文献情報
文献番号
199700199A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢期の住居移動の地域パターンとその要因に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
荒井 良雄(東京大学教養学部)
研究分担者(所属機関)
- 田原裕子(東京大学教養学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 社会保障・人口問題政策調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
昨年度の研究では、高齢期の住居移動における移動理由と居住形態の変化に注目して分析を行った。その結果、高齢者の移動要因は、配偶者との離死別や健康状態の悪化など高齢期に特有な要因と、再就職や住宅の新築など非高齢者の移動に共通する要因とに大別され、前者は比較的若い高齢者に、後者はより高齢な高齢者に多いことが明らかになった。このことから、個々の移動のライフコースの中での位置づけに注目する視点の重要性が導出された。また、移動前後の居住形態の変化については、移動後、持家での子供との同居が多い一方で、夫婦のみ、あるいは子供と同居しながら借家間を移動する場合や、持家での子供との同居から一転して借家で子供と別居するという場合も見られた。このように、高齢者の移動は必ずしも一定の方向性を示しておらず多様であることが明らかになった。
今年度は、昨年度の研究から得られた知見を多角的に検証することを目的とする。具体的には、分析手法として数量化?類を採用することによって、移動する高齢者像を複合的に描き出すこと、また、分析対象として千葉市、横浜市のデータを新たに加え、3つの地域を比較することによって、高齢期移動の地域性と一般性について検討することを目的とする。
今年度は、昨年度の研究から得られた知見を多角的に検証することを目的とする。具体的には、分析手法として数量化?類を採用することによって、移動する高齢者像を複合的に描き出すこと、また、分析対象として千葉市、横浜市のデータを新たに加え、3つの地域を比較することによって、高齢期移動の地域性と一般性について検討することを目的とする。
研究方法
本研究では「東京都における高齢者の居住移動の実態と移動理由に関する調査研究―世田谷区・板橋区・江戸川区・八王子市・多摩市(平成6年実施)」、「千葉市高齢者移動実態調査(平成7年実施)」および「大都市高齢者の移動実態と理由に関する調査」より横浜市(平成3年実施)のデータを再コーディング・再集計して用いた。各調査はほぼ同一のフォーマットを用いているため地域間比較も可能である。従来の研究では特定の属性をいくつか個別に取り上げてクロス集計を行う分析が中心であり、これは個別の属性間の詳細な分析には適してはいるものの、他の属性や移動形態、移動要因も含めた複合的、総合的な分析には適していなかった。そこで本研究ではこの問題点を踏まえ、多角的な分析と個別の詳細な分析を同時に行うことにした。前者では数量化?類を用い、高齢移動者の属性、移動理由、移動形態の項目間の関連性やその全体像の立体的な把握を試みた。同時に、数量化で得られた軸の意味合いについても考えることで、それぞれの関連性を規定する要因を見い出した。また、数量化?類によって得られた項目間の関連性を詳細に再検討するべく、後者の手法として関連の認められた項目間での個別クロス集計を行った。なお、本研究の実施にあたっては東京大学の荒井良雄と田原裕子にくわえて、東京大学大学院総合文化研究科博士課程3年の岩垂雅子と修士課程1年の大木聖馬を加えたプロジェクトチームを構成し共同でおこなった。
結果と考察
数量化?類を用いた分析では、以下の知見が得られた。まず、属性間の関連をみたところ、70歳未満で健康な有配偶者と70歳以上で健康ではなく配偶者のいない高齢者とに分ける軸と、移動を自由にする(あるいは制約する)ことを示す軸の2つを基軸として読みとることができる。このことから、調査対象となった移動高齢者の類型としては、健康で配偶者がいる70歳未満の高齢者と、健康ではなく配偶者のいない70歳以上の女性の高齢者に大別することができた。
つぎに、各項目間の関連を見ると、東京、横浜、千葉の3地域で軸の解釈が一致するものと不一致のものとに分けられた。軸の持つ意味合いの解釈が3地域で一致するのは「移動理由と属性」(どの程度高齢であるかどうか、移動が主体的であるかどうか)、「所有形態変化と属性」(どの程度高齢であるかどうか、以前の住居が借家か持家か)である。これらは、地域差の影響を受けにくい高齢期の住居移動の一般的な傾向であるか、あるいは少なくとも東京、千葉、横浜の間の地域差は捨象される関係であるといえよう。
