わが国の人口構造の数理的解析による医療福祉資源の最適配分に関する研究

文献情報

文献番号
199700191A
報告書区分
総括
研究課題名
わが国の人口構造の数理的解析による医療福祉資源の最適配分に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
大江 洋介(国立大阪病院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 社会保障・人口問題政策調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の65歳以上の高齢者人口は、平成7年12月1日現在1842万人と総人口の14.7%を占め、平成32年には総人口の25.5%に達し、急速な高齢化社会が到来すると予想されている。また、出生率は昭和48年以降低下傾向にあり、平成6年の出生率は123万8328人、合計特殊出生率は1.50となっており、少子化が進行している。これらによる人口構造の変化により、今後の高齢・少子社会に対応した社会づくりが求められている(国民衛生の動向1996年版)。加えて、わが国においては、急激な人口の高齢化に伴う社会保障関係費の膨張や現役世代の負担増拡大を防ぐ狙いで、政府では年金や医療保険の給付制限について検討を始めた(平成9年3月16日付日本経済新聞)。このように、安定した医療福祉の供給には、人口構造の変化に関する詳細な未来予測(数値予測)が必要不可欠である。本研究では、数理的寿命モデルと出生率変化から、未来における人口ピラミッドを推定するダイナミックモデルを作成することにより、30年後の日本における年齢構成比率の数値予測を行う。これにより、医療福祉の需要及び供給の量的関係をシミュレートし、医療福祉資源の最適配分について検討する。高齢化社会論の基盤は1980年にFriesが発表した理論(医学の進歩で早すぎた死亡が除かれたとき、ヒトの寿命には限りがあってほぼ全数が死亡するため、高齢化は頭打ち状態になる)である。しかし、我々の解析した近年100年間(1981年~1990年)の日本の生命表による解析結果は、Friesの理論に従わない。従って、いまだ限界寿命に至っておらず、Friesの予測以上に高齢化が進むと予想される。ところが、今日の予測の多くは、Friesの理論をもとになされているため、人口の高齢化を実際より少なく評価してきた。平成8年頃から世論としてこのことが一般に気づかれるようになり、「年金」や「高齢者医療」などのシステムにおいて、見直しが行なわれ始めている。この傾向ががどこまで続くのか、シミュレーションなどの手法による数理的な解答が得られていない。このことが将来の予測を困難なものにしている。人口の高齢化予測は、我が国の重要課題である。
研究方法
分析対象は第1回生命表 (1891年~1898年) から第17回生命表 (1990年) までの近代日本100年間の男女の生命表(第7回は第二次大戦のため永久欠番)を用いた。また、出生率は平成8年度版厚生白書に報告されている統計(予測値)を用いた。機械や工業製品の故障発生は、故障の起こる時期や故障のメカニズムの違いから、「初期故障」、「偶発故障」、「磨耗故障」の3つのモードに分類される。稼働後、早期に起こる故障は初期故障、時間に無関係に起こる故障は偶発故障である。稼動時間が長くなり、材料の疲労や摩耗によって起こる故障は摩耗故障である。これに対して、ヒトは誕生直後に高い死亡率が見られ「初期故障」に似ている。青少年期の死亡率は低値かつ安定しており「偶発故障」に擬せられる。さらに、40歳以後では死亡率が単調増加に転じることから「摩耗故障」に対応すると考えられる。 今回我々が数学的寿命モデルとして採用した混合ワイブルモデルは、これらの異なる故障モードが一定の割合で混合されているとして、工業製品などの信頼性管理に用いられているものであり、「機械寿命」を記述するものである。(1)我々はヒトの死亡発生について、乳幼児期の初期故障、青少年期の偶発故障、老年期の摩耗故障、の3つの故障モードからなる混合ワイブル分布に従うという作業仮説を立て、寿命分析を行った。混合ワイブルモデルによる過去100年間の日本人の生命表の解析から、この間に変化した要因を抽出した。(2)次に、各ワイブル母数は連続的に変化すると仮定して外挿を行ない、5
