ヒト培養細胞K562株等を用いた赤芽球分化誘導因子に関する研究

文献情報

文献番号
199700162A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト培養細胞K562株等を用いた赤芽球分化誘導因子に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
川崎 ナナ(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 近藤宇史(長崎大学医学部付属原爆後障害医療研究施設)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、赤芽球系培養細胞をモデルとして用い、赤芽球分化誘導因子の探索とその機能の解明を行うことを目的としている。我々は平成7年度および8年度において、 ヒト赤芽球白血病細胞K562株およびエリスロポエチン(EPO)依存性ヒト赤芽球細胞AS-E2株を用い、酪酸、ヘミンおよびEPO等で刺激することによって赤芽球分化を誘導し、細胞内鉄動態、転写因子およびグルタチオンの変動について解析してきた。
これまでに研究対象として取り上げてきた赤芽球分化誘導関連因子以外に、生体内に存在し、赤血球産生に関与している生理活性物質の一つとしてアクチビンAが知られている。アクチビンAはTGF-b superfamilyに属する細胞の分化・増殖因子で、未分化な赤芽球系白血病細胞をヘモグロビン産生細胞へ分化誘導する物質(erythroid differentiation factor)と同一物質であることが明らかにされている。また、アクチビンAは、セリン/スレオニン型の受容体に結合することによって細胞内に情報を伝達することが知られている。しかし、実際にアクチビンA・アクチビンA受容体複合体が赤芽球系細胞の分化・増殖をどのように制御しているかは明確にされていない。
一方、赤芽球増殖分化過程において、各種転写因子が重要な役割を果たしていることが明らになってきた。これら転写因子の発現調節には、細胞内酸化還元状態(レドックス)が関与していると予測されるが、我々は昨年度、EPO依存性AS-E2細胞の分化または増殖過程において、赤芽球細胞増殖分化を制御している転写因子GATA-1およびGATA-2の発現の変化と併行して還元型グルタチオン(GSH)含量が変動していることを見出した。細胞内レドックスは主にGSHと酸化型グルタチオンによって制御されており、GSH合成過程においてg-グルタミルシステインシンテターゼ(g-GCS)が律速酵素であることが知られている。g-GCSは、サイトカインや増殖因子で発現誘導が生じること、赤芽球の分化・増殖過程でその発現が変動することから、細胞内GSHの変化とレドックスの変化を引き起こしているものと考えられている。
本年度は、赤芽球分化を調節する因子の探索およびその作用機構の解析を目的として、K562細胞に及ぼすアクチビンAの影響と、AS-E2細胞の赤芽球増殖分化過程における細胞内酸化還元状態およびその役割について、特に、転写因子の挙動を観察しながら解析した。
研究方法
細胞培養:K562細胞は10%FCSを含むRPMI-1640培地を用いて、また、AS-E2細胞はEPO (2U/ml), FCS (20%, v/v), 100mg/ml ゲネスチン、50mg/ml ストレプトマイシン存在下、Dulbecco培地で37℃、5%CO2、 100% 湿度の下で培養した。
グリコフォリンA発現量の解析:フローサイトメトリーにより解析した。
ヘモグロビン産生細胞の解析:K562細胞を2,7-diaminofluoreneでインキュベートした後、青色に染色された細胞を血球計算盤を用いて計測した。
各種転写因子mRNAの測定:転写因子c-fos, c-myc, bcl-xLはノーザンブロットを行い測定した。 PRDII-BF1は、特異的プライマーを用いた RT-PCRにより測定した。
リボザイムを用いたアンチセンス遺伝子の細胞内導入方法の検討:g-GCSのアンチセンスコドンをハンマーヘッド型リボザイムに結合させ、リポフェクション法でヒトAS-E2細胞内へ導入した。
結果と考察
1.K562細胞の赤芽球分化におけるアクチビンAおよび酪酸の作用
