歯科衛生士による長期療養患者の口腔ケアの効果に関する調査研究

文献情報

文献番号
199700236A
報告書区分
総括
研究課題名
歯科衛生士による長期療養患者の口腔ケアの効果に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
斉藤 郁子(熊本市立熊本保健所)
研究分担者(所属機関)
  • 松田智子(愛媛県大洲保健所)
  • 柿木保明(国立療養所南福岡病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 保健医療福祉地域総合調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
超高齢化社会に向け、要介護高齢者を取り巻く支援の必要性から、現在、保健・医療・福祉の連携がうたわれ、さまざまな分野で確実に広まりをみせている。その中で、歯科衛生士が施設や在宅ケアの中で関わる口腔ケアについては、平成4年度の老人保健事業3次計画に訪問口腔衛生指導が導入され、また、医療保険においても平成6年10月より訪問歯科衛生指導料が新設されるなど、徐々にではあるが、多くの地域で保健・医療に基づいた口腔ケアが実践されてきた。
この口腔ケアの必要性については、看護や介護の現場においても、ここ数年浸透してきており、口腔内を清潔にすることが、要介護高齢者の肺炎を防いだり、発熱や頭痛を消退させることが明らかにされたことから積極的に口腔ケアに取り組む病院や施設も増加してきている。しかしながら、―方では、業務の中でも見過ごされている例も多い。口腔ケアの不徹底が、院内感染や歯科口腔疾患の増悪や感染症発症、QOL の低下を引き起こすことが明らかになっている状況では、これらの口腔ケアの問題に対して施設や医療機関は十分な対策を講じる必要がある。口腔衛生指導や口腔ケアは、歯科衛生士の業務範囲に含まれており、この知識と技術を、広く福祉や介護領域でも応用することができれば、高齢化社会に対応した福祉政策や健康作り政策に対して貢献できると思われる。
そこで、口腔ケアを専門領域とする歯科衛生士による、口腔清掃困難な長期入院患者に対する口腔ケアや保健指導等の効果について調査研究を実施した。
研究方法
(1)長期療養患者や要介護者の口腔ケアに対する意識について、16項目のアンケート調査を、施設や病院職員1513名を対象に実施した。(2)口腔ケアの効果に関する臨床研究は、国立療養所南福岡病院および愛媛病院に入院中の長期療養患者のうち、重症患者を中心とした19名に対して、口腔ケア、全身調査、口腔診査、検査等を実施した。口腔ケアは週2回で、計8回実施し、口腔状態の変化や口腔ケアに要する時間等の変化について調査し、得られた臨床データから全身状態と口腔ケアの関連性や使用器具の検討、効果的なケア方法の検討等を行った。(3)口腔ケアの器材と記録様式については、口腔状態に応じた口腔ケア方法や使用器具、実施時間、問題点などについて調査した。また、本邦における口腔ケア器材の市場調査、口腔ケアに関する文献的研究を実施した。(4)口腔状態や口腔ケアの評価方法と基準について研究を実施した。口腔ケアと関連する口臭、口腔乾燥度、唾液、細菌学的評価、口腔清掃状態の評価方法について調査した。口臭は、舌苔内細菌のメチルメルカプタンの産生能をガスクロマトフィ―で化学的に分析して評価を試みた。細菌学的には、真菌であるカンジダ・アルビカンスの分布について調査した。他の項目については、臨床診断基準を設けて評価を試みた。
結果と考察
(1)口腔ケアに関するアンケ―ト調査を、病院や施設で介護に関わる職員を中心に実施した。口腔ケアに対する意識では、職種別に異なり、口腔清掃の目的については、看護職員の78.6%が口腔清掃を保清の―部と考えているのに対し、歯科衛生士の82.8%では、リハビリの効果や誤嚥性肺炎の予防としており、歯科衛生士では、う蝕や歯周炎の予防だけでなく、全身の健康を考慮した効果的な口腔ケアを目指していることが認められた。歯科衛生士が行う専門的口腔ケアについては、その必要性を感じている人が全体の85.7%にも上ることが認められた。この専門的口腔ケアの希望頻度については、週2回以上46.5%、週1回27.2%で、週1回以上を希望している者が全体の73.7%であった。また、実際の口腔ケアの手法については、介護に関わっている職員のうち、歯科衛生士では、大部分が歯や歯肉、口腔粘膜の状態に合った器具や方法を採用しているのに対し、歯科衛生士以外の職種で、十分な対応をしているのは5%未満にすぎなかった。