年毎のわが国の未来における生命表を作成した。1995年の年齢別人口構成(人口ピラミッド男女)を出発点として、「出生率予想」に基づいて新規人口が参入し、上記で作成した生命表にの秩序に従って死亡が発生するものと仮定して、ダイナミックなシミュレーションモデルを構築した。そして、わが国の未来、30年の人口ピラミッドを予測・計算した。
結果と考察
日本近代100年間の生命表は、3項の混合ワイブル関数で近似することができた。混合比は、初期故障、偶発故障ともに減少したが、第13回以降は3成分ともほぼ一定となった。形状母数は初期故障、摩耗故障ともにほぼ一定であり、形状母数の増加としてあらわれてくる生存数曲線の「直角化」は明瞭ではなかった。位置母数は、初期故障、偶発故障は0と仮定したが、摩耗故障については第10回以降が直線的であり、1次関数の増加関数として現されることがわかった。我々の計算による2025年の年齢別人口構成は、人口問題研究所が発表しているものより35歳までの若年者が少なく、60歳以上の高齢者が多い結果になった。労働力の指標となる生産年齢人口(15~64歳)は129万人少なく(男性)、総人口比で62.7%に対して60.0%であった。第16回国際老年医学会での我々の発表に対し、Jacob S. Siegel博士から、「Weibull関数がGomperz関数に対して優れているのは、fittingのことか?fittingに関してならGomperz関数のほうがよいが、Weibull関数は予測にも使えるということか?」という質問があった。また、Toshio Tatara博士からは、「米国では2020~2025年に18歳未満の人口と60歳以上の人口が同じになると予測されている。この研究は興味深い。同じシミュレーションを米国の生命表でやってみてはどうか」というコメントがあった。中国社会科学院老年科学研究会会長の熊 必俊博士は「中国でも人口の高齢化の問題は深刻である。とても興味深い。論文があれば欲しいが、もしよければポスターを貰えないか」と要求され、老年医学を研究する者にとっては非常に興味のある研究であることが知らされた。また、国際ME学会における我々の発表に対し、座長から「あなたは日本の政府に、この研究で得られた結果を報告し、政策に寄与させる責任がある」とのコメントがあった。さらにベルギーのLIEGE大学の数学教授であるPaul Gerard博士から、「大変興味あるシミュレーションであるが、数学者の発表でないのに驚いた。複雑な現象が簡単なシミュレーションで奇麗に処理されている。うちの学生にもやらせてみたいので、資料が欲しい」と我々の用いた数学的手法を評価された。ヒトの年齢別死亡率の数理モデルによる検討は、Gompertzがヨーロッパ各国の死亡率から生命表を作成し、中年以降の死亡率が指数的な増加を示すことを見出した(1825年)のに始まる。このような経緯から、Gompertzモデルが近似できるのは成人以降の死亡率に限られる。これに対して混合ワイブルモデルは、制限なく全年齢の死亡率を近似できる点で優れている。さらに、工業製品の品質管理と同じ手法を用いることにより、故障(死亡)モードの各構成要素ごとに考察を加えることができる。そして、どの要素が主に高齢化に寄与しているかの傾向も知ることができる。寿命は経年的に蓄積する摩耗が、耐用限界を越える時点と考えられる。かつては摩耗故障の死を迎えるのは僅かであったのが、現代では種々の死亡原因が除かれたことにより、人口の79.7%が摩耗故障で死亡し、さらに、摩耗故障モードは開始年齢が高齢化の傾向を示していることがわかった。このため、人口の高齢化は現在の予想以上に進むものと考えられた。
結論
混合ワイブル関数に基づく寿命モデルは、全生涯の死亡発生を説明できる点で、従来のGompertz関数などの記述関数より優れており、現代の日本人はほとんどが摩耗故障モードで死亡すること、また近年その老化開始時期が高年齢にシフトしていることなど、従来の生命表分析では見出せなかった新知見を得ることができた。高齢者の死亡率の低下と出生率の低下は高齢化のスピードを加速すると言われている。我々は出生率と死亡率の関係から、30年後の年齢別人口構成をシミュ
レートした。結果は生産年齢人口の減少となってあわられた。高齢化社会は単純にモデル化して考えることは難しく、他の社会的要因も考慮する必要がある。さらに、詳細に検討を加える予定である。

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