地域住民を対象とした肝臓検診の効果評価に関する研究

文献情報

文献番号
199700250A
報告書区分
総括
研究課題名
地域住民を対象とした肝臓検診の効果評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
武田 和久(岡山大学医学部公衆衛生学)
研究分担者(所属機関)
  • 池田敏(岡山大学医学部公衆衛生学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 保健医療福祉地域総合調査研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
5,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
肝癌は悪性腫瘍による死亡のうち男性では肺癌、胃癌についで第3位を占め、今後さらに増加すると予測されている。肝癌のほとんどは肝細胞癌で、肝細胞癌には慢性肝炎、肝硬変等のHigh-Risk Group(HRG)が存在することが知られており、これらの疾患を拾い上げて追跡していくことにより効率良く肝癌の早期発見、早期治療を図ることが可能である。また慢性肝炎、肝硬変の多くはB型、C型の肝炎ウイルスが原因であり、特に慢性肝炎ではインターフェロン治療等により肝癌の発生自体を予防することが可能とする報告がみられる。肝癌死亡を減らすためには2次予防だけでなく、1.5次予防として肝癌HRGを拾い上げてンターフェロン治療を含めた事後管理を行うことが重要であり、1.5次予防と2次予防を組み合わせた肝臓検診システムの検討を行った。また、感染予防の面から、肝炎多発地区において、検診により新たに肝炎ウイルスに感染した者が認められた場合にはその感染様式を明らかにしたいと考えた。
研究方法
我々は1993年度より肝炎の多発地区として知られている岡山県F町(任意に割り付けた記号)において住民検診を行い、F町の中でも特にC型肝炎ウイルス抗体(HCVAb)の陽性率が高いJ地区で重点的に検診を実施してきた。肝機能検査としてAST, ALT, GGT, ChE, ZTTの測定、ウイルスマーカーとしてHBsAg、HBcAb、HCVAb(・)を測定し、近年注目されているG型肝炎のGBV-C RNAおよびHGV-E2抗体の測定も行った。ウイルスマーカー陽性例についてはAFPの測定を追加し、いずれかのウイルスマーカーが陽性で、肝機能異常が高度(AST>55IU/l or ALT>55IU/l or AFP>10ng/ml)で肝癌HRGと考えられた例に対して年2回の腹部超音波検査(US)を含めた追跡検診を行った。
また、1993年度から1995年度に岡山県健康づくり財団が行った住民検診の受診者について、肝機能検査のうちAST、ZTTに異常を認めた例のAFPを測定し、AFP 20ng/ml以上の例にはAFP glycoform(AFP-L3およびAFP-P4)を測定した。各検査の費用を保険点数に従いGOT 320円、ZTT 180円、AFP 2,250円、AFP-L3およびAFP-P4各3,000円として費用効果分析を行った。
結果と考察
F町は5つの地区に分けられ、J地区では1993~1997年に247人の住民がのべ708回受診し、HCVAb陽性率は81.0%(200/247)と非常に高率であった。J地区に隣接したY地区、N地区のHCVAb陽性率は各々16.4%(23/140)、21.6%(27/125)、さらに離れたE地区、T地区では各々8.2%(20/244)、6.2%(14/224)であった。肝癌HRGの追跡検診にはのべ222人が受診し、3例の肝細胞癌が発見され、肝癌発見率はのべ受診者の0.3%、追跡検診受診者の1.4%であった。
HCVAb陽性者のうち164人にHCV-RNAを測定し、陽性者は132例(80.5%)で、このうち81例に肝機能異常を認め、HCV-RNA陰性で肝機能異常を認めた者は9例のみであった。HCVAb陰性者の追跡では46人が2回以上受診したが、HCVAbあるいはHCV-RNAが陽性化した例は認められなかった。
HBcAbとHCVAbの保有状況の関連をみるとodds比9.63(95%CI: 4.39-21.16)と有意の関連を認め、HBV、HCVが同様の感染経路で感染した可能性が推測された。一方、夫婦55組の検討では、共にHBcAb陽性15組、片方陽性22組、共に陰性18組で、夫婦間で有意の関連は認められず(odds比2.25、95%CI: 0.77-6.60)、HCVAbは共に陽性36組、片方陽性13組、共に陰性6組で、夫婦間で有意の関連を認めた(odds比5.40、95%CI: 1.42-20.51)。しかし、HCV genotypeは検査できた20組のうち一致したのは7組(35%)のみであった。
