高ホモシステイン血症と循環器系疾患-その遺伝的素因と発症機構-

文献情報

文献番号
199700165A
報告書区分
総括
研究課題名
高ホモシステイン血症と循環器系疾患-その遺伝的素因と発症機構-
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
小亀 浩市(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 苅尾七臣(自治医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
動脈硬化や血栓症などの心血管系疾患は、わが国のような高齢化社会では深刻な問題である。近年、その危険因子として血中ホモシステイン濃度上昇が指摘され、欧米で大規模な調査が行われている。しかし、わが国においては未だその重要性が一般に認識されていない。本研究では、以下のように二つの目的に大きく分類して研究を進めている。
第一の目的は、わが国において高ホモシステイン血症が心血管系疾患の危険因子であるという認識を確立することである。なお、ここでいう高ホモシステイン血症とは、新生児検診時のスクリーニングでは見逃されてしまう軽度のものを含めている。欧米では、この軽度高ホモシステイン血症に、ホモシステイン代謝関連酵素MTHFRの機能異常という遺伝的背景が関与するとも報告されている。本年度は、日本人健常者及び心血管系疾患患者の血中ホモシステイン量を測定し、各種マーカーとの関連を検討した。
第二の目的は、最近我々が発見した新規遺伝子産物の生物学的機能を明らかにし、循環器系疾患の発症機構を解明することである。昨年度我々は、ヒト血管内皮細胞におけるホモシステイン応答遺伝子7種を同定した。うち4種は未知遺伝子であり、その生理機能解明が強く望まれている。現段階で、2種の新規遺伝子の単離に成功している。これらの遺伝子は、それぞれ新規蛋白質(RTP及びHerpと命名)をコードしている。本年度は、これら新規蛋白質に対する特異的抗体を利用した解析を進めた。
研究方法
[疫学的調査の対象]日本人若年健常者62名、日本人高齢者健常者79名、高齢者脳梗塞群30名、高齢者心筋梗塞群21名、両者合併症群16名。
[各種血中濃度測定]ホモシステイン、ビタミンB12、葉酸の血中量は米国オレゴン州立大学Malinow博士のもとで測定した。フィブリノーゲン量測定は凝固一段法で行った。活性型第VII因子(FVIIa)量測定には可溶性組織因子を用いた。第VII因子、フォンウィルブランド因子、トロンボモジュリン、F1+2、活性型第XII因子(FXIIa)はELISA法で定量した。
[RTP及びHerp特異的抗体の作成]まず、RTP及びHerpに対するcDNAの蛋白質コード領域をそれぞれGST遺伝子の下流に挿入した発現ベクターを構築した。これを大腸菌に導入し、GST融合蛋白質を発現させた。この融合蛋白質でウサギを免疫することにより、RTPあるいはHerpに反応する抗血清を作成した。
[RTP及びHerpの生体内局在]培養皿上で固定処理した血管内皮細胞にRTP及びHerp特異的抗体を反応させた後、蛍光標識二次抗体を反応させ、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。また、マウスから各臓器を摘出し、発現量の組織特異性を免疫化学的に解析した。
[各種ストレス蛋白質の動態]我々が同定したホモシステイン応答遺伝子のうち1種は、小胞体ストレス蛋白質として知られるGRP78であった。そこで、ホモシステインが小胞体ストレスを誘発している可能性を調べるため、内皮細胞のホモシステイン刺激による種々のストレス蛋白質の発現誘導を観察した。
結果と考察