(2)歯科衛生士による口腔ケアの臨床研究から、口腔清掃行動の障害因子として、病気になる前の意識が重要であることが認められた。このような場合には、口腔の清潔感や快適さを実感させることが重要であると思われた。実際の歯科衛生士による口腔ケアの効果については、長期療養患者19名に対する調査研究で、唾液の性状や口腔乾燥度、口腔機能が口腔状態に大きく影響しており、また口腔ケアの器材や方法も、その口腔状態に応じて変える必要が示唆された。口腔ケアの効果として、歯肉炎や粘膜症状の改善がみられ、食事や感染予防の面からも効果がみられた。口腔症状としては、服用薬剤の副作用によると思われる口腔乾燥がみられた。口臭については、口腔ケアの前後で極めて改善された例が多く、口臭の主成分であるメチルメルカプタンの産生能が、口腔ケアによって極めて明確に減少することが認められた。また、唾液分泌量と唾液の粘性評価が口腔乾燥の評価とともに口腔ケアを行う上で、重要であると思われた。
(3)口腔ケアの使用器具については、全身症状や口腔状態、口腔粘膜状態のレベルによって、必要な器具や方法がかなり異なることが認められた。唾液の自然嚥下が可能な全身状態の中程度以下の患者では、給排水歯ブラシが効果的であった。記録様式については、全身状態と口腔状態の評価ができること、少ない項目でより客観的な評価ができることが必要と考えられた。また、経時的な変化が把握できる記録様式も必要と思われた。
(4)口腔ケアの評価基準については、口臭測定の標準化、唾液粘性度測定、細菌学的評価、口腔乾燥度等の評価基準が必要と思われ、試作基準を作成した。今回の口臭測定では、口腔ケアの効果として舌苔内細菌のメチルメルカプタン産生能が減少しており、口腔症状の改善の指標として、口臭測定の意義が示唆された。唾液粘性の評価については、粘度計を用いた健常者による実験的研究で、唾液粘性の評価が可能であることが認められた。細菌学的にはカンジダ・アルビカンスの分布について調査した。口腔ケア前後の変化では、改善3名、不変10名、増加5名であった。カンジダ分布は全身抵抗力の低下関連があるとされており、今回の結果は口腔ケアの期間が短かったことと使用薬剤等の影響があったために、著明な変化がみられなかったと考えられた。口腔乾燥の程度については、客観的な評価法が確立されていないが、ある種の測定機器を応用することで、可能になると思われた。また、全身と関連ある口腔症状の評価として、口腔粘膜や舌の色調変化についても、今後検討が必要と思われた。口腔ケアの評価では、口腔ケア指数(OCI)を試作して評価を試み、この指数における口腔の部位別評価が、口腔周囲筋の機能や寝たきり時の体位との関連を知るために有用と思われた。また、口腔ケアの自立度判定の簡易スケールを作成し、口腔環境や食事摂取状況や自立の程度、ケア介助の程度を知る上で、簡便だと考えられた。今後は、多職種による使用が可能なスケールの検討が必要と考えられた。
結論
今回の研究から、口腔状態のレベルに応じた口腔ケアの方法と使用器具の標準化が必要であることが認められた。口腔状態の評価方法を確立するために、科学的な口腔ケア評価と口腔ケアのマニュアル作りが必要と考えられた。また、これらの患者では、口腔状態が食事摂取状態や味覚とも極めて密接に関連しており、栄養摂取との関連についても調査が必要と思われた。さらに、健康な時からの積極的な口腔環境の改善が寝たきりや長期療養時の口腔ケアに関連することも認められ、生涯を通した健康教育の必要性も認められた。
今後は、臨床医学的観点だけでなく、医療経済や心理学など、多方面からの検討を行い、その研究結果を広く高齢者医療福祉の分野で応用できるような指針をまとめる予定である。

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