日本に滞在する外国人並びに海外へ渡航する日本人の保健医療ニーズに関する研究

文献情報

文献番号
199700174A
報告書区分
総括
研究課題名
日本に滞在する外国人並びに海外へ渡航する日本人の保健医療ニーズに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
中野 貴司(国立療養所三重病院)
研究分担者(所属機関)
  • 藤澤隆夫(国立療養所三重病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、日本に長期滞在する外国人並びに外国へ渡航する日本人の医療に対するニーズとしてどのようなものが望まれているか、そして現在の病院はこのニーズに十分応えているのかを調査研究し、今後の保健医療施策に役立てることにある.国際化時代といわれ世界各国との交流がますます盛んになりつつある日本であり、外国人医療、海外渡航者に対する予防接種の状況などに関する研究は既に国内のいくつかの施設から報告されているが、特に小児を対象として行われているものは少ない.また、これまでの研究は大都市部における調査が多く地方都市での研究成果は殆ど発表されていない.これら未解決の課題も含めて検討することを目的とする.
研究方法
国立療養所三重病院は、小児二次救急医療に関しては地域の基幹病院であり年間1500人以上の急性疾患小児が入院する.入院児に占める外国人小児の割合、背景、日本の医療システムとの関わりなどについて調査分析し、その結果をもとに今後の外国人小児医療のあり方について具体策を立案する.また、日本から海外へ渡航するためにワクチン接種を希望して予防接種外来を訪れる受診者に関するデータを解析し、彼らの近年の動向、病院に対するニーズについて検討する.
結果と考察
小児は外国人であろうと日本人であろうと急性感染性疾患の好発年齢であることには変わりが無い.したがって発熱、鼻汁・咳嗽などの呼吸器症状、嘔吐・下痢などの消化器症状を呈し受診する患者が大多数である.まずは言語の障壁を乗り越えないと適切な病歴聴取も出来ない.日本人が最も身近に感じることが出来る外国語は英語であるが、日本に在住している外国籍者の出身国から考えると英語では意思疎通が出来ない場合の方が多い.私たちの病院が存在する三重県の人口に占める外国人登録者数とその国別頻度は、ブラジルなど南米諸国が50%以上を占め、現実に私たちの三重病院へ来院する外国籍患者に対しては、英語は全く役に立たないことの方が多い.私たちの診療経験から、馴染みの少ない言語を理解可能な発音にて話せる場合は稀であり、予め問診票、チェックリスト、説明用の文章などをカードとして作成しておき直接見せる方が能率が良い.日本語によるコミュニケーションがある程度可能な場合もあるが、その際忘れてはならないことは主語と述語、肯定と否定がはっきりした分かり易い日本語でゆっくりと話をしてあげることである.日本人にも理解出来ないような説明では外国人に通じるはずがない.
言語以外に文化、風俗、習慣、環境、医療物資にも大きな地域差があり、それは患者家族の医療行為に対する受容性に繋がることも忘れてはならない.受診したタイ人の子供を可愛いと思い、つい左手で撫でたら、家族はわが子を侮辱されたと思ってしまうかもしれない.下痢症による脱水の治療としてはまず経口補液療法(Oral Rehydration Therapy, ORT)を選択することが世界の多くの地域では主流であるが、日本の医療施設に浸透しているとは言いがたい.日本では小児に輸液、静脈注射以外の注射をすることはあまりないが、ルーマニア、中国などでは抗生物質、解熱剤が筋肉注射としてつい最近まで頻用されている.また入院に対する考え方も異なり、下痢症程度では外来通院が当然と考えている人が多い.