[疫学的調査]高齢健常者のホモシステイン量(男性13microM、女性8.5microM)は若年者(男性7.7microM、女性6.0microM)より高く、また、男性が高値を示す性差が見られた。若年者の平均ホモシステイン量は7.2microMであり、その90パーセンタイルは9.9microMであった。このことから、我々はホモシステイン量10microM以上の場合を高ホモシステイン血症として分類した。これによると、高齢者男性の71%、高齢者女性の36%が高ホモシステイン血症と考えられた。高齢者を4群(健常者群、心筋梗塞群、脳梗塞群、両者合併症群)に分類すると、血中ホモシステイン量は健常者群で最も低く(10.2microM)、両者合併症群が最も高かった(16.5microM)。ホモシステイン量が10microM以上を示す高ホモシステイン血症の患者の比率は、順に51%、76%、73%、81%であった。心血管系疾患に対するオッズ比は、FVIIa: 1.84、F1+2: 2.04、ホモシステイン: 2.60となった。また、血中ホモシステイン量と相関を示すパラメーターを求めたところ、血中の葉酸量が負の相関を示した。脂質量や凝固因子、凝固活性化マーカー、内皮細胞傷害マーカーはホモシステイン量と相関しなかった。以上の結果から、日本人のホモシステイン量も、欧米人と同様、心血管系疾患の独立危険因子であることが明らかとなった。葉酸量が低いとホモシステイン量が高くなるという逆相関は、ホモシステインをメチオニンへ変換する酵素(メチオニン合成酵素)が活性補助因子として葉酸を必要とすることで説明される。
[特異的抗体]RTP及びHerpの組換体蛋白質をウサギに免疫した結果、それぞれに対する特異的抗体の作成に成功した。得られた抗体でウェスタンブロット解析を行ったところ、RTPは47 kDa、Herpは54 kDaであり、いずれもmRNAと同様に細胞のホモシステイン処理での発現量増加が確認された。また、小胞体ストレスを誘導する種々の薬剤で細胞を処理すると、RTPやHerpも小胞体ストレス蛋白質と同様に応答することが明らかになった。
[RTP及びHerpの局在]培養血管内皮細胞に上記抗体を反応させた後、蛍光標識二次抗体を反応させ、共焦点レーザー顕微鏡で観察したところ、RTPは細胞質にほぼ均一に、Herpは小胞体に存在することが明らかになった。これまでに報告されている小胞体ストレス応答蛋白質は、いずれも小胞体に存在する蛋白質である。本研究の結果、Herpは小胞体に存在したものの、RTPが細胞質に存在することは興味深い。また、マウス臓器の懸濁液をウェスタンブロット解析したところ、特に腎臓においてRTPの発現量が高かった。さらに、組織切片を免疫染色した結果、RTPは腎臓の近位尿細管と小腸の絨毛に高発現していることが判明した。 RTPの生理機能に強く関連していると考えられる。
[各種ストレス蛋白質の動態]血管内皮細胞をホモシステイン刺激した後、各ストレス蛋白質mRNAに対するプローブを作成してノーザンブロット解析を行ったところ、小胞体に存在する種々のストレス蛋白質の発現誘導が観察された。一方、細胞質・核・ミトコンドリアに存在するストレス蛋白質の発現量は増加しなかった。内皮細胞のホモシステイン刺激によって小胞体ストレス蛋白質が選択的に発現誘導されたことから、ホモシステインは小胞体内に立体構造不全蛋白質の蓄積を誘発すると考えられる。このことは、血栓症だけでなく全身にわたる諸症状を呈する高ホモシステイン血症の病態を説明できる可能性がある。
結論
血中ホモシステイン量は加齢により上昇し、男性で高値を示した。また、心血管系疾患で高値を示した。ホモシステイン量は葉酸量と逆相関を示したものの、脂質量や凝固因子量、凝固活性化マーカー、内皮細胞傷害マーカーとは相関しなかった。これらのことから、日本人においても、高ホモシステイン血症は心血管系疾患の独立した危険因子であることが判明した。
ホモシステインで血管内皮細胞を刺激すると、新規蛋白質RTP及びHerpの発現が誘導された。作成した抗体を用いた解析の結果、それぞれ47 kDa細胞質蛋白質及び54 kDa小胞体蛋白質であることが判明した。さらに、ホモシステインは小胞体ストレスを誘発することが明らかになった。
本年度の研究によって、ホモシステインによる血管内皮細胞の機能障害は、小胞体ストレスの誘導に起因する可能性が強く示唆された。この仮説が高ホモシステイン血症患者の種々の病態発症機序と合致するのか否かを検証することは、今後の重要課題の一つである。

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