分子生物学的手法による発現細胞系での化学物質の評価法に関する研究

文献情報

文献番号
199700172A
報告書区分
総括
研究課題名
分子生物学的手法による発現細胞系での化学物質の評価法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
中澤 憲一(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
1,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
通常の薬理、毒性学的な実験系は組織、細胞あるいは分子同士が複雑に影響しあうため、化合物の標的分子への作用を調べることが必ずしも容易ではない。このような問題を解決するために酵素等の化学物質の作用は生化学的手法を用いて非細胞レベルで行なわれている。しかし、機能発現に細胞膜を必要とする受容体、イオン・チャネルにはこのような方法の適用が困難である。今回の研究は、“多様な化学物質の生体への作用に関して鋭敏で普遍的な評価法を開発する"という発展的な目標を見据え、分子生物学的手法を用いることにより“特定のタンパク質を機能を保ったままの状態で発現させ、薬理・毒性学的に研究する"ことを目的とする。今年度は昨年度に引き続き、近年になって神経伝達物質としての作用が明らかになった細胞外アデノシン三燐酸(ATP)により活性化されるチャネル型受容体(ATP受容体チャネル)を対象した。4つのサブクラス間の比較検討および受容体構造の人為的改変により、生理活性因子による調節に関与する部位の解明を試みた。
研究方法
スイスおよび米国の研究グループからクローン化されたP2X1、P2X2、P2X3、P2X4の4つのサブクラスのATP受容体チャネルをコードするcDNAを入手した。プラスミドに組み込まれたcDNAを大腸菌に取り込ませ、増幅後、抽出した。このcDNAよりRNAをin vitro転写した。P2X2受容体の構造の改変はcDNAの人為的突然変異により行なった。アフリカツメガエルより摘出した卵母細胞をコラゲナーゼ処理し外膜除去を行ない、RNAを顕微鏡下で注入した。卵母細胞は18℃で2-7日間培養後電気的測定に供した。電気的測定では2本電極刺入法による膜電位固定法を用い、卵母細胞の細胞膜を介するイオン電流を記録した。
結果と考察
細胞膜を介するイオン電流を測定した結果、4つのサブクラスのいずれを場合でもATPの投与により内向き電流が誘発された。昨年度の研究で脳内の神経伝達物質であるドパミン、セロトニン、調節因子である亜鉛、外因性に生体に影響を及ぼすカドミウムはいずれもP2X2受容体に対して促進的に作用することを明らかにした。同様の検討を行なった結果、P2X4受容体でも促進作用が観察された。4つのサブクラスのアミノ酸配列の比較よりP2X2とP2X4のみに共通する酸性アミノ酸残基を同定し、P2X2 の残基に対して置換を施したところ、 221番目のアスパラギン酸残基の置換により上記の促進作用は消失もしくは減弱した。P2X2受容体に対する促進作用についてpH依存性を調べたところ、ドパミン、セロトニンによる促進は酸性側で増強されるのに対し、亜鉛、カドミウムによる促進は塩基性側で増強された。以上の結果について考察を加える。4つのサブクラスのいずれを場合でもATPの投与により内向き電流が誘発され、卵母細胞に機能的な受容体チャネルが発現していることが確認された。このことおよびこれまでのアセチルコリン受容体との結果は、この卵母細胞系が種々の膜機能タンパク質発現に有用であることを示している。ドパミン、セロトニン、亜鉛、カドミウムはP2X2およびP2X4受容体に対して促進的に作用し、またP2X2における促進作用はP2X4と共通する酸性アミノ酸残基である221番目のアスパラギン酸残基の置換により消失もしくは減弱した。よって、この残基が促進作用に関与すること示された。また、ドパミン、セロトニンによる促進は酸性側で増強されるのに対し、亜鉛、カドミウムによる促進は塩基性側で増強された。このことから前者は酸性条件下でコンフォメーションに優先的に作用し、後者は塩基性条件下でのコンフォメーションに優先的に作用するものと考えられた。以上の成果より、この評価系においてはサブクラス間の比較および構造
の人為的な改変により分子内作用点の特定が可能であることが示された。
結論
分子生物学的手法によりP2X1、P2X2、P2X3、P2X4の4種類のATP受容体チャネルをアフリカツメガエルの卵母細胞に発現させた。4種類の比較検討およびP2X2受容体を人為的に改変した変異型チャネルを作製しての検討より、1) P2X2受容体におけるドパミン、セロトニン、亜鉛、カドミウムによる増強作用には221番目のアスパラギン酸残基が関与する、2) ドパミン、セロトニンによる増強と亜鉛、カドミウムによる増強ではpH依存性が異なっており、別々のコンフォーメーションに作用する、という知見が得られた。これらの結果はこの発現系が薬物・有毒物質の作用点を解析するのに適していることを示しており、広汎な化合物の作用について共通性に基づいた系統的な評価への可能性を導くものである。

公開日・更新日

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更新日
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