緊急事例に対する地域精神保健サポートシステムの実態とあり方に関する研究

文献情報

文献番号
199700257A
報告書区分
総括
研究課題名
緊急事例に対する地域精神保健サポートシステムの実態とあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
吉住 昭(国立肥前療養所)
研究分担者(所属機関)
  • 松岡正二(松岡病院)
  • 藤林武史(佐賀県精神保健福祉センター)
  • 香月和子(佐賀県精神保健福祉センター)
  • 井本誠司(唐津保健所)
  • 松島道人(佐賀医科大学精神科)
  • 佐藤武(佐賀医科大学精神科)
  • 上村敬一(佐賀県立病院精神科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 保健医療福祉地域総合調査研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
2,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では過去2年間に精神科医療機関、一般病院、総合病院をはじめ、保健所、精神保健福祉センター、警察、消防、そして家族の側からみた緊急事例の実態を調査した。昨年度、警察官や消防隊が対応する精神科事例についてアンケート調査を実施した結果から、警察官や消防隊が果たす役割は大きいにもかかわらず、関係機関相互の連携は円滑ではないことなどが明らかとなった。今年度は警察、消防両機関の個別対応事例を前方視的に調査し、より詳細に問題点を明らかにすることを試みた。また、前年度までの調査結果から、精神科救急事例に対応する際の不安や、関係する機関の互いの情報不足などが指摘され、対応と実践に関する具体的な指針や対応マニュアルが求められていることが明らかになった。そこで、我々の実態に即した具体的対処法を示したマニュアルの作成を試みた。
研究方法
「警察・消防における精神科救急の実態調査研究班」「精神科緊急事例に対する対応マニュアル研究班」を組織した。
警察に対する調査は、佐賀県警察本部生活安全課の協力を得て、精神障害、アルコール依存、痴呆およびその疑いのあるなど精神科関連の問題で相談を受け、本人と直接対応した事例を対象とし、1997年11月14日から2ヶ月間前方視的に調査した。同様に、消防における調査も、佐賀県消防長会の協力を得て佐賀県内全10消防本部において上記期間に発生した精神科救急事例すべてを対象とし、調査票を各事例ごとに記入してもらった。その際、1. 搬送先の医療機関で病名の中に精神系病名がついた、2. 救急隊員が精神疾患・精神的要因による疾病を疑った、3. 自殺企図の疑いがある、4.アルコール依存の4点に該当するものは精神科事例とした。
精神科緊急事例に対する対応マニュアル研究班は、まず内外の文献の収集を行った。その結果、国内外で出版されている精神科救急に関するテキストの多くは、病院を受診した後の対処法について記載されており、地域での緊急事例に対応する際の参考にはなりづらいことが判明した。そこで、当班の研究の趣旨に最も適していると考えられるものとして、バンクーバー市で使用されている「MENTAL ILLNESS ~Do you know what you are dealing with?」を邦訳した。次に、我々は各関係機関や看護協会等各職種の団体に協力を求め、マニュアル検討会を組織した。検討会においては「精神科救急対応マニュアル」素案、および各委員に原稿依頼した具体的な救急事例ごとの対応マニュアルを元に、救急現場での対応の実態に関する意見交換、マニュアル素案を元に現場で必要とされる情報の整理や内容の検討を行った。
結果と考察
警察の調査では、2ヶ月間に53例(51.3±17.9歳)の精神科事例が報告された。治療状況は「未治療」10例、「治療中」12例、「治療中断」4例、「不明」は23例で約半数に相当した。精神疾患と判断した理由は複数回答で、「言動・状況から」33例、「家族等の申出」19例、「アルコール依存」16例が多かった。対応の区分は、「警職法の保護」35例、「通報警らで対応」12例などであった。対応開始時間帯は、平日日中19例、時間外7例、深夜10例、休日日中12例、時間外1例、深夜4例であった。場所は「自宅」10例、「公共の場所」31例、「医療機関」3例などで、通報者は「本人」2例、「家族」9例、「知人」4例、「その他」34例でありその内訳は一般人10例、管理人等12例などであった。問題行動は複数回答で、「奇妙な言動」33例、「酩酊」20例、「徘徊」18例、「反応の鈍さ」15例、「家族以外への暴力」14例、「器物破損」12例、「自傷」10例などであった。警察官通報の有無と結果は、「通報せず」44例、「通報した」7例で、結果は「非該当」4例、「該当」3例であった。警察官の対応人数は3.1±1.2名で、対応時間は5時間37分±6時間20分であった。