GBV-C RNA、HGV-E2抗体を118人に測定し、GBV-C RNA陽性者は8例(6.8%)で、他の報告よりは高率であったがこのうち7例はHCVAb陽性であった。HGV-E2抗体陽性者は27例(22.9%)で、両者共陽性は1例のみであった。GBV-C RNAまたはHGV-E2抗体が陽性の者をHGVに暴露された者としてHBcAb、HCVAbの保有状況との関連をみると、HCVAbとの間に有意の関連(odds比4.38、95% CI : 1.33-14.47)が認められた。
岡山県健康づくり財団が行った検診の受診者24,839人のうち、AST、ZTTに異常を認めた808例にAFPを測定し、AFP 20ng/ml以上は33例で、このうちHCVAbが測定できた27例中24例(88.9%)がHCVAb陽性であった。33例中7例でAFP glycoformが肝細胞癌パターンを示し、精検にて5例に肝癌が発見された。この方式での肝癌発見率は全受診者の0.02%、AFP glycoform陽性者の71.4%であった。AFP glycoformを併用した肝臓検診で肝癌1例を発見するのに要する費用を計算すると、AST、ZTTのみをスクリーニングに用いたとすれば、AFP glycoformも含めて検診に要した費用は14,395,100円となり、肝癌1例あたり約288万円と計算された。
HCVAb陽性者のうちHCV-RNA陽性で肝機能異常のある例は、肝癌HRGとしてUSを含めた厳重な追跡を行うとともに、1.5次予防としてインターフェロン治療等を行って癌の発生そのものを予防することがさらに重要である。HCV-RNA陽性で肝機能正常の例は肝炎を発症する可能性があり、年3~4回肝機能検査を受けることが望ましい。HCVAb陽性であるがHCV-RNA陰性で肝機能正常の例は、HCV感染の既往を示すもので年1~2回肝機能検査を行えば充分と考えられる。
J地区ではHCV感染と性感染症の一つと考えられているHBV感染の間に有意の関連が認められたが、夫婦間の検討ではHCVAbの保有状況は夫婦間で有意であったものの、HBcAbの保有状況は有意ではなく、夫婦間でのHCV genotypeの一致率も低かったことより、HCVの性感染の可能性は低いと考えられた。また、HCVAb陰性者の追跡ではHCVAbあるいはHCV-RNAが陽性化した例は認められず、HCVは現時点では、通常の状況ではさほど感染しやすいものではないと考えられた。GBV-C RNAの陽性率は他の地域住民における報告よりは高率であったが、これらの例の多くはHCVAb陽性であり、肝機能異常に対してHGVの関与は少なく、C型肝炎として取り扱えば良いことが明らかになった。また、HGVへの暴露はHCVの感染と強い関連が認められ、HCVと同じ経路で感染するものと考えられた。
一般にUSを用いた集検での肝癌の発見率は0.02~0.04%であり、肝機能とウイルスマーカー、AFPの検査により肝癌HRGを選定し、USを含めた追跡を行うことにより肝癌発見率の向上が認められた。USを用いた肝臓集検では肝癌1例を発見するのに要する検診の費用は900万~1,200万円と報告されている。AFP glycoformを併用した検診では肝癌の発見率は0.02%とほぼ同程度の値を示し、費用効果が良く、陽性反応適中度はきわめて高かった。AFP glycoformをスクリーニングに加えることにより非常に効率よく肝癌HRGを選び出すことが可能であり、肝細胞癌早期発見の補助手段として費用効果面からも有用と考えられた。
結論
肝癌の早期発見を目的とした検診では、肝機能検査とウイルスマーカーの検査により、肝癌HRGを選定してUSを含めた追跡を行うのが効率が良い。肝癌死亡を減らすには肝癌の早期発見に努めることも必要であるが、1.5次予防として慢性肝炎例を拾い上げて治療を行い、肝癌の発生そのものを予防することがさらに重要である。
基本健康診査で肝機能異常を認めた例に対してはウイルスマーカーとAFPを検査し、個々の例について厳重に指導・追跡していくことが必要であり、これを効果的に行うには地域の保健婦、医療機関との密接な連携が重要と考えられた。

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