医療サービスの消費者選択とその影響要因に関する研究

文献情報

文献番号
199700168A
報告書区分
総括
研究課題名
医療サービスの消費者選択とその影響要因に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
武村 真治(国立公衆衛生院公衆衛生行政学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療サービスにおけるコンシュマリズムの高まりを背景に、消費者である患者はよりよい医療機関を選択しようと努力するようになった。しかし医療機関へのアクセスが比較的自由なわが国においては、このような消費者の選好は大病院指向などの行動を誘発し、効率的な医療資源消費を阻害する大きな要因となっていると考えられる。
わが国における医療資源消費の適正化・効率化を目的とした政策は、診療報酬の改正や医療計画などの、医療サービスの供給者側に対するものが中心であった。しかし今後はそれだけでなく消費者側に対する対策も必要となると考えられる。医療サービスの消費者政策の効果をあげるためには、医療サービスの消費者行動がどのようなメカニズムで誘発されるのかを解明し、それに適合した政策を展開していく必要がある。医療サービスは一般の財やサービスとは性質が異なることはよく知られているが、その消費者行動、特に消費者がどのように医療機関を選択しているのか、についてはほとんど解明されていない。
そこで本研究は、医療サービスの消費者の医療機関選択における選好の構造とその影響要因を明らかにし、消費者の視点からみた医療供給体制のあり方を検討することを目的とする。今年度は、地域住民の医療機関選択基準の要素を体系化し、医療機関選択における選好の構造を分析する手法を開発することを目的とした。
研究方法
「選択行動(choice behavior)」「医療サービス利用(health/medical services utilization)」「消費者行動(consumer behavior)」などをキーワードとして、MEDLINE及び医学中央雑誌を用いて、医療機関選択に関する国内外の文献を収集し、医療機関選択基準の要素を体系化した。
次に、消費者の選好の構造を分析するための手法として、マーケティングの分野で広く用いられている「コンジョイント分析」が、医療サービスの分野に適用可能であるかどうかを評価した。
結果と考察
1.医療機関選択基準の体系化
国内の研究では、入院・外来患者を対象に医療機関を選択した理由を調査した研究や、地域住民を対象に医療機関を選択する時の基準を調査した研究がほとんどであった。国外の研究では、Huffの重力モデルや多項ロジットモデルなどの確率モデルを用いて、患者の実際の医療機関選択行動のデータから医療機関選択基準を分析した研究がみられた。これらの研究結果から、医療機関選択基準を以下のように体系化することができた。
・医療技術的側面…開設者(国公立、私立)、病床数、医療機関の種類(大学病院、総合病院、一般病院、診療所)、医療設備の充実度(CT、MRIなどの医療機器の設置数)、医療の質(死亡率、合併症発生率)、サービスの範囲の広さ(診療科目など)
・人間関係的側面…医師や看護婦などのスタッフの親切さ、信頼度
・アクセスの側面…患者からの距離、待ち時間、立地(都市部・郊外)
・その他…評判、かかりつけ、紹介(他の医療機関、知人など)、自己負担料など
そして、これらの選択基準に影響を与える要因として、以下のものがあることが明らかとなった。
・患者側の要因…性、年齢、居住地(都市部・郊外)、収入、教育水準、職業、保険の種類、人種、自家用車の有無など
・選択場面の要因…症状の重症度、求めるサービス(入院・外来、診療科、救急など)
2.コンジョイント分析の医療機関選択への適用可能性
コンジョイント分析は数理心理学の理論体系を基礎として、マーケティングにおける消費者選好の測定に応用したものである。医療機関選択に応用した場合の具体的な測定方法は次のようになる。
医療機関の選択基準が、医療機関の種類と距離と評判の3つで構成され、種類が「病院」「診療所」の2水準、距離が「10分」「30分」「60分」の3水準、評判が「よい」「悪い」の2水準であると仮定する。これらの選択基準とその水準の組み合わせから、2×3×2=12通りの仮想的な医療機関(「プロファイル」と呼ばれる)が作成される。これらを調査対象者に提示し、選択したい順に順位づけさせる。そしてその順序から、種類に関しては「病院」に対する「診療所」の相対的な効用(部分効用)を、距離に関しては「10分」に対する「30分」及び「60分」の部分効用を、評判に関しては「よい」に対する「悪い」の部分効用を推定し、調査対象者個人の各選択基準に対する選好の強さを測定する。
コンジョイント分析を用いた調査を行う場合、選択基準の数や各選択基準における水準の数が多くなると、可能な組み合わせのプロファイルも増加し、調査対象者に大きな負担を与えるという問題点がある。それを解決するには、「直交配列」によって、部分効用値を求めるために必要な最小数のプロファイルを設定する手法がある。例えば、4水準の選択基準が1つ、2水準の選択基準が3つの場合、4×2×2×2=32通りのプロファイルが必要となる。また3水準の選択基準が3つ、2水準の選択基準が2つの場合、3×3×3×2×2=108通りのプロファイルが必要となる。しかし、直交配列を用いてプロファイルを作成すると、それぞれ8通り、18通りのプロファイルで効用値を推定できる。調査対象者の負担を考えると20程度のプロファイルが限度であるが、それでも数種類の選択基準に関して測定でき、選好の構造を分析するための十分な情報を得られると考えられる。
コンジョイント分析によって、個々の調査対象者の選好を把握できるが、調査対象者を複数にして、性、年齢階級などの別に部分効用値の差を分析することによって、1で述べた患者側の要因との関連を分析することができる。また、症状の重症度や求めるサービス(入院・外来、診療科、救急など)の異なる選択場面を設定し、それぞれで選好を測定し、同一個人内で部分効用値の差を分析することによって、選択場面の要因との関連を明らかにすることができる。
3.今後の研究課題
コンジョイント分析は、医療機関選択基準に対する選好の強さを、消費者側の要因や選択場面の要因を考慮して測定することができ、医療サービスの消費者の医療機関選択における選好の構造を解明する手法として有用であることが示された。今後は医療機関のプロファイルを作成し、地域住民を対象に調査を実施する予定である。プロファイルの作成では、1で示した医療機関選択基準の中から互いに独立である基準を選定する必要がある。特に、病床数や医療設備の充実度などの医療技術的側面の基準は互いに関連が強く、どの基準が最も適切であるか検討する必要がある。またデータの信頼性を確保するために、調査対象者の負担が大きくならない程度のプロファイルの数を設定する必要がある。
結論
消費者の医療機関選択基準は、病床数や医療機関の種類などの医療技術的側面、スタッフの親切さや信頼度などの人間関係的側面、医療機関までの距離や待ち時間などのアクセスの側面、などに分類されること、その影響要因として性や年齢などの消費者側の要因と、症状の重症度などの選択場面の要因があることが示された。また、選択基準に対する消費者の選好の構造を解明する手法として、マーケティングの分野で広く用いられている「コンジョイント分析」が有用であることが示された。

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