先進諸国の社会保障政策の転換に関する調査研究

文献情報

文献番号
199700205A
報告書区分
総括
研究課題名
先進諸国の社会保障政策の転換に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
塩野谷 祐一(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小田泰宏(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 後藤玲子(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 社会保障・人口問題政策調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
福祉国家に関して、基本的問題が存在する。もしも、福祉国家の中心的な関心が、個人を越えた社会全体の状態・福祉におかれるならば、資源の総賦与量あるいは総効用の最大化こそが、社会保障政策の課題とされるであろう。それに対して、社会を構成するひとりひとりの福祉が主題となるならば、しかも、ひとりひとりの福祉が等しい重みで配慮されなければならないのであれば、社会保障政策の課題は、社会構成員が共通に必要とする基本的諸財の、また、それらの財に対する諸権利の公正な分配を実現することに帰着する。本研究の目的は、社会保障政策の課題を経済学的な資源配分問題として捉えたうえで、その公正性に関して規範理論的な分析を加えることにある。
研究方法
ところで、資源配分の公正性という問題は、以下のような論点を惹起する。
1)各人は自己の身体・精神と同様に、自己が歴史的に獲得してきた財や所得に対しても固有の権利をもつとしよう。そうだとしたら、なぜ、どのような根拠のもとで、何らかのパターン的な資源の社会的配分が正当化されるのだろうか。2)個々人の福祉は、個々人の自由な意思に基づく主体的活動の一つの帰結に他ならない。ところで、個々人の主体的活動は福祉以外の多様な目的を第一義的な目的として志向する可能性をもつ。そうだとしたら、なぜ、どのような根拠のもとで、個々人の福祉の実現が社会的主題となりうるのだろうか。
これらの論点は、例えば、ハイエク、バーリン、フリードマン、ノージックらによって主要に提起されたものであり、理論的には、財産権や自己所有権などの問題とも関連する分配的正義の問題、あるいは個人の自由(自律性・主体性)と制度設計との間の緊張関係を、政策的には、市場経済と政府による再分配政策との適正なバランスという問題を照射する。本研究は、哲学者ロールズを代表とする正義の理論、アマルティア・センを代表とする福祉の理論、ゲワースの権利の理論、さらには、ゲーム理論や社会的選択理論の現代的展開などの比較検討を通して、規範理論に対する非厚生主義的アプローチを形成し、社会保障の帰結とプロセスという2つの観点から、公正性の問題を総合的に考察しようとするものである。
結果と考察
規範理論に対する非厚生主義的アプローチは以下のように構成される。
1)議論の最も基本となる「個人」を、社会的経済的な、あるいは個的な諸条件によって制約されつつも、多様な目的を志向する行為主体として理解する点に関して、上記の諸理論はほぼ一致した見解をもつ。さらに、個人がそのような行為主体として有り続けるためには、自由が不可欠の価値をもつと認識する点において一致する。
2)行為には目的が伴うことから、自由に関しても、行為そのものの自由と目的の達成可能性という2つの問題が浮上する。前者は、個々人のおかれている個的制約条件(身体的・精神的・経済的その他)を所与として、本人の意思や行為が外的に妨げられないことのみを要請するのに対し、後者は、個々人が目的を達成しうるように個々人のおかれている個的制約条件を社会的に調整することを要請する。バーリンは前者を消極的自由と呼び、それのみを社会的主題とすることを主張した。それに対して、上記の諸理論は、個人の福祉あるいはルールの社会的決定プロセスへの参加に関して、積極的自由の必要性を認め、その社会的保障の根拠と方法を論ずるものである。
3)自由の概念的区別は、非協力ゲームのゲーム形式によって、より明晰に定式化される。ある一つの相互依存的問題に関して、ゲーム形式の定める個人の戦略集合は、主題とされている問題に参加しうる個人の発言権(請求権)の範囲を表現する。それは個人の行為の自由を表すものであって、個人の目的の達成可能性に関して言及するものではない。個人の目的の達成可能性は、他者の行為と結果を指定する関数に依存して、その範囲が決定される。個人の取得可能集合と呼ばれるものは、個人が、他者の行為と結果関数を所与として、自己の行為を自由に選択することによって達成可能となる目的の範囲を表している。
4)公正な資源配分方法とは、狭義には個々人の福祉の達成可能性を規定するルールを指す。だが、上記の枠組みにおいては、問題はより広く捉えられる。まず、個々人の戦略集合、すなわち資源配分の決定に対する個々人の請求権の内容と範囲をいかに定めるかが問われる。いま、戦略集合として、個々人の労働可能時間の全体が指定されたとしたら、続いて、労働時間の配分に関する個々人の自己決定権の保証が問題とされなければならない。これは、個々人の達成可能な福祉の範囲を、個々人自身の労働時間の選択によって部分的に規定せしめることを意味する。これらの問題は資源配分の手続き的な公正性に関連する。
5)手続き的な公正性のもとで、それでは、個々人の福祉の達成可能性をいかに実現すべきであろうか。ロールズはこの問いに関して、最も不遇な人々の境遇の最大化という格差原理を主張した。それは、所与の社会的、経済的な制約条件(個々人の労働インセンティブを含む)に応じて、個々人が共通に保障されるべき最小水準を定めるための帰結的な公正基準を意味する。
6)ロールズの格差原理を一つの選択肢として、はたして、いかなる公正基準を採用すべきか。それは、先述した手続き的公正性を含めて、(人々の行為や目的の達成可能性を規定する)ルールそれ自体の望ましさに関する規範的問いである。ロールズやゲワースは、ルール制定プロセスへの参加の自由という、最も基本的な自由を考察することによって、この問いに応えようとした。その意味と内容は、アローの社会的選択理論を拡張することによって、個々人の規範的判断をベースとする民主主義的な社会的選択プロセスとして定式化される。
結論
 本研究は、目的志向的な行為主体としての個人を議論の出発点とする点において、方法論的個人主義の立場をとる。すなわち、個人を越えた社会的・共同体的善を福祉国家の目標として措定するのではなく、多様な個々人の目的志向的・主体的行為を支えるために、その限りで、移転可能な資源の社会的配分を遂行することを社会保障の中心的課題とする。その方法論的特徴は、利他心、互恵性、連帯などという徳目を前提とすることなく、個々人の合理性と公正性のみを手掛かりに、最小限の政治的合意の可能性を分析可能とする点にある。ところで、個人が目的志向的な行為主体たりえるためには、自由が不可欠である。このように、自由を分析の鍵概念とする点において、本研究は自由主義的な規範理論と共通する。ただし、本研究は、行動の自由に関する不干渉―消極的自由の保証―のみならず、福祉的自由ならびに政治的自由に関する公正な値の実現―積極的自由の保障―までを政策的課題とする点において、自由主義的な規範理論とは区別される。
考察すべきは、個々人の目的志向的・主体的行為の尊重という目標のもとで、2つの自由をいかに両立せしめるかという問いである。本研究は、この問いに関して、資源配分を個々人の戦略的行為に基づく相互依存的決定問題、すなわち非協力ゲームの一つとして捉えた上で、1)ルール(ゲームフォーム)の制定プロセスへの平等な参加の自由を前提に、2)各人の戦略的行為に関する選択の自由、3)私的事項に関する自己決定権などの優先的基準のもとで、社会的・経済的制約条件に応じて、常に、ある帰結的な公正基準をみたすように福祉的自由の最小水準が決定されるというフレームワークを提出した。

公開日・更新日

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