立体視内視鏡の応用による未破裂脳動脈瘤の新たな手術法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700181A
報告書区分
総括
研究課題名
立体視内視鏡の応用による未破裂脳動脈瘤の新たな手術法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
山本 聡(笹生病院脳神経外科)
研究分担者(所属機関)
  • 橋本信夫(京都大学医学部脳神経外科)
  • 辻隆之(国立循環器病センタ-研究所実験治療開発部)
  • 吉峰俊樹(大阪大学医学部脳神経外科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の治療成績向上は脳卒中による死亡率が未だ高い現在急務であるが、各種の治療方法を駆使しても治療効果の改善し得ない群が存在することが明かとなってきている。それは初回出血による脳損傷が強い群である。このことからくも膜下出血の原因の約95%を占める脳動脈瘤の治療は破裂前に発見し根治術を行うことが必要と考えられる。つまり未破裂脳動脈瘤を可能な限り早期に発見し、クリッピング術を受けるように勧められるべきであるが、それには現在行われている脳動脈瘤クリッピング術をより低侵襲にまたより安全な方法とする努力も必要であると考える。脳動脈瘤手術における手術操作上の問題点としてはクリッピング時の血管および脳動脈瘤の裏面が手術用顕微鏡の死角になる状況があることが上げられる。これに対し内視鏡を脳動脈瘤顕微鏡下手術に併用することにより、死角となる領域の観察を行いながら手術を行える可能性があると考えられる。この観点から未破裂脳動脈瘤手術に際し内視鏡の併用がいかに有用かを検討し、実際の手術に際し必要な改良は何かを明らかにし、またその改良を行っていくのが本研究の目的である。
研究方法
まづ立体視内視鏡を実際の未破裂脳動脈瘤手術に応用し、これが真に有効な動脈瘤はどのようなものか検討した。症例は内頚動脈瘤8例、中大脳動脈瘤3例、前交通動脈瘤2例、脳底動脈先端部動脈瘤2例、椎骨動脈瘤1例の計16例であった。これにより得た経験により内視鏡システム自体の改良を立体視内視鏡の開発者である辻隆之医師が行い、内視鏡画像を顕微鏡画像に組み込む技術の開発を吉峰俊樹医師らが行った。さらに山本聡が低侵襲な開頭術の開発を目的とし、従来の毛髪部分の頭皮切開による開頭ではなく、眉毛後半部から眼窩外側縁に沿う皮膚切開による小開頭の手術を行い、この状況での内視鏡の有用性も検討した。また内視鏡ホルダーを試作しこの有用性を検討した。
結果と考察
動脈瘤の好発部位のうち顕微鏡下手術に内視鏡を併用することが真に有効と考えられたのは、親動脈を手術操作によって容易に動かすことが出来ず裏面の確認が困難な内頚動脈瘤と脳底動脈瘤であった。内頚動脈は最も動脈瘤の発生頻度が高い部位であり、頭蓋骨を貫通しており可動性を持たず、脳底動脈も穿通枝が脳幹に入っていることから可動性を持たせることができない。これらの裏面には内視鏡が入るための多少の空間が存在することから内視鏡を併用することで動脈瘤クリッピング時にこれらの裏面を観察しながら安全確実なクリッピングを行うことができた。また立体視内視鏡は周囲の重要な細血管との前後関係が把握可能となり有用であった。この段階での問題点は以下の如くであった。1)立体視内視鏡は液晶シャッタ眼鏡をかけて観察しなければならず術者が観察するには不適当であった。2)顕微鏡下の手術の場合、術野と顕微鏡との距離は20~30cmしかなく、CCDカメラが硬性鏡と同一軸上に装着される従来の内視鏡ではカメラおよびカメラコードが顕微鏡にあたってしまい自由に硬性鏡の方向を変えることができなかった。上記1)については吉峰俊樹らが担当した。彼らはこの点を解決するべく新たな手術用顕微鏡の接眼部分を開発した。すなわち顕微鏡術野を2本のCCDカメラで撮影し、これをLCDモニターにより接眼鏡に投影するビデオシースルー顕微鏡である。このLCDモニター画面の左上部に立体視内視鏡ビデオ画像挿入部位を設けた。左右それぞれの眼に像が投影されるので液晶シャッタ装着の必要がなくなり、また内視鏡周囲の
