文献情報
文献番号
199700201A
報告書区分
総括
研究課題名
厚生年金におけるベンドポイント方式の導入に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
田村 正雄(野村総合研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 社会保障・人口問題政策調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
本研究は、厚生年金の報酬比例部分にアメリカの社会保障年金において用いられているようなベンドポイント方式を導入することによって世代内の所得再分配機能を強化する案について、年金財政に対する影響の分析を行い、社会保障構造改革におけるひとつの選択肢となり得るような提言を行うことを目標として実施した。
なお、ベンドポイント方式とは、年金額を計算する際に過去の報酬に乗じる給付乗率を報酬が高くなるにつれて何段階かで逓減させ、過去の報酬の高い者ほど所得代替率を低くする仕組みである。
厚生年金制度においては、定額給付の基礎年金の仕組みを通じて世代内の所得再分配が行われているが、現行の給付水準を維持する場合、将来の保険料率は34%を超えることが見込まれており、高額所得者に重点を置いて給付水準を抑制することにより、再分配機能を強化しながら負担水準を抑制すべきとの意見がある。本研究は、アメリカの社会保障年金におけるベンドポイント方式を厚生年金に応用する場合の影響を分析して具体的な導入手法について提言することを目的としている。
なお、ベンドポイント方式とは、年金額を計算する際に過去の報酬に乗じる給付乗率を報酬が高くなるにつれて何段階かで逓減させ、過去の報酬の高い者ほど所得代替率を低くする仕組みである。
厚生年金制度においては、定額給付の基礎年金の仕組みを通じて世代内の所得再分配が行われているが、現行の給付水準を維持する場合、将来の保険料率は34%を超えることが見込まれており、高額所得者に重点を置いて給付水準を抑制することにより、再分配機能を強化しながら負担水準を抑制すべきとの意見がある。本研究は、アメリカの社会保障年金におけるベンドポイント方式を厚生年金に応用する場合の影響を分析して具体的な導入手法について提言することを目的としている。
研究方法
初めに、ベンドポイント方式の導入を検討するにあたって、厚生年金における現行の制度設計について、関連する部分に考察を加え、あわせて、ベンドポイント方式の導入が提言されるに至った背景を紹介した。次に、年金制度における所得再分配機能について理論的な整理を行った。また、アメリカの社会保障年金にみられるベンドポイント方式について調査を行い、あわせて、所得再分配の観点からみた厚生年金とアメリカの社会保障年金との比較を行った。最後に、異なった観点から2つの具体的なベンドポイント方式を提案した。2つの方式とは、?総報酬制を導入した場合のベンドポイント方式、と、?高額所得者に重点をおいて給付水準を抑制する場合のベンドポイント方式、である。
結果と考察
? 厚生年金におけるベンドポイント方式導入の検討の背景
現行の厚生年金制度においては、現役被保険者は一律の保険料率により報酬(月給)に比例した保険料を負担している一方、老齢年金は、全国民に共通した定額の「基礎年金」を基礎に、「報酬比例部分」が上乗せされる2階建ての年金となっており、給付面では、定額給付の基礎年金の仕組みを通じて世代内の所得再分配が行われている。ベンドポイント方式は、厚生年金のような定額部分と報酬比例部分の組合せと同様、給付面では相当の所得再分配効果を有するものと理解することができる。ベンドポイント方式の導入を検討する背景については、具体的には、以下のような観点からのものである。
(1)総報酬制導入の観点からのもの:総報酬制を導入するにあたって、マクロの給付費用が不変となるよう給付乗率を一律に引き下げることとすると、月給が高いほどボーナスの支給割合が高い傾向があるため、一律の新給付乗率のもとでは、現行に比べ、年金額は、月給の低い者ほど減少し、月給の高い者ほど増加することとなる。よって、給付乗率を一律として総報酬制を導入した場合の年金額の減少・増加をならす方策として、現行制度での月給の低い者についての年金額は減少しないよう高い給付乗率で下支えし、逆に、月給にボーナスを加えた額が高くなるほど増加する年金額を抑制する形となるよう、給付乗率を逓減するベンドポイント方式の導入が考えられる。
(2)高額所得者に重点をおいて給付水準を抑制する観点からのもの:社会保障構造改革の観点から、高額所得者に重点をおいて給付水準を抑制するという考え方がある。その具体的な方法の1つとして、算定基礎となる報酬のうち高額の部分に重点をおいて年金額を抑制する手法として、ベンドポイント方式の導入が提言されている。