一方、「家族構成変化と属性」と「家族構成変化と住居変化」は地域によって軸の解釈が異なる。例えば東京、横浜では、借家間の移動と単独または夫婦のみのままの移動世帯、持家から借家への移動と親子の同居解消、持家間移動と親子同居不変、借家から持家への移動と同居開始との関連が認められたのに対して、千葉ではそのような関係性は見えにくい。これらは高齢期の住居移動のうち、地域性を反映しやすい部分であるといえよう。本研究の場合には、3地域それぞれに住宅地開発の歴史や居住地としての性格などが背景にあり、居住している高齢者の性質に影響を与えていると思われる。
しかしながら、いずれも累積寄与率が高くないことから、高齢期の居住地移動においては属性と移動が単純な対応関係にはないことが改めて確認された。高齢者の属性と移動のしかたとの間に明白な対応関係を見出しにくい理由としては、高齢期に入るまでの経歴を異にする多様な背景をもつ高齢者が、それぞれのライフコースの文脈において移動することが大きく影響している。したがって、ここでは非高齢期の部分も含めた移動高齢者のライフコースに焦点を当て、一見錯綜しているかのように見える高齢者移動の要因を整理する。また、ライフコース上の位置づけを明確にするため、いくつかのケースについては今後移動が発生する可能性についても言及する。
はじめに、移動前に借家に住んでいた人の持家への移動と借家間移動について考えてみよう。前者は「持家一次取得の高齢期への持ち越し組」、すなわち、転勤などにより持家取得行動の開始が同世代に比べて遅れたケースと捉えるのが妥当であろう。今後想定される移動としては、子供との同居を開始するための移動や老人施設等への入所移動の可能性が考えられる。後者の借家間移動については移動者像が二分される。まず、一般にイメージされるところの高齢の住宅弱者である。数量化?類の分析からは、居住条件の悪化を理由に単身または夫婦のみのまま、前住地の近くで借家間を移動する高齢者移動の存在が確認された。今後の移動の可能性としては、彼らの多くはもともと身よりが無く住宅取得が不可能な資力の持ち主である場合が多いことから、持家への住み替え移動の可能性はきわめて低く、再び居住条件の悪化による借家への移動、もしくは健康状態の悪化による老人施設等への移動が想定される。一方、同じく借家間移動ではあるが、前住地と同じ市区町村内で子供と同居しながら借家間を転居するケースも見られたことから、比較的早い時期に配偶者と離死別した高齢者が子供の住み替えに随伴して移動する姿が浮かびあがった。今後の移動としては子供のライフサイクルに応じた住み替えという形での住み替え移動か、もしくは高齢者本人の身体的理由による入所移動が考えられよう。
つぎに、移動前に持家に住んでいた高齢者についてみると、その大半が持家間移動であるにもかかわらず持家から借家に移るケースも若干みられた。前者はいうまでもなく、高齢期に入る以前に持家の第一次取得を終えた比較的資力の大きな高齢者である。彼らの移動理由としては定年等を契機に生まれ故郷に転出する、あるいは自然環境指向といった非経済的要因が挙げられることになる。彼らは比較的若くて健康な時期に、その多くが配偶者を伴って移動していることから、今後、配偶者との離死別や子供との同居を機に再び移動が発生する可能性は大きいと考えられる。他方、後者の持家から借家への移動パターンからはいくつかの移動者像が抽出された。たとえば、地方の持家に住む高齢者が大都市で借家に住む子供と同居するために転入する「呼び寄せ移動」や、持家に住む高齢者が子供の他出などを機に持家を手放して規模の小さい借家に移り住む、または再就職等により一時的に移動先の借家に住むというケースなどである。前者は生活支援を指向する移動であり、配偶者と離死別した比較的高齢で健康でない女性の高齢者に多くみられることから、今後移動が発生する頻度は低いと考えられる。後者は、比較的若い高齢者が単身あるいは夫婦のみで移動する場合が多く、今後、再就職の定年時や生活支援の必要が生じた際に再び移動が発生する可能性を多分に秘めているといえよう。
つぎに、各項目間の関連を見ると、東京、横浜、千葉の3地域で軸の解釈が一致するものと不一致のものとに分けられた。軸の持つ意味合いの解釈が3地域で一致するのは「移動理由と属性」(どの程度高齢であるかどうか、移動が主体的であるかどうか)、「所有形態変化と属性」(どの程度高齢であるかどうか、以前の住居が借家か持家か)である。これらは、地域差の影響を受けにくい高齢期の住居移動の一般的な傾向であるか、あるいは少なくとも東京、千葉、横浜の間の地域差は捨象される関係であるといえよう。
一方、「家族構成変化と属性」と「家族構成変化と住居変化」は地域によって軸の解釈が異なる。例えば東京、横浜では、借家間の移動と単独または夫婦のみのままの移動世帯、持家から借家への移動と親子の同居解消、持家間移動と親子同居不変、借家から持家への移動と同居開始との関連が認められたのに対して、千葉ではそのような関係性は見えにくい。これらは高齢期の住居移動のうち、地域性を反映しやすい部分であるといえよう。本研究の場合には、3地域それぞれに住宅地開発の歴史や居住地としての性格などが背景にあり、居住している高齢者の性質に影響を与えていると思われる。