構造物を観察しながら同時に内視鏡像も観察することが可能となり安全に内視鏡を操作することが可能となりかつ解剖学的オリエンテーションが明確となる効果がある。2)については辻隆之医師が担当した。彼らは単板式であったCCDカメラを3板式CCDカメラに変更しまた同一内視鏡像を左右にずらすことで立体視可能となるシステムを開発した。これにより2個のCCDカメラを装着していた本システムが1個のCCDカメラのみとなり軽量化が図られ画質も向上した。またCCDカメラを硬性鏡軸と垂直に配したシステムを作成し、これにより顕微鏡下の限られた空間でも自由に内視鏡の方向を変えられるようになり操作性は飛躍的に向上した。山本聡は硬性内視鏡を強固に把持する内視鏡ホルダーを試作した。これは3箇所にロック式の関節を持
ち脳外科手術に一般的に用いられる脳ベラ固定器に装着できるものである。このホルダーを用いることにより術者は内視鏡の最適位置を確保しながら、通常の顕微鏡下手術と同様両手を手術操作に使用することができるようになる。しかしこの固定器は強固なロック式を使用したため微調整が困難で微妙な先端の位置の変更が難しく操作性は良好とはいえなかった。今後の検討課題としたい。また眉毛から眼窩外側縁に沿う皮膚切開により内頚動脈瘤野クリッピング術を2例施行したが、開頭範囲が小さくなることによる困難はなかった。しかし開頭範囲が小さくなることにより顕微鏡の光軸の範囲が若干狭まるために、本研究で問題としている顕微鏡の死角は広がることになりこの方法により手術を行う際にはますます内視鏡の有用性が高まることと考えられた。脳動脈瘤クリッピング術においては動脈瘤の微細立体構造の把握のみならず手術用顕微鏡の死角となる動脈瘤裏面の状況、すなわち穿通枝の温存、親動脈の開存や動脈瘤柄部の完全閉塞などの確認が重要である。従来の脳動脈瘤手術ではこれらの確認のために動脈瘤や親動脈を剥離子、摂子や吸引管などを用いて回転または移動させていたが、動脈瘤の破裂や血管損傷を招くおそれがあり危険性の高い操作といわざるを得なかった。手術用顕微鏡に劣らない解像度をもつ硬性内視鏡を使用することによって前述の操作は不要とすることができることが明かとなった。硬性鏡のなかでも70°から120°までの横方向の観察が可能となる斜視鏡が有用であった。立体視内視鏡は内視鏡像を顕微鏡像に近似させる意味でもまた細部のオリエンテーションを明確にする意味でも必要と考えられたが、液晶シャッタ眼鏡を術者が装着しなければならず現実的には不可能であった。しかし吉峰らが開発したpicture-in-picture displayを導入することによって術者による内視鏡像観察は可能となった。辻らが行った内視鏡システムの改良によって本システムの操作性、画像解像度は飛躍的に向上し十分臨床使用可能なものとなった。手術用顕微鏡の死角を内視鏡で観察しながら動脈瘤のクリッピングを無理なく行うためには、従来通り術者の両手を自由に手術操作に使用できることが不可欠である。そのためには内視鏡ホルダーの開発が必要であるが、非常に狭い空間に鏡筒を挿入するため強固に固定される必要がある反面、内視鏡で観察できる視野が狭いことから良好な観察のためには微妙な先端位置の変更が必要となる。この条件を満足させるホルダーの開発にはまだ試行錯誤が必要と考えられた。
開頭術に際して毛髪内の頭皮切開を従来行っていたが、未破裂脳動脈瘤の患者は自覚症状のない正常人であるため特に女性などは頭髪の悌毛をしなければならないことで手術を避けることもある。今回2例に行った眉毛から眼窩外側縁の皮膚切開による開頭術では悌毛を必要とせず、この点では患者にとっては受け入れやすいものと考えられる。脳動脈瘤の発生部位によっては本方法でも十分なクリッピング術を行うことが可能であり、またこの方法では顕微鏡の死角が広がることにより内視鏡の必要性がより高まることと考えられた。
結論
未破裂脳動脈瘤手術をより安全かつ低侵襲に行うには手術用顕微鏡下に内視鏡を併用することは特定の脳動脈瘤では有用であることが明かとなった。また立体視内視鏡システムの改良、picture-in-picture displayの開発により現実に立体視内視鏡による顕微鏡下内視鏡支援手術が可能であることが明かとなった。

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