? 年金制度における所得再分配
年金制度における所得再分配の考察にあたっては、?負担面で年金保険料負担を報酬比例制とするか定額制とするか、?給付面で年金給付設計を報酬比例方式とするか定額方式とするか、という年金制度の基本設計に直結する問題を検討する必要がある。給付と負担を総合して評価するために、所得代替率のカーブと年金保険料負担率のカーブを重ね合わせてネットの受益率をみると、定額給付・定額保険料の組合せ及び報酬比例給付・報酬比例保険料の組合せの場合には、ネットの受益率はどの所得階層でも0であり、所得再分配効果はないということができよう。厚生年金のように、定額部分と報酬比例部分とを有した給付と報酬比例保険料との組合せの場合には、ネットの受益率は、低所得者層でプラス、高所得者層ではマイナスとなり、年金制度全体として、同一世代内の所得再分配効果を有していることとなる。
アメリカの老齢・遺族・障害保険(OASDI)について、老齢年金基本年金額(月額)は平均賃金月額に基づいて次の式ににより算定される。(1996年)
基本年金額(月額)=0.9A+0.32B+0.15C(A:平均賃金月額の437ドルまでの分、B:平均賃金月額の437ドル以上2,635ドルまでの分、C:平均賃金月額の2,635ドル以上の分)
いわゆるベンドポイント方式に基づく給付設計であり、グラフの傾きの変わる点(ベンド・ポイント)は原則として賃金上昇に応じて改定される。
厚生年金とアメリカの社会保障年金について、従前所得の平均に対応した年金額を比較してみると(妻が専業主婦世帯である場合を仮定)、厚生年金においは、標準報酬月額が59万円の者の年金額は、9.2万円の者の約2倍であることから、既に、相当程度、所得再分配が行われていると考えることができるであろう。一方、アメリカの社会保障年金についても、ベンドポイント方式のために、厚生年金(定額部分+報酬比例部分の組合せ)と同様、相当の所得再分配効果を有するものと理解することができるであろう。
? 具体的なベンドポイント方式の検討
(総報酬制を導入した場合のベンドポイント方式の検討)
総報酬制において、一律乗率の場合の年金額とベンドポイント方式の場合の年金額を比較してみた。逓減乗率とした場合は、一律の給付乗率とした場合よりも、低額所得者の年金額が下支えされ、高額所得者の年金額が抑制されるため、総報酬制を導入した場合でも、現行の年金額との変化は少なくなり、保険料は現行に比べて高額所得者がより多く負担することとなることから、所得再分配効果が強まることとなる。ただし、一律の給付乗率としている現行制度においても、専業主婦世帯モデルで比較すると、上述のように、既に、相当程度、所得再分配が行われていると考えることができる。現行の厚生年金における所得再分配は、定額部分と報酬比例部分の組合せによって生じているが、その割合を変更することによって所得再分配の程度を調整することもできる。
(高額所得者に重点をおいて給付水準を抑制する場合のベンドポイント方式の検討)
この方式は、現役時代の平均賃金が高かった人について、現役世代の平均的な賃金を超える部分の給付乗率を引き下げることにより、支出総額を抑制するものである。具体的には、受給者の現役時代の平均賃金が、平均的な現役の賃金(340,000円)を超える部分の給付乗率を引き下げることにより、支給総額を抑制するものである。現役時代の平均賃金と年金額(夫のみ厚生年金に40年加入、妻は厚生年金にまったく加入したことのない専業主婦の場合の年金額)の関係についてみてみると、現役時代の平均賃金が高かった者を中心にして、変更後の年金額は現在の年金額よりも低くなる。
現行の厚生年金制度においては、現役被保険者は一律の保険料率により報酬(月給)に比例した保険料を負担している一方、老齢年金は、全国民に共通した定額の「基礎年金」を基礎に、「報酬比例部分」が上乗せされる2階建ての年金となっており、給付面では、定額給付の基礎年金の仕組みを通じて世代内の所得再分配が行われている。ベンドポイント方式は、厚生年金のような定額部分と報酬比例部分の組合せと同様、給付面では相当の所得再分配効果を有するものと理解することができる。ベンドポイント方式の導入を検討する背景については、具体的には、以下のような観点からのものである。
(1)総報酬制導入の観点からのもの:総報酬制を導入するにあたって、マクロの給付費用が不変となるよう給付乗率を一律に引き下げることとすると、月給が高いほどボーナスの支給割合が高い傾向があるため、一律の新給付乗率のもとでは、現行に比べ、年金額は、月給の低い者ほど減少し、月給の高い者ほど増加することとなる。よって、給付乗率を一律として総報酬制を導入した場合の年金額の減少・増加をならす方策として、現行制度での月給の低い者についての年金額は減少しないよう高い給付乗率で下支えし、逆に、月給にボーナスを加えた額が高くなるほど増加する年金額を抑制する形となるよう、給付乗率を逓減するベンドポイント方式の導入が考えられる。
