ラット肝細胞による消毒副生成物ハロアセトン類の毒性評価とその構造活性相関に関する研究

文献情報

文献番号
199700167A
報告書区分
総括
研究課題名
ラット肝細胞による消毒副生成物ハロアセトン類の毒性評価とその構造活性相関に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
神野 透人(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 中室克彦(摂南大学薬学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ハロアセトン類 (別名ハロプロパノン類)はトリハロメタン類やハロ酢酸類、ハロニトリル類とともに水道水中の主要な消毒副生成物であり、水道原水中に存在するフミン酸などの有機物質と消毒剤として用いられる塩素との反応によって生成することが明らかにされている。アメリカ合衆国の水道水では、1,1-ジクロロアセトン (1,1-DCP)と1,1,1-トリクロロアセトン (1,1,1-TCP)が四半期の平均濃度としてそれぞれ0.46-0.55 μg/l、0.35-0.8 μg/lの濃度範囲で検出されている。日本の水道水でも、最近の報告でモノクロロアセトン (MCP)、1,1-DCP、1,3-ジクロロアセトン (1,3-DCP)、1,1,1-TCPおよび1,1,3-トリクロロアセトン (1,1,3-TCP)の存在が確認されている。また、ハロアセトン類に対する別の暴露源として、有機溶剤である1,2,3-トリクロロプロパンやジクロロプロパノールの哺乳動物による代謝によって1,3-DCPが生成する可能性も示唆されている。
本研究では、マトリゲル上で培養したラット肝細胞を用いて、水道水中で存在が確認されているハロアセトン類5化合物の細胞毒性を比較した。続いて、グルタチオンレダクターゼ阻害剤1,3-ビス (2-クロロエチル)-1-ニトロソウレア (BCNU)、抗酸化剤アスコルビン酸 (VC)およびN,N'-ジフェニル-1,4-フェニレンジアミン (DPPD)を用いて、ハロアセトン類の肝細胞毒性発現機構について検討を行った。
研究方法
ラット肝細胞の分離と培養:6週齢の雄性Wistarラットから2段階コラゲナーゼ灌流法により肝細胞を調製した。この分離肝細胞を10%新生仔ウシ血清を添加したWilliams' E培地で培養した。培養24時間後に被験物質を添加した。
細胞生存率:肝細胞内から培地中に漏出した乳酸脱水素酵素 (LDH)活性に基づいて細胞生存率を算出した。LDH活性はLDH-Cytotoxic Test Wakoを用いて測定した。
チオバルビツール酸反応物質 (TBARS)の定量:脂質過酸化の指標としてTBARSを測定した。培地にトリクロロ酢酸 (TCA、終濃度5%)を添加し、肝細胞と培地をあわせて回収した。超遠心上清に2-チオバルビツール酸を加えて加熱し、生じた着色生成物の蛍光強度 (励起波長515 nm, 蛍光波長553nm)を測定してTBARSを定量した。
還元型グルタチオン (GSH)の定量:肝細胞を10%過塩素酸1 ml溶液に懸濁して回収し、上清中のGSHと酸化型グルタチオン (GSSG)を、ヨード酢酸およびフルオロジニトロベンゼンで誘導体化したのちにHPLCで定量した。
タンパク質チオール (PSH)の定量:肝細胞を5% TCA-5mM EDTA溶液2 mlに懸濁して回収し、音波処理によって肝細胞を破砕した。細胞ペレットを5% TCA-5mM EDTA溶液で洗浄したのちに、0.5% SDS-5mM EDTA-Tris-HCl溶液 (pH 8.6) 2 mlに細胞を溶解した。この細胞溶解液に0.13 mM DTNB-5 mM EDTA-Tris-HCl溶液 (pH 8.6) 2 mlを添加して室温で30分間放置したのちに、412 nmにおける吸光度を測定した。
分子軌道計算:PM3 Hamiltonianを用いる半経験的分子軌道法でハロアセトン類の分子軌道を計算した。計算は市販のプログラム (WinMOPAC, version 1.0, Fujitsu)を用いた。
結果と考察
本研究の結果、以下ような知見が得られた。
1. 24時間曝露による肝細胞致死毒性で比較した場合、1,3-DCPの毒性が最も強く (半数致死濃度 (LC50)は0.062 mM)、ついで1,1,3-TCP (0.10 mM)、MCP (0.14 mM)、1,1-DCP (0.79 mM)、1,1,1-TCP (1.4 mM)の順であった。
