糖尿病性腎不全患者の動脈硬化発症進展における酸化的ストレスの関与

文献情報

文献番号
199700177A
報告書区分
総括
研究課題名
糖尿病性腎不全患者の動脈硬化発症進展における酸化的ストレスの関与
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
西村 元伸(国立佐倉病院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
2,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
糖尿病の慢性合併症である三大合併症(腎臓、神経、網膜症)と動脈硬化症は糖尿病患者の生命予後とquality of lifeに大きな影響を及ぼす。この中でも糖尿病性腎症による腎不全患者は年々増加しており全透析導入患者の31.9%にあたる8236人が透析導入された。一方、動脈硬化に起因する虚血性心疾患、脳血管障害は糖尿病患者の死因として重要だが、さらに日本透析医学会の集計によると慢性透析患者の死亡原因としても重要であり、腎症の発症が更に動脈硬化の進展を加速する可能性が考えられる。この、腎症、動脈硬化の発症は、血糖コントロールで阻止できることは報告されているがその効果は不十分である。従って、これら慢性合併症の発症進展阻止のためには糖尿病状態が生体にどのような変化をもたらして合併症発症につながるかを解明し、その変化に対してもintervensionを加えることが必要と考えられる。一般に高血糖状態が生体にもたらす影響の一つとして酸化的ストレスが考えられている。今回の研究は基礎、臨床両面から酸化的ストレスの糖尿病性腎症、動脈硬化症発症、進展への関与を検討することにより、これら慢性合併症の進展をより効果的に阻止する方法を求める目的で行った。
研究方法
【酸化的ストレス状態の評価】酸化的ストレス状態はその評価が難しいため、特に臨床研究の分野では糖尿病慢性合併症の発症における役割につき十分検討されているとはいえない。従来より酸化的ストレスの指標として過酸化脂質をThiobarbituric acid(TBA)法にてTBARSとして測定されているが、残念ながらTBARSは特異性及び感度の点で問題がある。今回の研究では酸化的障害の指標としてより特異的かつ感度のよいphosphatidylcholine hydroperoxide(PCOOH)の測定を試みた。PCOOHはphosphatidylcholine(PC)が酸化されて産生されるものである。PCは細胞膜の主たる構成成分であるので、PCOOHの培養細胞中の含量を測定することにより、細胞がどの程度酸化的ストレスで障害されているかを評価することができる。一方、PCは血漿中では主にリポタンパクの中に存在するが、酸化されたリポタンパク(特に酸化LDL)は動脈硬化の発症に関与しているとされている。従ってPCOOHの血漿中での含量を測定することにより生体がどの程度酸化的ストレスに暴露されているかを評価することができるのみならず、催動脈硬化性に関しても評価が可能になる。よって本研究では酸化的ストレス状態の指標としてPCOOHの測定を試みた。PCOOHは化学発光(chemiluminescence)を用いた高速液体クロマトグラフィー(high performance liquid chromatography:CL-HPLC)により定量した。この測定系によって5 pmolesまでのPCOOHが定量可能であった。【高糖濃度による培養ヒトメサンギウム細胞の酸化的ストレスと機能に対する影響】ヒトメサンギウム細胞は、腎癌ため摘出された腎臓の非癌部を患者さんの承諾を得た上で使用し培養した。実験では正常糖濃度(5 mM)と高糖濃度(30 mM)下で細胞を培養した。48時間後培養上清を回収し、細胞よりリン脂質を抽出してCL-HPLCにてPCOOHを測定した。【糖尿病患者における高血糖の酸化的障害への影響の評価】血糖コントロール不良患者の入院時と血糖コントロール改善点で空腹時採血をした。それぞれBreigh-Deier法によりリン脂質を抽出後、CL-HPLCで血漿PCOOH濃度を測定した。血糖コントロール状態の指標として血清グリコアルブミン濃度を測定した。【糖尿病患者も高インスリン血症の酸化的障害への影響】グルコース・クランプテストは人工膵臓(日機装)を用いてインスリン感受性を測定する検査である。この検査では一定量のインスリンを持続注入し、血糖を一定に保つのに必要なブドウ糖量を決定する