(2)高額所得者に重点をおいて給付水準を抑制する観点からのもの:社会保障構造改革の観点から、高額所得者に重点をおいて給付水準を抑制するという考え方がある。その具体的な方法の1つとして、算定基礎となる報酬のうち高額の部分に重点をおいて年金額を抑制する手法として、ベンドポイント方式の導入が提言されている。
? 年金制度における所得再分配
年金制度における所得再分配の考察にあたっては、?負担面で年金保険料負担を報酬比例制とするか定額制とするか、?給付面で年金給付設計を報酬比例方式とするか定額方式とするか、という年金制度の基本設計に直結する問題を検討する必要がある。給付と負担を総合して評価するために、所得代替率のカーブと年金保険料負担率のカーブを重ね合わせてネットの受益率をみると、定額給付・定額保険料の組合せ及び報酬比例給付・報酬比例保険料の組合せの場合には、ネットの受益率はどの所得階層でも0であり、所得再分配効果はないということができよう。厚生年金のように、定額部分と報酬比例部分とを有した給付と報酬比例保険料との組合せの場合には、ネットの受益率は、低所得者層でプラス、高所得者層ではマイナスとなり、年金制度全体として、同一世代内の所得再分配効果を有していることとなる。
アメリカの老齢・遺族・障害保険(OASDI)について、老齢年金基本年金額(月額)は平均賃金月額に基づいて次の式ににより算定される。(1996年)
基本年金額(月額)=0.9A+0.32B+0.15C(A:平均賃金月額の437ドルまでの分、B:平均賃金月額の437ドル以上2,635ドルまでの分、C:平均賃金月額の2,635ドル以上の分)
いわゆるベンドポイント方式に基づく給付設計であり、グラフの傾きの変わる点(ベンド・ポイント)は原則として賃金上昇に応じて改定される。
厚生年金とアメリカの社会保障年金について、従前所得の平均に対応した年金額を比較してみると(妻が専業主婦世帯である場合を仮定)、厚生年金においは、標準報酬月額が59万円の者の年金額は、9.2万円の者の約2倍であることから、既に、相当程度、所得再分配が行われていると考えることができるであろう。一方、アメリカの社会保障年金についても、ベンドポイント方式のために、厚生年金(定額部分+報酬比例部分の組合せ)と同様、相当の所得再分配効果を有するものと理解することができるであろう。
? 具体的なベンドポイント方式の検討
(総報酬制を導入した場合のベンドポイント方式の検討)
総報酬制において、一律乗率の場合の年金額とベンドポイント方式の場合の年金額を比較してみた。逓減乗率とした場合は、一律の給付乗率とした場合よりも、低額所得者の年金額が下支えされ、高額所得者の年金額が抑制されるため、総報酬制を導入した場合でも、現行の年金額との変化は少なくなり、保険料は現行に比べて高額所得者がより多く負担することとなることから、所得再分配効果が強まることとなる。ただし、一律の給付乗率としている現行制度においても、専業主婦世帯モデルで比較すると、上述のように、既に、相当程度、所得再分配が行われていると考えることができる。現行の厚生年金における所得再分配は、定額部分と報酬比例部分の組合せによって生じているが、その割合を変更することによって所得再分配の程度を調整することもできる。
(高額所得者に重点をおいて給付水準を抑制する場合のベンドポイント方式の検討)
この方式は、現役時代の平均賃金が高かった人について、現役世代の平均的な賃金を超える部分の給付乗率を引き下げることにより、支出総額を抑制するものである。具体的には、受給者の現役時代の平均賃金が、平均的な現役の賃金(340,000円)を超える部分の給付乗率を引き下げることにより、支給総額を抑制するものである。現役時代の平均賃金と年金額(夫のみ厚生年金に40年加入、妻は厚生年金にまったく加入したことのない専業主婦の場合の年金額)の関係についてみてみると、現役時代の平均賃金が高かった者を中心にして、変更後の年金額は現在の年金額よりも低くなる。
結論
平成11年改正においては、総報酬制の導入、高額所得者の年金カットはともに検討課題となっており、年金審議会においても鋭意検討がなされているところである。具体的な制度設計にあたって、本研究がその足がかりとなることを望む一方、更なる検討が必要でもある。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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