出生率と初婚率予測モデルの精緻化に関する研究

文献情報

文献番号
199700202A
報告書区分
総括
研究課題名
出生率と初婚率予測モデルの精緻化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
稲葉 寿(東京大学大学院数理科学研究科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 社会保障・人口問題政策調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、人口予測モデルのなかでも特に重要な部分である出生率と初婚率予測モデルについて、数理人口学的観点から理論的検討を行い、現在の出生率と初婚率予測モデルの精緻化を図ろうとするものである。現在のところ人口の将来推計に用いられる出生率ならびに初婚率予測モデルは、単性モデルであり、両性モデル化されておらず、これがモデルの基本的課題の一つとなっている。そこで本研究においては、まず出生率と初婚率予測モデルを再構築するための数理人口学的な基本モデルについて研究する。
研究方法
数理人口学において取り扱う人口再生産モデルについて、その解析的研究を進めとともに、1970年代以降のわが国の婚姻と出生デ-タをもとにモデルの実用化を図るための数理人口学的基礎モデルによって有効性を検討する。
結果と考察
男子の純再生産率が1.194、女子の純再生産率が0.977の場合、女子をもとにすれば人口は減少するが、男子をもとにすれば人口増加が予測される(Pollard, 1973)。これがいわゆる両性問題(two-sex problem)の端緒である。この現象は一般的に観察されうるが、戦争などによって性比のバランスが大きく崩れた場合には配偶率の変化を通じてより著しく現れる。もとより理論的には男子の純再生産率と女子のそれが一致する必然性はなく、それぞれは異なる仮定のもとでの数字であるから矛盾とも言えない。ただ男子の純再生産関数が時間的に不変であるという仮定と女子純再生産関数が時間的に不変であるという仮定が両立不可能であることを意味しているのである。安定人口論の枠内ではいずれの性をもとにすべきかを答えることはできない。
人口推計などの実用的モデルにおいては女子人口の再生産を基本とし、男子の人口再生産過程への関与を無視することによってこの問題は回避されている。それではそもそも現実世界におけるような男女のペアリングによる人口の持続的成長がなぜ可能なのか?、それを可能とするような男女の普遍的なペア形成法則はありうるのか?、そのときマルサス的人口成長率はどのように決定されるのか?、人口に於ける男女比のアンバランスが大きいときにはどのような現象が起きるのか?等の基本問題が存在する。
一夫一婦的な結婚(monogamous marriage)を正面から取り上げて、年齢構造をもった非線形人口動学モデルを初めて提出したのはフレデリクソン(Fredrickson, 1971)である。
フレデリクソンモデルでは、時刻tにおけるa歳の独身男子人口密度、時刻tにおけるb歳の独身女子人口密度、時刻tにおけるa歳の男子とb歳女子の夫婦の密度、a(b)歳の男子(女子)の死亡力、a歳の男子とb歳女子の夫婦の離婚率、a歳の男子とb歳女子の夫婦の出生率、新生児における男児の割合、単位時間あたり生成される男子a歳、女子b歳の夫婦の密度によってモデルが構成され、結婚関数がモデル化されている(数学的定義については報告書に記述し、総括報告書では要点のみ記述した)。
結婚関数は独身男子人口、独身女子人口から単位時間に発生する新郎a歳、新婦b歳の結婚組数密度を表す非線形関数で、様々な条件(結婚関数の公理)をみたすものと考えられる。
それらの条件として検証した結果、一次同次性の条件は必ずしも必須のものではないが、指数関数的成長解を得るために必要である。人口規模によっては別種の条件を想定する場合もある。また、年齢間の結婚の競合を表す条件は、経済学における生産関数に類似のもので、いくつかの関数で与えられることが見いだされた。たとえば、比例混合仮説(proportionate mixing assumption)と呼ばれるもの、一般化平均値関数、重みつきの調和平均 、幾何平均 、最小値関数等がある。これらはいずれも一次同次性の公理をみたすが、結婚の年齢間競合の公理をみたしているは比例混合仮説のみである。
