社会保障政策の雇用拡大、貯蓄行動、消費行動などを通じた経済への影 響に関する研究

文献情報

文献番号
199700206A
報告書区分
総括
研究課題名
社会保障政策の雇用拡大、貯蓄行動、消費行動などを通じた経済への影 響に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
跡田 直澄(大阪大学大学院国際公共政策科教授)
研究分担者(所属機関)
  • 駒村康平(駿河台大学)
  • 金子能宏(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 角田由佳(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 山田篤裕(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 社会保障・人口問題政策調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1997年の人口推計が明らかにしたように、今後わが国の少子化と高齢化はこれまで以上に急速に進むことになったため、公的年金、医療保険等の財政状況を長期的に安定化させつつ国民生活のるための給付と負担のあり方を適正化することを含む年金改革や医療保険改革が進められている。公的年金と老人医療の給付水準や介護体制の整備は、高齢者家計の所得水準、医療需要及びこれと代替的な介護の方法に影響するため、こうした高齢者家計の子供の家計など広義の家族の介護や扶養に対する意識も変化する。その結果、高齢者家計は、介護の見返りに遺産を残す可能性が生じて貯蓄・消費行動が変化し、子供の家計もまたその遺産を考慮して生涯の貯蓄・消費行動を変化させる場合が生じる。また、家計の貯蓄・消費行動が変われば、夫の所得水準と家計の効用水準に依存する女性の就業行動も影響を受けるため、女性の就業行動に対する子育て支援策や正規雇用の女性と短時間雇用(パートタイム)の女性との間の年金受給権の公平性の問題なども検討しなければならない。
社会保障政策は、このように、複数の世代(親と子など)の貯蓄・消費行動と雇用動向に影響を及ぼすが、世代間のケアと所得移転の関係を考慮しつつこれらの影響を実証研究することは、従来必ずしも十分には行われてこなかった。本研究では、このような従来の研究では取り上げることができなかった社会保障政策が家計の貯蓄・消費行動と就業・引退行動に及ぼす効果を、複数の世代の関係を捉えることのできるアンケート調査を企画実施し、これに基づいて実証分析することを目的とする。
研究方法
一世代からなる家計(高齢者夫婦世帯や高齢者単身世帯)のみならず、複数の世代からなる家計(親と子の同居する世帯など)を分析対象として、社会保障政策が、貯蓄・消費行動に及ぼす影響や、就業行動に及ぼす効果を通じた雇用への影響を分析するための視点と方法を明らかにするための文献サーベイに基づいて、これによって明らかになった分析視点を捉えることのできるアンケート調査を実施して、その個票データを集計及び解析する。
平成8年度(1996年度)に文献サーベイの範囲は、年金・医療保険の歴史的展開に関する制度論、年金が高齢者の就業・引退行動に及ぼす効果に関する実証研究、子育て支援策が女性の就業行動に及ぼす効果に関する実証研究、医療の需給と老人保険制度に関する調査研究、及び高齢者のいる世帯の世帯構成と介護ニーズに関する社会福祉論的研究などである。これらの文献研究をもとに、複数の世代における所得移転や介護の様式が把握できるようなアンケート調査を企画する。これは、高齢者世帯と3世代世帯(高齢者世帯とその子供の世帯が同居する世帯)に対して世帯票と個人票(40歳以上89歳以下)と世帯構成票を同時に配布し、単身世帯、夫婦世帯、3世代世帯の別並びに3世代世帯の世帯関係を世帯構成票によって明らかにする方法を採る。この調査の呼称は、その趣旨が調査対象者に理解されるように「中高年の生活状況と社会保障の機能に関する調査」とする。
