新しい日米科学技術に関する研究(アルコール中毒遺伝学)

文献情報

文献番号
199700185A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい日米科学技術に関する研究(アルコール中毒遺伝学)
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
白倉 克之(国立療養所久里浜病院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
2,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アルコール依存症に遺伝性の存在することは良く知られている。本研究の目的はアルコール依存症の発症に関与している(遺伝的要因)を解明することである。今年度は、以下の2つのプロジェクトを中心に研究を実施した。1)アルコール依存症発症の遺伝的抑制因子である非活性型(Aldehyde dehydrogenase-2)ALDH2を有しながらもアルコール依存症になる一群の症例がある。この症例は何らかの強力な発症促進因子を有していると考えられる。この一群の症例を利用して、アルコール依存症の発症に関係している心理的要因を同定する。
2)生理学的なメカニズムから推察して、アルコール依存症の発症に関与しそうな遺伝子との相関研究を行なう。今年度は、主にセロトニン神経系を構成する遺伝子に焦点を当てて研究した。
米国では、Collaborative Study on the Genetics of Alcoholism (COGA)プロジェクトが進行している。これは、遺伝子の連鎖解析を通じてアルコール依存症に関係している遺伝子を同定しようとする試みである。アプローチは異なるが、日米が共同して共通の目的に向かって進んでいる。日米双方の研究の進捗状況などについて意見を交わす目的で、白倉克之および樋口 進が渡米し、米国立アルコール依存症研究所、National Institute on Alcohol Abuse and Alcoholism (NIAAA)などを訪問した。
研究方法
1. 心理的要因の同定
対象は、国立療養所久里浜病院に入院した654例、駒木野病院に入院した120例、合計で774例の男性アルコール依存症者である。これらのアルコール依存症者について、アルコールからの離脱症状が落ち着いた入院1ヵ月以降に面接および自記式の調査を行なった。調査を実施したすべての患者から、書面にて研究参加への同意を得ている。面接調査では、SCIDを用い、アルコール依存、反社会性人格障害の評価を行なった。自記式調査としては、TCI、SDS、 SSS、 MAC、 PBI-F、 PBI-M、SRASの7種類の調査を行なった。調査を終了できたのは545例であり、すべてのデータが揃っていたのは515例であった。
調査とは別に同意の得られた症例から末梢血5mlを採血し、その白血球中からDNAを抽出した。さらに原田らの方法に従い、PCR-RFLP 法を用いてALDH2の遺伝子型を決定した。
上記のSCIDの結果、自記式心理検査の結果を、非活性型ALDH2を有する症例と活性型ALDH2を有する症例との間で比較した。統計検定には、1要因分散分析を用いた。
2. 相関研究
今年度は、セロトニン2A受容体(5HT2AR)遺伝子多型とアルコール依存症の関係について検討した。国立療養所久里浜病院および駒木野病院に入院したアルコール依存症1,439例(男性1,381例、女性58例)を研究の対象とした。これらの対象者から149例の非活性型ALDH2を有するアルコール依存症を同定した。今回研究の対象にしたのは、この非活性型ALDH2を有するアルコール依存症、活性型ALDH2を有するアルコール依存症282例、および384名の健常日本人である。検索した遺伝子の部位は、5HT2ARの-1,438に存在するA/G alleleである。この多型は、アミノ酸の構造に変化を与えないが、多型がプロモーター領域に存在するために、遺伝子の発現に影響を与える可能性が大きい。遺伝子型の決定には、Collierらの方法を用いた。相関の検定には、カイ2乗検定を使用した。
結果と考察
1. 心理的要因の同定