日本に在住する外国人小児が予防接種、乳児健診、育児支援など健康増進のためのウェルベビークリニックを十分に利用しているかどうか、その実態を把握するために次のような調査を行った.外国人患児が入院した際、母子手帳の記録より妊婦検診・乳児検診受診歴、予防接種歴を調査する.同時期に入院し年齢をマッチングさせた日本人小児の妊婦検診・乳児健診受診歴、予防接種歴も調べ、外国人小児と比較検討する.まだ症例数は十分ではないが調査の途中経過としては、予防接種は外国籍小児の方が低年齢から積極的に済ませているが、乳児健診の受診状況は日本人小児の方が良好であった.外国籍小児たちの積極的な予防接種参加は、世界保健機構(World Health Organization, WHO)による拡大予防接種計画(Expanded Programme on Immunization, EPI)すなわちワクチン接種による子供達の健康増進キャンペーンが地球上の隅々まで行き渡っていることの証拠であろう.EPIによる予防接種スケジュールでは、日本で定められている接種時期よりも早い時期からの接種がうたわれており、両親も子どもの頃から予防接種の大切さを体験的に会得していること、また開発途上国では乳児期早期に罹患する疾患による乳児死亡率が高く、一刻も早く予防接種に来院するものと推察される.乳児健診の受診率が外国籍小児で低いことは、日本の乳児健診システムが外国から来た家族たちに十分知れ渡ってないのであろうか.有料で行われる乳児健診は決して廉価ではないが、出生登録さえ行っていない人は別として公費負担でまかなわれるKey Monthにおける健診は必ず受けるよう啓発を促したい.諸外国にあるWHOのキャンペーンポスターでは予防接種におけるMissed opportunityを無くすように、すなわち感冒罹患など他の理由で病院を受診した場合ワクチンが適切に接種されているかどうかをチェックして、もれている場合はその場で接種することを唱っているものが多い.日本ではこれと逆の意味で、予防接種に訪れた外国籍乳児に対して乳児健診のMissed Opportunityを無くすよう努め、日本のシステムの恩恵を彼らが十分に受けれるよう取り計らってあげることが必要なようである.それが育児支援の第一歩にも繋がると考える.
海外渡航時の予防接種は渡航先における感染症罹患の予防が目的であり、日本での定期予防接種に加えて、国内では任意接種されているワクチンの接種も必要な場合が多い.また海外諸国への留学、米国での学校入学などに際しては、日本での規定回数以上に義務づけられた予防接種の追加が必要であることもある.三重病院予防接種外来に渡航を控えての予防接種を目的とした受診者数は、毎年120人前後であり予防接種外来受診者総数の約1/4を占めた.受診者の居住地は当院の存在する三重県北中部を中心に県内全域さらには県外に及んだ.年齢別では、乳児から学齢期全般まで広く及び18歳以上の受診者も4割を占めた.渡航目的は、海外赴任者とその家族で68.8%、留学生13.3%、他は観光などであった.接種ワクチンの種類別ではポリオ生ワクチン(OPV)が最も多く354名、うち289名は3rd dose以上の接種であり諸外国と日本の接種スケジュールの差異を反映していた.近年A型肝炎ワクチンの要望が急速に増加している.渡航を控えて受診する患者は日本出発前に十分な時間が無いことが多い。A型肝炎、B型肝炎、狂犬病は半年後のブースターも含めて本来は3回接種が望ましいが、出発前に3回完了出来る余裕のある場合はまずない.これらワクチンの2回完了者の割合は約80%である.当科では疾病予防に必要な接種回数を一時帰国などの機会も利用して確実に接種するよう強く勧奨している.また、予防接種歴、既往歴、血清抗体価については英文証明書を発行している.A型肝炎、B型肝炎、狂犬病など追加の接種のみの場合はイエローカードに準じた様式を、留学などで過去の接種歴、既往歴、血清抗体価を明記した方が良い場合には証明文書の様式を使用している.
結論
わが国と諸外国との交流が益々さかんになり、外国の事情にも精通しないと地方の病院においても診療が難しくなってきた.外国での生活がどのようなものなのか、そこに住む子供達が何を必要としているのかを、出来れば自分で出かけ自分の目で確認することにより、真の意味での"国際化時代の小児医療"が見えてくるであろう.積極的に外国人や海外へ出かける人たちの医療に取り組み、視野を広くもって研鑽を積むことが国際化時代の日本の医療に要求されている.

公開日・更新日

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