平成9年度(1997年度)には、主成分分析により地域特性の異なる調査地点として首都圏30キロ圏、長野県、大分県を選び、上記調査「中高年の生活状況と社会保障の機能に関する調査」を実施する(設定サンプル数は1,820世帯、これに属する個人票は4000サンプル(見込み))。この調査の集計と解析結果は、報告書及び国立社会保障・人口問題研究所の機関誌等によって公表する。また、その個票データは一定期間の後に申請者に対して所定の手続きを経てその利用に供することとする。
結果と考察
 平成9年度において、「中高年の生活状況と社会保障の機能に関する調査」を実施した期間(調査期間)は、1997年7月31日から9月9日であり、設定サンプル数は、1,820世帯(20世帯×91地点、個人対象者4000サンプル見込み)、うち首都圏30キロ圏900世帯、長野県と大分県おのおの460世帯である。有効回収数は、世帯構成票1255サンプル(回収率70.0%)、世帯(夫婦)票1,456サンプル、個人票2,564サンプルであった。
公的年金制度が高齢者の就業・引退行動に及ぼす効果については、文献研究により、従来の実証研究ではサンプルが生涯の就業行動を完全に捉えた履歴情報ではないにも関わらずあたかもそのように想定して回帰分析する方法が採られていた点が問題点として指摘されたことを踏まえて、生存時間分析を用いた実証研究を行った。雇用拡大との関係を一つの視点とするので、厚生年金が中高年男性(40歳以上75歳以下)を対象に、その就業・引退行動に及ぼす効果を分析した。このサンプルは、調査時点では対象者個人の職業生涯(引退過程)が終わった者と終わっていない者とが共存するデータを構成するので、ノン・パラメトリック分析により引退を早める要因を抽出した上で、比例ハザードモデルを用いた。その結果、短時間就業をしている中高年者と比較して、役職の高い者が早期退職優遇制度があったり企業年金制度があるために引退年齢が早まること、及び厚生年金が20万円以上の高額である場合に引退年齢が早まることが明らかになった。
中高年者が引退する過程で、余暇時間をどのように過ごしているかは生活時間分析の観点から重要な研究課題である。とくに、介護保険法の施行により、施設中心の高齢者介護から地域と家庭の連携の上での高齢者介護への移行が推進されつつある現在、地域での介護の担い手になりうるボランティア活動に、高齢者がどのように関わっているかについて実態調査することは、上記の研究課題の中でも重要な研究テーマになる。本研究では、中高年者の余暇時間の使い方について、ボランティア活動に参加しているかどうか、参加している場合にはどのような活動をしているのか等について調査した。従来の調査では、ボランティアの世帯構成、就業状況及び所得水準等について、回帰分析できるような詳細な情報を含めていない場合が多かったが、本調査ではこれらの情報とボランティア活動への参加状況等の情報を合わせて回帰分析できる個票データを作成することができた。中高年者の経済状況等をコントロールしながらボランティア活動へ参加する確率をトービット・モデルにより実証分析した結果、世帯主が長男であるかどうかや親と同居した経験があるかどうか等、世帯属性の影響と、ボランティア活動への認識度を高める意味で学歴が高いことが有意に影響することが明らかになった。
世代間の所得移転が遺産により行われるならば、高齢者世帯は介護の見返りに遺産を残す可能性が生じて貯蓄・消費行動が変化し、子供の家計はその遺産を考慮して生涯の貯蓄・消費行動を変化させる可能性がある。このような世代間の所得移転としての遺産決定について、遺産動機として大別されている意図せざる遺産動機と意図した遺産動機(利他的動機などによる遺産動機)が観察されるかどうかをロジット分析し、ついで遺産予定額がどのような要因によって決定されるかどうかを重回帰分析した。その結果、3世代同居の回答者は意図しない遺産動機を持つ可能性が低く、意図する遺産動機が強いこと、及び遺産予定額が大きい人ほど意図する遺産動機が強いことがわかった。
高齢者世帯が子供の世帯と同居するメリットは、たとえその見返りとして遺産をその子を含む子供世代に配分する必要があるとしても、要介護状態になったときに親族によって細やかな介護を受けられる確率が高まることである。本調査では、高齢者世帯の中で要介護状態にある者の割合や要介護状態になりうる可能性の高い後期高齢者世帯を調査するために、調査対象を40歳以上89歳以下とした。中高年者の身体状態と要介護状態を段階的に把握するために、次のような区分を用いた。[0]健康で完全に自立、[1]軽度で障害はあるが基本的に自立、[2]IADL(ただし、ADL要介護の人を除く)、[3]ADL要介護。この区分に基づけば、年齢階級の上昇とともに、完全に自立している人の割合は着実に低下しており、反対に身体状態[3]ADL要介護の人の割合は増加する(とくに85-89歳階級では37%にまで増加)。男女間格差が見いだされたのは身体状態[2]の人であり、身体状態[2]の男性は7割が2人世帯で暮らしているが、同じ状態の女性で2人世帯で暮らす人の割合は約5