ものだが、結果として高インスリン血が再現できる。具体的には空腹時に1.12 mU/kg/minのインスリンを持続注入し血糖を100 mg/dlに2時間維持し、その前後の血清インスリン濃度と血漿PCOOH濃度を測定した。
結果と考察
結果はmean±SDで表示する。【高濃度による培養ヒトメサンギウム細胞の酸化的ストレスと機能に対する影響】培養ヒトメサンギウム細胞を正常糖濃度(5mM)と高糖濃度(30mM)下で培養し、細胞中のPCOOH含量を測定した。その結果、正常糖濃度下では412.2±193.3 pmoles/mg phospholipid(n=10)、高糖濃度下で981.0±497.4 pmoles/mg phospholipid(n=7) と高糖濃度下では正常糖濃度下に比べ有意にPCOOH含量が増加していることが判明した(p<0.01)。すなわち高糖濃度下で培養された細胞は酸化的障害をより強く受けていることが判明した。次にこれらの条件で糖尿病性腎症で増加する細胞外基質の主成分であるIV型コラーゲンの産生量を測定した。正常糖濃度下で58.7±11.3 ng/flask(n=12) 、高糖濃度下で117.8±20.9 ng/flask(n=9) と、高糖濃度下では正常糖濃度下に比べ有意にIV型コラーゲンの産生量が増加していた(p<0.001)。高糖濃度のIV型コラーゲンの産生量に対する影響は既に報告されているが、今回の研究においても高糖濃度でIV型コラーゲンの産生量が増加することが確認された。【糖尿病患者における高血糖の酸化的障害への影響の評価】血糖コントロール不良患者の入院時と血糖コントロール改時で空腹採血をし血漿PCOOH濃度を測定した。血清グリコアルブミンは入院時36.2±7.8 %(n=6) 、血糖改善時27.2±5.4%(n=6)と有意に低下しており(p<0.05)、2回の測定の間に血糖コントロールが改善したことが確認された。一方、血漿PCOOH濃度は入院時425.7±289.9 pmols/ml(n=6)、血糖改善時269.9±169.3pmols/ml(n=6)と残念ながら有意差はでなかったが6人中5人が低下した。【糖尿病患者の高インスリン血症の酸化的障害への影響】グルコース・クランプテストの開始時と終了時のPCOOHを測定し高インスリン血症の酸化的障害への影響を検討した。血清インスリン濃度は開始時4.2±2.8 mIU/l(n=5) 、終了時69.9±28.2 mIU/l(n=5)であった。血漿PCOOH濃度は開始時244.5±170.4 pmols/ml(n=5)、終了時200.4±138.3 pmols/ml(n=5)と有意ではないが減少傾向を認めた。すなわち少なくとも短期的な高インスリン血症は酸化的障害には関与しないものと考えられた。
結論
#1:培養ヒトメサンギウム細胞を用いた検討より糖尿病性腎症発症に高血糖状態による酸化的ストレス亢進が関与する可能性が示唆された。すなわち抗酸化剤が糖尿病性腎症発症抑制効果をもつ可能性があり、今後検討する価値があると考えられた。#2:高血糖状態が酸化的ストレス亢進につながることは基礎的な研究では報告されているが、糖尿病患者において実際に血糖コントロール改善が酸化的障害軽減につながるかは十分確認されていない。今回の糖尿病患者の血漿PCOOH濃度測定において有意ではなかったが6人中5人で血糖コントロール改善によりPCOOHが減少したことは、血糖コントロールの重要性を改めて支持する結果であり、現在対象患者を増やしこの結果が有意であることの証明を目指している。更にこの結果は、抗酸化剤が糖尿病三大合併症と動脈硬化の発症阻止に有用である可能性を示唆するものと考えられた。#3:高インスリン血症は高血糖状態とともに動脈硬化発症に関与すると考えられているが、少なくとも一時的な高インスリン血症は酸化的ストレス亢進、あるいはリポタンパクの酸化にはつながらないことが確認された。
以上今回の検討で糖尿病患者の特徴である高血糖状態と高インスリン血症の酸化的障害への影響を検討した。残念ながら対象患者数が不十分で有意差はでていないが、高血糖状態は酸化的障害を増加させる傾向が認められた。これに関しては現在対象数を増やして検討続行中である。

公開日・更新日

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