トリアージュの方法、より効果的なサービス手法の開発、効果的・効率的な提供システムの開発、効果評価のためのモニタリング体制の整備に向けた研究が今後さらに必要と思われる。

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