ソーシャルマーケティング理論を応用した、生活者・消費者主体の地域保健福祉事業のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
199700241A
報告書区分
総括
研究課題名
ソーシャルマーケティング理論を応用した、生活者・消費者主体の地域保健福祉事業のあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
中原 俊隆(京都大学大学院医学研究科社会予防医学講座公衆衛生学分野)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 保健医療福祉地域総合調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
保健所と市町村を中心とした新しい地域保健の体系を構築していく上での基本理念である「生活者・消費者主体」に関して、具体的な方法論は全く検討されていない。生活者・消費者が何を求めているのかを把握し、それに適合したサービスを提供していくための方法論として、ソーシャルマーケティング理論が有用である。本研究は、我が国の地域保健にソーシャルマーケティングの考え方を取り入れ、「生活者主体・消費者主体」の地域保健活動の発展・展開の方法論を提供することを目指している。
今年度はソーシャルマーケティングにおける最も重要な活動である広報活動に焦点を当て、健康に関する知識の普及や保健サービスの周知を目的とした広報活動の実態とその効果を明らかにし、ソーシャルマーケティングの視点から効果的かつ効率的な地域保健福祉事業のあり方を検討することを目的とした。
研究方法
本研究では、「自治体における広報活動の実態調査」と「広報活動の効果に関する住民調査」の2つの調査を実施した。
1.自治体における広報活動の実態調査:自治体では地域住民を対象に、地域保健に関する様々な広報活動を実施しているが、その実態はほとんど明らかにされていない。この調査では、広報活動のために用いられている広報物の実態を把握し、その特性を明らかにすることを目的とした。
対象は東京都の市区町村とした。平成9年10月に、対象市区町村に対して、平成8年度の予算で制作あるいは購入し、地域住民を対象に発行しているチラシ、ポスター、パンフレットなどの広報物を全て送るように依頼し、その広報物の名称、制作主体、制作または購入に要した費用、配布場所・配布方法などを設問した。
2.広報活動の効果に関する住民調査:ソーシャルマーケティングにおける広報活動の効果に関しては、知識の普及であれば地域住民の知識量、サービスの周知であればサービス利用量を最終的な効果の指標と捉えることができる。しかし、最終的な効果の前に「広報活動によって、広報した内容あるいは広報物が対象者に到達したか」を検討する必要がある。この調査では、広報活動の中間的な効果の指標の1つである「広報物への接触率」を測定し、その影響要因を探索することを目的とした。
対象は川崎市麻生区に在住する40~69歳の者1,800人であった。平成9年11月に、郵送法により自記式調査票を配布・回収した。保健事業の周知を目的として区の保健所で発行している4種類のチラシのコピーを調査票に貼付し、「見たことがあるか」という調査項目を設定し、接触率を測定した。その他に、属性、健康状態、予防的保健行動の実施、健康に関する情報源への接触、区の保健事業の利用などを設問した。
結果と考察
 1.自治体における広報活動の実態調査:63市区町村のうち27市区町村の回答が得られ、回収率は43%であった。
収集された広報物の数は647、その種類は、チラシ166、パンフレット406、ポスター51、本8、はがき8、広報誌6、トランプ1、手提げ袋1であった。チラシ、パンフレット、ポスターに関して集計・分析を行った。
広報物の目的に関しては、チラシ、ポスターは健康診断などの保健サービスの周知を目的としたものが8~9割を占め、パンフレットは健康に関する知識の普及を目的としたものが9割を占めていた。内容に関しては、チラシでは母子保健が5割、成人・老人保健が4割、パンフレットでは母子保健が3割、成人・老人保健が5割、ポスターでは成人・老人保健が8割を占めていた。
制作主体に関しては、チラシ、ポスターは全て各市区町村で制作され、パンフレットの6割は出版社などから購入したものであった。また、自治体単独ではなく、いくつかの自治体で共同制作しているパンフレットもみられた。
平成8年度に制作・購入した広報物のうち、チラシの6割、パンフレットの8割、ポスターの4割は、調査時点の平成9年10月現在も配布されていた。配布期間の平均値はチラシ10ヶ月、パンフレット12ヶ月、ポスター6ヶ月と、長期にわたって配布されていた。
配布場所に関しては、チラシ、パンフレット、ポスターともに、地域保健における広報活動の拠点である保健所、保健センター、保健相談所で配布しているものが8~9割を占め、それ以外には、役所や出張所、公民館などの公共施設が主な配布場所であった。その他に、学校、保育園、医療機関や薬局、駅、公衆浴場などで配布されていたが、その数はきわめて少数であった。また配布場所に広報物を設置して地域住民に自由にとっていってもらう、という配布方法以外には、郵送、町会や自治会での回覧、新聞折り込み、保健婦や民生委員による配布、事業実施時の配布などがみられたが、非常に少数であった。
2.広報活動の効果に関する住民調査:対象者1,800人のうち772人の回答が得られ、回収率は43%であった。
チラシへの接触率は、住民検診の周知を目的としたチラシが24%で最も高く、市民健康デーの周知を目的としたチラシが12%で最も低かった。4種類のチラシの配布状況を比較すると、配布期間の長いチラシの方が接触率が高かったが、発行部数、配布場所は接触率に関係していなかった。
属性との関連では、女性、年齢の高い者、仕事をしていない者、当区での居住年数の長い者の接触率が高かったが、主観的健康度などの健康状態との関連はみられなかった。
予防的保健行動との関連では、予防的保健行動を実施している者の方が接触率が高く、健康に関心の高い者は、区の保健事業への関心も高く、サービスに関する情報を多く収集していることが示唆された。
健康に関する情報源への接触との関連では、情報源に接触したことのある者の方がチラシへの接触率が高かったが、新聞、雑誌、テレビなどのマスコミを健康に関する情報源にしている者は必ずしもチラシへの接触率が高いわけではなかった。
区で実施している保健事業の利用との関連では、それぞれのチラシの目的に対応する事業を利用している者の方が、そのチラシへの接触率が高かった。しかし、チラシと直接関係のない事業を利用した者でもチラシへの接触率も高かったことから、チラシに接触してからサービスを利用した、というよりもむしろ、サービスを利用した際にチラシに接触した、という可能性が高い。
結論
自治体における地域保健事業に関わる広報活動は、チラシ、パンフレット、ポスターなどの広報物を、保健所や区役所などの公共施設に長期間にわたって設置し続ける、という方法が中心で、広報物の目的や内容に応じた工夫がほとんどなされていないことが示された。そして、このような広報活動では地域住民の広報物への接触率、そして地域住民の健康に関する知識や保健サービスの利用率を向上させるには十分でないことが示された。
今後の研究課題として、全国の自治体における先進的な広報活動の事例とその効果の測定、地域保健福祉における広報活動を評価するための手法と指標の開発、ソーシャルマーケティング理論に基づいた地域保健活動の発展・展開の方法論の検討が必要である。

公開日・更新日

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