薬用植物寄生菌及び薬用菌類の資源化に関する研究

文献情報

文献番号
199700163A
報告書区分
総括
研究課題名
薬用植物寄生菌及び薬用菌類の資源化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
川原 信夫(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 福田達男(東京都薬用植物園)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
1,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
薬用植物栽培において寄生菌(植物病原菌)による被害は種類も多く症状も様々であり深刻な問題になりつつある。近年は、特に日本薬局方収載生薬オウギ(植物名キバナオウギ)の栽培においてさび病の発生が確認され、その対策が急務となってきている。そこで本植物に寄生するさび病菌の胞子の発芽の状態等を観察し、生活環の解明を試みることは、さび病菌の生物学的なコントロールを可能にし、その被害を抑え薬用植物栽培の活性化につながるものと考えられる。昨年度の研究で、各地の薬用植物栽培地で発生している病害を調査し、キバナオウギを含む22種の薬用植物に32種の病害を特定した。本年度はこの中からハッカ、キバナオウギ及びベニバナに寄生する3種のさび病菌に関して生活環及び病原性を明らかにするため、冬胞子の発芽試験と接種試験を行った。一方、南米ペルーアマゾン地域ではカヤツリグサ科の植物にある種の真菌が寄生したもののみを Piri-Piri と称してアマゾンインディオの伝承薬として用いている。このように菌類が寄生することにより生薬となりうる場合もあり、その薬理活性及び活性成分を明らかにすることにより、寄生菌の資源化を試みる。本年度は寄生菌の大量培養、各種抽出エキスの二次代謝産物の検索を行った。さらに、今年度は菌類代謝産物と非常に類似な成分報告を有するアンデス産薬用植物 Hercampuri に関しても成分検索を行った。
研究方法
ハッカに寄生するさび病菌Puccinia menthae の発芽試験に関しては3月から6月にかけてハッカ枯れ葉上で越年した本菌冬胞子を随時採取し発芽試験を行った。4月下旬には発芽最適温度を知るため10℃、15℃、20℃、25℃、30℃の各温度で発芽試験を行った。
ベニバナに寄生するPuccinia carthami の発芽試験に関しては7月に採取したベニバナ上の冬胞子をステンレス製のざるに入れ野外で越年させ、3月に取り出し発芽試験に供試した。
Puccinia menthae 及びPuccinia carthami 接種試験に関しては、それぞれの菌株の冬胞子を5mm角の含水濾紙に付着させ、葉の裏面に塗布した。その後被接種植物を10℃、15℃、25℃の湿室暗所条件で48時間置き、接種後屋外に置き形成される胞子堆の調査をした。
キバナオウギに寄生するUromuces punctatus の接種試験に関しては、本菌株の夏胞子を5mm角の含水濾紙に付着させ、葉の裏面に塗布した。その後被接種植物を15℃の湿室暗所条件で48時間置き、接種後屋外に置き発病の有無を調査した。
ペルーアマゾン産薬用植物 Piri-Piri の寄生菌に関しては昨年度に引き続き Balansia cyperi の大量培養を行い、各種エキスを作成した。得られたジクロロメタン抽出エキスはシリカゲルカラムクロマトグラフィー、セファデックスLH-20及び低圧液体クロマトグラフィー(LPLC)を用いて分離・精製し、7種の化合物を得た。
アンデス産薬用植物 Hercampuri の成分検索に関しては、本植物の地上部をメタノールで抽出し、得られたエキスに水を加え順次ジクロロメタン、酢酸エチル、n-ブタノールで抽出し、各種エキスを得た。ジクロロメタン抽出エキスにヘキサンを加え、可溶部をシリカゲルカラムクロマトグラフィー及び LPLC を用いて分離・精製し、2種の化合物を得た。
結果と考察