K562細胞をアクチビンA (40 ng/ml)で処理することにより、 酪酸で処理した場合と同様に、ヘモグロビン陽性細胞が増加すること、また、赤血球に特異的な膜タンパク質であるグリコフォリンAの発現が促進されることが確認された。しかし、酪酸処理では、細胞の増殖がほぼ抑えられたのに対して、アクチビンA処理細胞は緩やかではあるが増殖していることが観察された。また、アクチビンAの赤芽球分化誘導作用は、アクチビン結合タンパク質フォリスタチンにより阻害されたが、フォリスタチンは酪酸処理による赤芽球分化に影響を及ぼさないことが確認された。アクチビンAのK562細胞に対する作用として、赤芽球分化を促進させることがすでに報告されているが、今回、アクチビンAと酪酸では赤芽球分化過程における細胞増殖抑制効果に違いが認められたことから、両者の赤芽球分化誘導作用は異なることが示唆された。
2.アクチビンAおよび酪酸処理K562細胞における転写因子PRDII-BF1の変動
アクチビンAと酪酸のシグナル伝達の違いを解析する目的で、両細胞における転写因子PRDII-BF1の変動を観察した。PRDII-BF1は、ショウジョウバエにおける転写因子Schnurriのホモログであり、Schnurriは、TGF-βファミリーに属してアクチビンAと高い相同性を示す胚の背腹軸極性因子のシグナル伝達に関与していることが知られている。そこで、ほ乳動物細胞におけるアクチビンAのシグナル伝達機構に、PRDII-BF1が関与している可能性が考えられることから、この転写因子の挙動に着目した。その結果、まず、酪酸刺激により赤芽球分化が誘導されたK562細胞では、PRDII-BF1発現量が低下することが明らかになった。この結果から、PRDII-BF1は、赤芽球分化と関連性があることが示唆された。しかし、アクチビンA処理細胞においては、PRDII-BF1の発現に変化は認められなかった。PRDII-BF1は、ある種の細胞系において血清刺激とともに発現することが報告されている。これはc-mycなどのガン遺伝子の挙動と類似していることから、PRDII-BF1は細胞の増殖に関与していることも予想される。従って、アクチビンAがK562細胞の細胞増殖抑制効果をあまり示さなかったこととも考えあわせると、PRDII-BF1は、赤芽球分化に伴う増殖抑制に関与している可能性も考えられる。
3.赤芽球増殖分化過程における各種転写因子と細胞内レドックスの変化
まず、増殖中のAS-E2細胞の細胞内各種転写因子とGSHおよびg-GCSmRNA について調べた。その結果、GATA-2 、bcl-xL、 c-mycおよびc-fos発現量の増加とGATA-1および c-myb発現量の低下が確認された。また、g-GCSmRNA発現量とGSH量の低下も認められた。つぎに、EPO添加により赤芽球分化が誘導された細胞では、a-グロビン、b-グロビン、GATA-1および c-mybの発現が増加し、GATA-2、bcl-xL、 c-mycおよびc-fos発現量は低下していることが明らかになった。また、g-GCSmRNA発現量とGSH量の増加が確認された。さらに、g-GCS-リボザイムを細胞内に導入し、細胞内GSH濃度を変化させることを試みたところ、g-GCS-リボザイムを導入された細胞では、GSH量がコントロールの約50%に低下していること、GSH関連酵素のGSHペルオキシダーゼ活性とGSHレダクターゼ活性は各々70%と80%に低下していることが確認された。また、リボザイム導入細胞では、分化が抑えられ、逆に増殖が促進される傾向を示すことが明らかになった。以上のことから、赤芽球分化増殖は細胞内レドックスによって制御されていることが示唆された。
結論
1.  K562細胞に対してアクチビンAと酪酸は、異なった情報伝達経路で細胞を赤芽球系に分化誘導することが示唆された。
2. 赤芽球細胞の増殖・分化に転写因子PRDII-BF1が関与している可能性が示唆された。
3. 赤芽球細胞の分化・増殖はGSH合成の亢進によって分化促進、増殖抑制の方向に向かい、GSH合成の低下によって増殖傾向を示すことが明らかとなった。

公開日・更新日

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