褥瘡予防を目的とした体温管理シートの開発に関わる研究

文献情報

文献番号
199700175A
報告書区分
総括
研究課題名
褥瘡予防を目的とした体温管理シートの開発に関わる研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
新妻 淳子(国立身体障害者リハビリテーションセンター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
2,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
褥瘡は、脊髄損傷患者を含む運動機能障害者のみならず、在施設及び在宅の寝たきり老人及びその看護にあたる病院、家族においても依然大きな問題である。障害者及び高齢者の"Quality of Life"の保障を考える場合、その予防は重要な課題のひとつである。経験的には局所への荷重の偏在を防ぎ、骨周辺部への圧迫を除去する方法が、褥瘡を予防する主要な方法として、過去50年にわたって行われてきた。しかしながら、褥瘡の発生機序には未だ不明な点が多い。
本研究では、前半期に褥瘡発生メカニズムの解明を目的とする基礎研究に重点をおき、後半期にはその成果に基づき、褥瘡予防機能を有する簡便なシートに必要な新しい要素技術の開発を目的とした。
具体的には、初年度から第2年度にかけて、褥瘡発生に関与する因子として、動物およびヒトの褥瘡好発部位での末梢血流動態、皮膚温度調節を含む体温調節機能の健常度を計測した。また、血液や組織中の物質変化を計測し、褥瘡発生メカニズムにかかわる炎症と発熱因子について検討することを目的とした。第3年度は、褥瘡予防機能をもつ簡便なマット、シート類に必要な新しい要素技術を明らかにし、試用可能な装置を作成することを目的とした。
研究方法
1.褥瘡発生メカニズムの解明を目的とする基礎研究
褥瘡発生メカニズムの解明研究は、褥瘡動物モデルを使用した方法と、ボランティアによる臨床実験方法を併用した。
1-1.褥瘡好発部位での末梢血流動向の検討
? 実験対象には、褥瘡動物モデルとして、日本白色家兎、健常成熟雄個体(body weight: 4Kg)を使用した。
? 実験方法は、当研究者らが既に確立した褥瘡動物モデル実験に準じた。圧迫起因の褥瘡を、圧迫方法をかえて家兎耳介部に作成した。圧迫方法は、持続時間と圧迫力の大きさを数種の組合せで変化させた。
? 圧迫中の圧迫部位周辺部、及び、軽度の褥瘡発生部位周辺部での末梢血流の変化を、非侵襲的血流計測システムを使用して、経時的に観察した。
1-2.褥瘡動物モデルでの、局所熱変化シュミュレーションの構築
? 実験対象には、褥瘡動物モデルとして日本白色家兎、健常成熟雄性個体(body weight:4Kg)を使用した。
? 実験方法は、当研究者らが既に確立した、褥瘡動物モデル実験1)に準じた。褥瘡動物モデルである家兎耳介部に、圧迫を加えた。圧迫方法は、持続時間と 圧迫力の大きさを数種の組合せで変化させた。
? 褥瘡を形成しない「軽度・短時間の圧迫」を家兎耳介部に加え、圧迫中、及び、圧迫を除いた際の、皮膚表面温度を計測した。
? 計測値を用いて、局所における熱変化シュミュレーションを構築した。
1-3.炎症発生動物モデルの開発実験
? 実験対象には、褥瘡動物モデルとして、日本白色家兎、健常成熟雄個体(body weight: 4Kg)を使用する。
? 褥瘡動物モデルを用いて、実験的に再現性のある炎症を発生させる方法を検討した。
1-4.褥瘡動物モデルでの、炎症発生時の生体内微量物質計測
? 実験対象には、日本白色家兎、健常成熟雄個体(body weight:4Kg)を使用する。
? 当研究者らが既に確立した褥瘡動物モデル1)を基とし、家兎個体に実験的に炎症を発生させる。
? 家兎、前・後耳介静脈から採血した少量(5ml/体)の全血中に含まれる微量物質のスクリーニングをおこなった。
1-5.ヒト褥瘡好発部位での末梢血流の計測
? 被験者は、ボランティアの有疾病高齢者群、ボランティアの無疾病高齢者群、及び、無疾病若年者群(比較対照群)の3群とした。
? 褥瘡好発部位とその周辺部での末梢血流の変化を、非侵襲的血流計測システムを使用して、経時的に観察した
1-6.ボランティア被験者による炎症発生と体温調節の相互関係に対する検討
? 被験者は、ボランティアの有疾病高齢者群、ボランティアの無疾病高齢者群、及び、無疾病若年者群(比較対照群)の3群とした。
? 被験者群で、腋窩温と鼓膜温を一定期間継続して計測する。環境温度(室温)、湿度を同時に計測する。
? 併せて、被験者の自覚症状の聞き取り調査を実施する。
2.褥瘡予防機能を有する簡便なシートに必要な新しい要素技術の開発