Puccinia menthae の冬胞子の発芽試験及び接種試験に関しては、3月中に採集した冬胞子の発芽試験では発芽が認められなかったが、4月上旬には数%の発芽が認められ中旬以降になると90%以上の発芽が認められた。冬胞子の発芽適温は15℃で、発芽率は62.1%から95.5%であった。これに対して他の温度区では発芽率が20%程度であった。
Puccinia carthami に関しては、冬胞子の発芽は6例しか観察できなかったが、発芽形態は1核性4細胞に4個の1核性の担子胞子を形成するのを認めた。接種試験の結果は精子器と夏胞子堆を形成し短生型の生活環を持つことが明らかになった。
Uromyces punctatus に関してはキバナオウギ上の夏胞子の接種試験の結果、11種のAstragalus属植物に病原性を認めナイモウゴウギ、カオウギ、ヘンケイオウギ、ムラサキモメンズル、タイツリオウギ及び A. centrayinus の6種が新宿主植物であった。
冬胞子は一般に休眠後少しずつ比較的長く発芽するが、P. menthae の場合4月に入り一気に発芽率が上昇した。また、発芽形態でも25℃になると全ての冬胞子が2核性2細胞の担子器を形成し、このような冬胞子の発芽生理に温度の上昇がどのように関わるのか興味が深い事実である。Uromyces punctatus は日本産、中国産、ヨーロッパ産 Astragalus 属植物の広い範囲に病原性を示すことが明らかになった。さらに本菌株は A. glycyphyllus 等に強い病原性を示したのに対して A. cicer に対しては極めて弱い病原性を示した。このように病原性の強さに違いが起きる原因に興味が持たれた。
Balansia cyperi のジクロロメタン抽出エキスより得られた7種の化合物については、NMR を中心とした各種スペクトルデータ解析を行った。この結果、3種は既知芳香族誘導体である、 tetramethylpyrazine、phenylacetamide 及び 2-acetamidebenzamide、また1種は既知脂肪族アルコール誘導体であるメソ2,3-butandiol と同定した。さらに2次元 NMR、X線結晶構造解析等を用いた詳細な検討により1種は新規テトラヒドロピラン誘導体、2種は新規含窒素化合物と決定した。
ペルーアンデス産生薬 Hercampuri (Gentianella nitida) のジクロロメタン抽出エキスに関しても、各種スペクトルデータ解析より1種は知芳香族誘導体である 2-hydroxy-5-methoxyacetophe-none と同定された。さらに1種は新規セスタテルペノイド誘導体と考えられ、最終的にX線結晶構造解析を行い、その相対立体配置を含めた構造を決定した。
今回Balansia cyperi より単離された2種の新規含窒素化合物は宿主植物の菌塊部分の抽出エキスにもその存在が確認された。この結果より、これらの化合物は宿主植物の薬効発現に関与していることが示唆され、非常に興味深い事実と思われた。
結論
今回、前年度の発病調査の結果、特定した32種の病害の中で、特に問題と考えられる3種のさび病菌について冬胞子の発芽試験と接種試験を行った。冬胞子は温度の上昇に伴い発芽率が増加し、冬胞子の発芽生理と温度との間に密接な関係が認められた。また、接種試験によりそれぞれの生活環が明らかとなった。さらにキバナオウギ上のUromyces punctatus はAstragalus 属植物に広く病原性を示すことが確認され、類縁植物の栽培においても、本病原菌に対する防除法を参考にすることで被害を抑えることが可能と考えられる。
また、アマゾン産薬用植物 Piri-Piri については昨年度に引き続き、寄生菌(Balansia cyperi )の米培地を用いた大量培養を行い、各種抽出エキスを作成した。これらのうち、ジクロロメタン抽出エキスの成分検索を行い、4種の既知化合物とともに、3種の新規化合物を単離・構造決定した。この結果、宿主植物の薬理活性発現に関して、寄生菌の二次代謝産物が大きく寄与していることが示唆され、寄生菌と宿主植物との間に明確な相関関係が存在することが考えられた。

公開日・更新日

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