しかしながら、いずれも累積寄与率が高くないことから、高齢期の居住地移動においては属性と移動が単純な対応関係にはないことが改めて確認された。高齢者の属性と移動のしかたとの間に明白な対応関係を見出しにくい理由としては、高齢期に入るまでの経歴を異にする多様な背景をもつ高齢者が、それぞれのライフコースの文脈において移動することが大きく影響している。したがって、ここでは非高齢期の部分も含めた移動高齢者のライフコースに焦点を当て、一見錯綜しているかのように見える高齢者移動の要因を整理する。また、ライフコース上の位置づけを明確にするため、いくつかのケースについては今後移動が発生する可能性についても言及する。
はじめに、移動前に借家に住んでいた人の持家への移動と借家間移動について考えてみよう。前者は「持家一次取得の高齢期への持ち越し組」、すなわち、転勤などにより持家取得行動の開始が同世代に比べて遅れたケースと捉えるのが妥当であろう。今後想定される移動としては、子供との同居を開始するための移動や老人施設等への入所移動の可能性が考えられる。後者の借家間移動については移動者像が二分される。まず、一般にイメージされるところの高齢の住宅弱者である。数量化?類の分析からは、居住条件の悪化を理由に単身または夫婦のみのまま、前住地の近くで借家間を移動する高齢者移動の存在が確認された。今後の移動の可能性としては、彼らの多くはもともと身よりが無く住宅取得が不可能な資力の持ち主である場合が多いことから、持家への住み替え移動の可能性はきわめて低く、再び居住条件の悪化による借家への移動、もしくは健康状態の悪化による老人施設等への移動が想定される。一方、同じく借家間移動ではあるが、前住地と同じ市区町村内で子供と同居しながら借家間を転居するケースも見られたことから、比較的早い時期に配偶者と離死別した高齢者が子供の住み替えに随伴して移動する姿が浮かびあがった。今後の移動としては子供のライフサイクルに応じた住み替えという形での住み替え移動か、もしくは高齢者本人の身体的理由による入所移動が考えられよう。
つぎに、移動前に持家に住んでいた高齢者についてみると、その大半が持家間移動であるにもかかわらず持家から借家に移るケースも若干みられた。前者はいうまでもなく、高齢期に入る以前に持家の第一次取得を終えた比較的資力の大きな高齢者である。彼らの移動理由としては定年等を契機に生まれ故郷に転出する、あるいは自然環境指向といった非経済的要因が挙げられることになる。彼らは比較的若くて健康な時期に、その多くが配偶者を伴って移動していることから、今後、配偶者との離死別や子供との同居を機に再び移動が発生する可能性は大きいと考えられる。他方、後者の持家から借家への移動パターンからはいくつかの移動者像が抽出された。たとえば、地方の持家に住む高齢者が大都市で借家に住む子供と同居するために転入する「呼び寄せ移動」や、持家に住む高齢者が子供の他出などを機に持家を手放して規模の小さい借家に移り住む、または再就職等により一時的に移動先の借家に住むというケースなどである。前者は生活支援を指向する移動であり、配偶者と離死別した比較的高齢で健康でない女性の高齢者に多くみられることから、今後移動が発生する頻度は低いと考えられる。後者は、比較的若い高齢者が単身あるいは夫婦のみで移動する場合が多く、今後、再就職の定年時や生活支援の必要が生じた際に再び移動が発生する可能性を多分に秘めているといえよう。
結論
このように、高齢者の移動の要因が多様である理由を考える際には、家族関係や資力、年齢、健康状態、就労状況など移動者個人の内的要因にくわえて、住宅取得時期と地価の上昇期との前後関係や転勤等といった外在する要因のために、高齢期に突入する時点でのスタート地点がそれぞれ異なるということを十分に顧慮する必要性が本研究を通して確認された。
欧米の高齢者移動研究によれば、子供など血縁者との同・近居を目的とした移動は、主に50歳代から60歳代にかけて夫婦でアメニティを指向した移動を経たのち、移動先で配偶者と離死別して70歳代後半にさしかかった頃になって発生するといわれる(Rogersほか 1992)。ひるがえって日本の大都市で移動する高齢者をみると、高齢前期から比較的健康であるにもかかわらず一定の割合で同居を指向する移動が発生することから、高齢者個人の老後の生活観の違いも、居住経歴の違いと同様に移動高齢者の属性間の結びつきの度合いを拡散させる重要な理由であると考えられ、今後さらなる検討が求められよう。
欧米の高齢者移動研究によれば、子供など血縁者との同・近居を目的とした移動は、主に50歳代から60歳代にかけて夫婦でアメニティを指向した移動を経たのち、移動先で配偶者と離死別して70歳代後半にさしかかった頃になって発生するといわれる(Rogersほか 1992)。ひるがえって日本の大都市で移動する高齢者をみると、高齢前期から比較的健康であるにもかかわらず一定の割合で同居を指向する移動が発生することから、高齢者個人の老後の生活観の違いも、居住経歴の違いと同様に移動高齢者の属性間の結びつきの度合いを拡散させる重要な理由であると考えられ、今後さらなる検討が求められよう。
公開日・更新日
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