2-1.外部から温度調節を変化させる装置の、基本設計に係わる文献調査を実施した。
2-2.体温管理シート開発のための基礎実験を行った。
2-3.外部からの温度負荷方式基盤の大規模化を試みた。
2-4.若年健常者、高齢者をボランティア被験者とした計測実験を実施した。
結果と考察
1.褥瘡発生メカニズムの解明を目的とする基礎研究
褥瘡発生メカニズムを明らかにする基礎研究では、経験的に圧迫が主原因といわれてきたほかに、以下の点が明らかとなった。
1-1.褥瘡好発部位での末梢血流動態の検討では、圧迫量の時間的変化、あるいは量的変化 に対応して、圧迫周辺部位の血流が広範囲に変化することが明らかとなった。圧迫部位の阻血のみでなく、周辺の血流動態の変化に着目することが必要であることが明らかとなった。
1-2.褥瘡動物モデルでの圧迫実験を通して、圧迫部位皮膚表面温度が、環境温度の高低に応じて変化することを計測した。その結果に基づき、圧迫部位での皮膚表面温度と外気温の関係を明らかにする局所熱変化シュミュレーションの構築を行った。現在、褥瘡を発生させない程度の軽度圧迫に対するシュミュレーションの構築を終了した。
1-3.炎症発生動物モデルの開発実験では、炎症の定義を細分化し、個々の実験方法を考案する必要性が認められた。今後、発生頻度の再現性の向上を目的とした改良をさらに続け、再現性のある炎症動物モデルを確立することが必要であると認められた。炎症発生時の生体内微量物質計測では、血漿中の微量物質スクリーニング方法に再現性が認められた。
1-4.ボランティア被験者による炎症発生と体温調節の相互関係を求める計測は、現在継続して行っている。少人数、短期間の計測試験では、脊髄損傷者と高齢者、健常者の間には、鼓膜温に簡便に示される深部体温の調節に異なる傾向を示すことが明らかとなった。今後、多人数、長期間の非侵襲連続計測が課題とされる。
2.褥瘡予防機能を有する簡便なシートに必要な新しい要素技術の開発
褥瘡発生メカニズムを明らかにする研究から、圧迫下の血流調節変化が褥瘡の発生と悪化に関わることが明らかとなった。そのため、皮膚温度調節反応による血流回復機能に着目し、外部からの温度負荷方式による体温調節を用いて血流回復を行うシートを考案した。
体温管理シート開発のための文献調査結果から、サーモモジュールを使用する方法の有用性に着目し、小規模実験基盤を用いて基礎実験に着手した。
その後、小規模実験基盤を進展させ、ボランティアによる試行が可能なサイズへの大型化(40cm×40cm)を行った。若年健常者を使用した実験では、冷却と加温を繰り返すことで、血流回復に顕著な効果が認められた。高齢被験者では温度刺激アルゴリズムに対する生体の反応に、固体差が認められることがわかった。個体差と再現性を明らかにすることが今後の課題ではあるが、外部からの温度負荷方式による刺激は有用であることがわかった。
結論
褥瘡発生は、在施設及び在宅の寝たきり老人や、その看護にあたる医療関係者、介護にあたる家族においても依然大きな問題であり、個人の "Quality of Life"を考える場合、その発生を予防することは、将来にわたって重要な課題のひとつである。しかしながら、その発生機序には不明な点が多い。
褥瘡発生メカニズムの解明に関わる研究では、動物実験で局所の加圧に起因して褥瘡が発生する2)3)ことが、1950年代から1960年代初頭にかけて報告されている。当研究者らによって独立に、褥瘡動物モデルの確立と、これを用いた褥瘡発生部位及び周辺部位での血行動態の推移の観察が行われ、圧迫の時間と大きさに比例して重度の褥瘡が発生する4)ことが明らかとされた。また圧迫は褥瘡発生時の単独の必要十分条件ではないことを示した。次に、圧迫が組織に及ぼす影響を皮下温度の経時的変化を指標として観察した場合には、発生させた褥瘡の重篤度に応じて皮下温度の経時的変化が異なるパターンを示す4)ことが明らかとなった。このことから、褥瘡周辺部では、何らかの熱平衡の異常が発生している可能性が示唆された。
圧迫部位周辺の熱変化シュミュレーションの構築と血流変化の計測を通して、褥瘡発生メカニズムの一端を明かにすることができた。さらに、外部からの温度負荷によって、ヒトの血流及び体温(皮膚温度)の調節を行う簡便なマット、シート類を開発し、褥瘡予防の一端を担う事は可能であることが明らかとなった。
現在のペルチエ素子を使用したサーモモジュールをくみ上げた温度負荷方法は、長時間使用するシートとしては、コスト、使用感に改良すべき点があり、これが今後の研究課題であることが明らかになった。

公開日・更新日

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