2. 片側の炭素原子のみに塩素原子が結合したハロアセトン類では、LUMOエネルギーとLC50値の間には負の相関が認められた。
3. 何れのハロアセトンも曝露30分以内に細胞内GSHを枯渇させ、続いて脂質過酸化の指標であるTBARSの増加および細胞生存率の低下を引き起こすことが明らかになった。
4. グルタチオンレダクターゼ阻害剤BCNUによる前処理で予めGSHを減少させた肝細胞では、ハロアセトン類の肝細胞毒性が増強されることが明らかになった。
5. 脂溶性抗酸化剤DPPDは致死濃度のハロアセトン類による細胞生存率の低下、脂質過酸化の亢進およびPSHの減少をほぼ完全に抑制した。一方、水溶性抗酸化剤であるアスコルビン酸はMCP、1,1-DCPおよび1,1,1-TCPのみに対して抑制作用を示した。
ハロアセトン類の肝細胞毒性は塩素原子の数とその位置に依存して著しく異なり、塩素原子が片側の炭素原子のみに置換したハロアセトン類では、塩素原子数の増加に伴って細胞毒性が低下した。また、塩素原子の置換位置で比較すると、1,3-DCPの肝細胞毒性は1,1-DCPよりも10倍以上強く、同様に1,1,3-TCPは1,1,1-TCPよりも10倍以上強い肝細胞毒性物質であるという結果が得られた。一般に、LUMOエネルギーが低い化合物ほど求電子性が高いと考えられる。したがって、上述したハロアセトン類のLC50とLUMOエネルギーの相関関係は、「グルタチオンなど肝細胞内の求核化合物との反応性が高いハロアセトン類ほど細胞毒性が弱い」ことを示しており、これらのハロアセトン類がグルタチオンなどとの反応によって解毒される可能性を示唆するものであると考えられる。
そこで、ハロアセトン類の肝細胞毒性発現におけるGSHの役割について検討を行った結果、ハロアセトン類に曝露した肝細胞ではGSSGの生成を伴わずに細胞内GSHが速やかにが枯渇することが明らかになった。細胞内GSHを減少させた肝細胞ではハロアセトン類の細胞毒性が増強されたことから、ハロアセトン類の毒性においてGSHは防御的な役割を果たしていると考えられる。
つぎに、ハロアセトン類の肝細胞毒性における脂質過酸化の役割を明らかにするために、ハロアセトン類の肝細胞毒性に対する抗酸化剤DPPDおよびVCの影響について検討を行った。脂溶性の抗酸化剤DPPDはいずれのハロアセトン類による細胞生存率の低下、TBARS量の増加およびPSHの減少を有意に抑制した。これに対して、水溶性抗酸化剤であるVCはMCP、1,1-DCPおよび1,1,1-TCPの肝細胞毒性を有意に抑制した。また、いずれの抗酸化剤もハロアセトン類による細胞内GSHの枯渇を防ぐことはできなかった。これらの結果は、本研究で検討を行ったいずれのハロアセトン類の場合も細胞内GSHの枯渇に続いて生じる膜脂質の過酸化が肝細胞死の直接の原因であることを示していると考えられる。ハロアセトン類の構造に依存して2種類の抗酸化剤の抑制作用に差異がみられたが、これは脂質過酸化反応が生じる細胞内部位の違いを反映している可能性がある。すなわち、MCP、1,1-DCPおよび1,1,1-TCPでは細胞内の水溶性の高い部分 (細胞質)で脂質過酸化反応が開始するのに対し、1,3-DCPおよび1,1,3-TCPでは膜内 (細胞膜あるいはミトコンドリア膜)でラジカル種を生じるのかもしれない。また、このような差異が、両側の炭素原子に塩素原子が存在するハロアセトン類は片側のみに塩素原子が結合した異性体よりも10倍以上強い肝細胞毒性がみとめられる、という実験結果に寄与している可能性も考えられる。
結論
本研究の結果、いずれのハロアセトン類も肝細胞毒性を示し、その毒性発現機構は膜脂質の過酸化によるものであることが明らかになった。著者らは、水道水中の消毒副生成物であるモノクロロ酢酸やモノブロモ酢酸も同様の機構で肝細胞毒性を発現することを明らかにしており、これらの消毒副生成物の相加的な毒性についても考慮する必要があろう。今後、in vivoにおける動物実験によってハロアセトン類の毒性、特に肝毒性について定量的な検討を行うとともに、水道水の汚染状況を把握する必要があると考えられる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)