割であり、約3割の人は夫婦以外の世代を含む3人世帯で暮らしている。
以上の結果を結びつけると、男性については、本人の職業と年金額に依存して、厚生年金が中高年者の引退を早める可能性があり、かつ後期高齢者が要介護になる可能性が年齢の上昇とともに増加するものの、要介護状態になっても3世代同居になって子供からの介護を期待できる割合は女性よりも少ないことが、示唆される。要介護状態になった時の介護サービスを夫婦2人世帯で賄うためには、介護保険に期待することもできるが、それ以上のサービスが必要になった(あるいは求める)場合には、自らの貯蓄を取り崩したり、年金をそのために支出する必要がある。こうした高齢者の支出を賄う手段には、厚生年金の他に企業年金や退職金がある。本調査では、中高年者の職業経歴、転職回数、及び企業規模と企業年金の取得の有無、企業年金額等を尋ねて、企業年金が厚生年金を補う機能を実際に有しているかどうかを検討した。企業規模別にみると、退職した企業の従業員規模が大きいほど、雇用者から引退した者のうち企業年金を受給した者の割合が高く、平均受給額もより多くなる。会社から会社への転職回数別にみると、転職回数が多くなるほど企業年金の平均受給額が低下する傾向がみられる。従業員の離転職は企業の従業員規模が小さいほど多いことが知られており、企業年金の受給額が企業規模によって異なる問題を是正するためには、その一つの手段として、転職回数に依存して企業年金が低下する傾向を是正する企業年金のポータビリティーの確立が必要であることを示唆する結果が得られた。
結論
「中高年の生活状況と社会保障の機能に関する調査」の集計と解析結果から、社会保障政策の今後の課題を検討するに当たって、以下のような論点と今後の課題を指摘することができる。
(1) 一般的には厚生年金が高齢者の就業確率を引き下げることが指摘されているが、本研究では引退を早めるかどうかは、中高年雇用者(男性)の職業属性と厚生年金額がある一定水準以上であることに依存しており、従来の研究を政策運営のために解釈することに対して一定の留保を必要とすることを示唆する結果が得られた。
(2) 男性については、本人の職業と年金額に依存して((1)を留保)、厚生年金中高年者の引退を早める可能性があり、かつ後期高齢者が要介護になる可能性が年齢の上昇とともに増加するものの、要介護状態になっても3世代同居になって子供からの介護を期待できる割合は女性よりも少ないことが、示唆される。なお、身体状態別にみた男性と女性の世帯厚生の相違が、今後の介護保険のあり方や地域と家庭が連携する介護体制の展開に対してどのような意義を持つかについてのより詳細な検討は、今後の課題である。
(3) 企業年金の企業規模間格差と、これと関連する転職回数別の企業年金額の格差の問題は、本調査によっても見いだされた。企業規模間格差については、賃金の企業規模間格差もありこれは労働市場と雇用制度の検討を含む問題であるのに対して、転職回数に依存して企業年金額が変化することは企業年金のポータビリティーを確立することにより改善される可能性のある、社会保障政策(年金政策)の課題であると考えられる。
(4) 企業年金は正規雇用者は対象とされるが、勤続年数や能力において正規雇用者と比べて劣ることのない基幹型パートタイマーや派遣労働者は、企業年金政策の検討対象から捨象されることが多い。これらは女性の雇用形態として無視できない割合を占めており、子育て支援策によって女性の就業促進、雇用継続をはかる場合には、その女性が引退した場合の所得保障手段としての企業年金政策にも配慮した総合的な社会保障制度の整備が必要であると考えられる。

公開日・更新日

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