Keyfitz (1972)は結婚関数としていくつかの候補を検証して、1960年代の米国のデータに関してはやや女性にウェイトのある幾何平均の適合度が比較的よいとしている。一方、最近のMartcheva and Milner (1996)の研究では1970年の合衆国センサスから推定される結婚関数は専ら男性人口にウェイトのある線形関数に近いものであったとしているが、今後一層の検討が必要であろう。現実の人口は男女性比がほぼバランスしているから、非線形性を検証することは実際には困難で、理論的により優れた関数の適合性が高いとは言えない。いずれにせよ結婚は男女の複雑な相互作用の結果であり、その市場的構造それ自体を十分検討する必要があろう。性比の広いレンジにわたって結婚関数が上記のような簡単な数学的関数で表現できたならば、そのほうがずっと驚くべきことである。
フレデリクソンのモデルの数学的性質について、近年いくつかの成果が出始めている。パラメータが年齢に依存しない場合には、モデルは常微分方程式モデルに還元され、その性質は詳しく解析されている。Waldstatter (1990)は上記のモデルにさらに結婚持続期間を導入したモデルに関して、解の存在定理を示した。Inaba (1993)は結婚持続時間を考慮したモデルにおいて初婚カップルのみが再生産をおこなうという仮定のもとで、半群解を構成するとともに指数関数的成長解が存在する条件を示した。その後Pruss and Schappacher (1994)は初婚による再生産という限定なしで、結婚持続期間を考慮したモデルに関して調和平均型の結婚関数のもとでは指数関数的成長解が一般的に存在することを証明した。数値的シュミレーションはArbogast (1989), Mode(1993), Martcheva(1996)等において行われているが、上記のような単純な数学的関数による夫婦組数分布の推定にはおおきな誤差が伴う。
非線形の両性人口モデルは一夫一婦的結婚モデル以外の、ポリガミー的婚姻規則のもとでも考えることができる(Rosen, 1983; Sowunmi, 1993)。今日の先進諸国においては法律的な意味における結婚の地位は低下しつつあるが、人類がその再生産のためになんらかの一定程度安定的な両性のパートナーシップを必要としていることには変わりがない。その意味では両性問題は人口再生産論の中心的課題であり続ける。
本研究では微分方程式モデルに焦点を当てたために、非線形の積分方程式モデルの発展について言及できなかった。多くの場合、積分方程式モデルは微分方程式モデルに変換可能であるが、必ずしも微分方程式のほうが有利であるとは限らない。
積分方程式モデルの重要な例はイースタリン仮説を取り入れた非線形ロトカモデルがある。
このタイプのモデルはパラメータの値によって解の分岐が起きて、リミットサイクル(持続的な周期解)が出現することが示されるから、人口の長期波動の説明として興味深いが、検証するためにはフィードバック構造そのものが時間的に安定的であるような時期が長期にわたって存在する必要がある。
結論
結婚再生モデル(出生率や初婚率を含む人口再生産モデル)として、一夫一婦的な婚姻形態を前提としてモデルの検証を行った。
今日の先進諸国においては法律的な意味における結婚の地位は低下しつつあることは確かであるが、いまのところ人類がその再生産のためになんらかの一定程度の安定的な両性パートナーシップを必要としていることや、両性の mating が必要であるという事実は変わりがない。そうした実体的なペア形成が出産の前提として存在する以上、非線形の両性モデルは人口再生産論の中心的仮題であり続けるであろう。
非線形両性モデルの数学的性質は検討が始まったばかりで、今後はそうしたペア形成による再生産の動態モデルの数学的形式理論を整備すとともに、結婚関数などの実証デ-タにもとづく同定とシュミレーションなど、結婚現象そのもののミクロ的観察と理論が必要とされよう。要するに、結婚に関し、ペア形成や maiting そのものの実態人口学的研究が必要である。また現実の結婚市場では人間の行動様式は固定的ではなく、状況に応じて変化している。従って固定的な結婚関数は、ある種の市場均衡を反映したものかもしれないが、いずれにせよ時間的不変性は長期的には現実的ではないであろう。そうした意味では、固定的再生産構造を仮定する理論の彼方に、いわば結婚市場における需給状況を反映して再生産軌道を変化させるような理論構成を展望する必要がある。

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