対応後の処置は、「家族に帰した」23例、「精神科入院」12例、「単身帰宅」10例などであった。対応困難度は困難なし14例、やや困難21例、困難8例、非常に困難4例であった。困難な内容は、「本人の協力が得られなかった」20例、「措置入院の通報をすべきかどうかの判断がつきにくい」、「家族の協力が得られず・家族への連絡がつきにくい」が各9例、「精神疾患・精神病なのかどうかが判断できなかった」、「費用の面で病院等を紹介しにくかった」が各7例などであった。以上の結果、2ヶ月間に53例の精神科事例が報告され、人口10万人あたり1ヶ月に3.0例に相当した。精神科治療状況は半数が不明であり、精神疾患と判断する理由は言動・状況や家族の申し出であった。多くは警職法により保護しているが、来署相談などもみられた。各関係機関が通常の勤務体制にある平日日中には全体の3分の1が発生するのみで、残り3分の2は時間外や休日、深夜であった。多くは公共の場所で発生し、一般人からの通報が多かった。所要時間は状態により様々であった。対応困難度は、4分の3がやや困難以上であり、本人の協力が得られない、措置入院の判断、家族の協力が得られないなどの問題があげられた。警察官は精神科事例に多大な労力を払っていたが、機関相互の意思疎通が弱く、労力の割りに意見が反映されず徒労感もみられた。今後は警察も加えた地域での支援体制を組み立てていく必要があると思われた。
消防の調査では同様に、発生件数は総数で98件であり、男女比は3:4であった。全事例98件に対し、医療機関が通常勤務体制にある平日日中は34件の発生にとどまっていた。通常勤務体制にある時は、精神病院に15件、一般病院にも15件が搬送されていた。一方、通常勤務体制にない平日の時間外や深夜と休日には、精神病院にはわずか8件搬送されただけで、一般病院には46件が搬送されていた。治療歴では「未治療」が26件、「治療中」が35件、「不明」が32件などとなっていた。しかし、搬送先医療機関区分を併せてみてみると「未治療」の26件中20件と「不明」の32件中25件が一般病院に搬送されており、精神科治療歴のない事例のそれは精神病院では非常に少なかった。事例の問題行動の内容は、「自殺企図」が17件、「不穏」が16件、「奇妙な言動」が13件、「酩酊」が9件などとなっていた。事例の困難度は、「困難なし」が52件、「やや困難」が34件、「困難」が2件、「非常に困難」が1件という結果であった。困難の内容は、「精神疾患・精神病なのかどうか判断できなかった」が18件、本人の協力が得られなかった」が10件、「搬送すべきかどうか判断できなかった」が9件、「身体疾患や外傷があり対応が困難だった」が9件などとなっていた。以上の結果から、事例が発生した日時については、医療機関が通常勤務体制にある「平日の日中」は約3分の1の発生にとどまっているが、通常勤務体制にない時に3分の2が発生しており、通常勤務体制にない時の精神科救急医療体制の重要性が考えられる。さらに、精神病院が通常勤務体制にない時や、治療歴のない事例の精神病院への搬送・受け入れ少なさの問題も明らかになった。
マニュアル作成班は、活動の中で、(1)救急事態における精神科事例の判別・判断・評価、(2)現場での精神科救急事例への具体的な対応、(3)その後の具体的な処遇方法(いかなる機関と連携をとるべきであるか?)の三点が指摘され、現状ではこうした問題を解決する情報や具体的対応法が整理されておらず、現場の自助努力によって対応していることが明らかになった。これらの問題を解決できるようなマニュアルとは、前述したバンクーバーマニュアルで指摘された特徴を生かし、「いつでも,どこでも,だれでも同じ様な対応と処遇が出来るようなスタンダード」なものである必要があった。現在作成中の「精神科救急への対応マニュアル」の項目(目次)を、1.精神科救急医療へのアクセスの流れ、2.精神科救急のアセスメントとトリアージュ、3.第1線機関における対応、4.精神科救急医療機関及び関連機関における対応、5.精神疾患概説、6.精神科救急事例へのコミュニケーション技術、7.特殊な事態に対する介入と対処、「自殺企図、自殺未遂者」「興奮、暴力、迷惑行為」「トラウマ後の急性ストレス反応」「子どもの心理的危機(かんしゃく、暴力、自傷行為)」「身元不明、住所不定、保護者と連絡のつかない患者」など、8.関連法規とした。
結論
現状の精神科救急の現場において各機関において多くの困難を抱えながら、それぞれの自助努力によって対応していることが明らかになった。今後、より適切な対応を行うために地域の保健・医療・福祉さらには、精神科救急に関わる全ての機関の連携の必要がより明らかになった。そして、各機関の要請でもあった「いつでも、どこでも、だれでも同じ様な対応と処遇が出来る」マニュアルの必要性の指摘から、こうした趣旨に見合う精神科救急対応マニュアルの作成を行った。

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