方法の項目で述べた515例の男性アルコール依存症のうち、非活性型ALDH2を有する者は58例(11.3%)存在した。非活性型ALDH2を有する群と活性型ALDH2を有する群との間で、アルコール依存症の発症年齢やこの疾患に関係するその他の特性において差は認められなかった。また、反社会性人格障害の合併率等においても差が認められなかった。7種類の心理検査の結果では、TCI以外に2群で差を認めなかった。TCIには、新奇希求性、 危険回避性、報酬依存性、 持続性という4種類の下位スケールが存在する。それらのなかで、新奇希求性に両群で有意な差が認められた。非活性群ではこの値が20.7±4.8であり、活性群の19.0±5.2に比べて高かった。逆に、危険回避制では非活性群が19.0±6.1と、活性群の20.7±6.3よりも低い傾向があった。他の下位スケールには差が認められなかった。
Cloningerらは家族研究から、アルコール依存症は遺伝性に関して少なくとも2種類に弁別できることを報告した。すなわち、中年発症で遺伝よりも環境要因にその発症が影響されるType1アルコール依存症、若年発症で遺伝負因の濃厚なType2アルコール依存症である。Type1に比べてType2の心理的特徴は、TCIにおいて高い新奇希求性、低い危険回避制、および低い報酬依存性である。今回我々が対象としている非活性型ALDH2を有するアルコール依存症者は、臨床的には活性型ALDH2を有する症例と区別できない。従って、Type2アルコール依存症の特徴を示さない。しかし、心理的要因について、非活性群とType2は共通する傾向を持つ事実は重要である。非活性群は飲酒後のフラッシング反応を乗り越えてまでもアルコール依存症を発症した人々である。Type2に属する人々は、環境に左右されずアルコール依存症に発展していく一群である。以上より、高い新奇希求性、低い危険回避性はアルコール依存症の発症を助長する心理的要因と考えても良いようである。
2. 相関研究
5HT2ARのプロモーター領域に存在する-1438A/G多型をアルコール依存症と健常人で比較してみと、G alleleがアルコール依存症で有意に高くなっていた(0.508 vs 0.456; P < 0.05)。しかし、この差はそれほど大きくなく、遺伝子型の分布の比較では有意差が消失していた。しかし、アルコール依存症を非活性型ALDH2の有無により2群に分けると、これを有するアルコール依存症群において、G allele頻度がさらに上昇し(allele頻度、0.534)、健常群との間で遺伝子型においても有意を認めた。一方、非活性型ALDH2を持たないアルコール依存症では、G allele頻度が低下し(0.495)、健常人との間で差が消失した。
これらの結果から、5HT2A受容体遺伝子の-1438A/G多型はアルコール依存症との間に相関のあることがわかった。しかし、その相関は比較的弱いと考えられ、非活性型ALDH2を有するアルコール依存症者においてのみ、遺伝子型頻度および対立遺伝子頻度双方で有意さを認めた。以上より、その効果は比較的小さいものの、5HT2A受容体はアルコール依存症の発症に何らかの形で関与していることが示唆された。
結論
アルコール依存症発症の強力な遺伝的抑制因子である非活性型ALDH2を利用して、アルコール依存症の発症に関係している心理的要因および遺伝的要因の同定を試みた。その結果は以下のようにまとめられる。1)心理的要因として、Temperament and Character Inventoryで抽出される、高い新奇希求傾向と低い危険回避傾向がアルコール依存症の発症に関係していることが示唆された。2)セロトニン2A受容体遺伝子がアルコール依存症の発症に何らかの関与をしていることが示唆された。
今後、今回我々が得た知見が追試されねばならないが、それと平行してこれらの要因がいかなる機序でアルコール依存症の発症に関係しているのか検討されねばならない。
米国における会議
我々は、米国のNIAAAと協力してアルコール依存症の遺伝研究を進めてきている。今後、遺伝研究に限らず他の分野においても、米国と共同研究をすることにより、実績がさらに向上する可能性が高い。遺伝を中心にしたアルコール依存症研究の現状および将来について話し合うために、白倉および樋口が平成10年3月8日より14日まで渡米し、米国の研究者と会議を持った。

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