細胞周期制御蛋白の調節によるヒト造血幹細胞制御技術の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700159A
報告書区分
総括
研究課題名
細胞周期制御蛋白の調節によるヒト造血幹細胞制御技術の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
浅田 穣(国立小児医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 山田孝之(国立小児医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血球の分化、増殖、細胞死におけるp21Cip1/WAF1の役割を明らかにし、これを利用して造血細胞のin vitroにおける増幅系を確立し、バイオ血球などによる骨髄移植系への応用をはかる。
研究方法
p21cDNAの単離
p21Cip1/WAF1のcDNAは、TPA処理したU937細胞より作成したcDNAを鋳型として、p21 5'-プライマーおよびp21 3'プライマーを用いてPCR法により得た。増幅したp21cDNAは制限酵素Hind IIIにより消化し、真核生物発現ベクターpMT-CB6+20に挿入した(CB6-p21)。アンチセンスp21ベクター(CB6-ASp21)およびp21 N 末ベクター(CB6-Np21)は、p21Cip1/WAF1のN末側をp21 5'-プライマーおよびp21 N3'プライマーを用いてPCR法により増幅し、またp21 C 末ベクター(CB6-Cp21)はp21のC末側をp21 C5'プライマーおよびp21 3'プライマーを用いてPCR法により増幅し、同様にしてpMT-CB6+ベクターに挿入した。核移行シグナル欠損p21ベクター(CB6-DNLS-p21)もPCR法により作成した。 いずれのベクターもシークエンスにより配列および向きを確認した。細胞は単球系前駆細胞であるU937を用いた。
遺伝子導入
U937細胞にはエレクトロポレーション法により遺伝子導入した。エレクトロポレーションはInvitrogen社のエレクトロポレーターを用いて、1000μF、330Vで行った。導入細胞はG418(2mg/ml)存在下において3週間培養し、G418耐性細胞を選択した。遺伝子発現の誘導はZnCl2によって行った。
細胞表面抗原
細胞表面抗原の解析は、単球系表面抗原CD11bおよびCD14に対するモノクローナル抗体を用いて常法によりフローサイトメーターにより解析した。結合した1次抗体はFITC標識抗マウスーウサギ抗体により検出した。フローサイトメイターはBecton-Dickinson社FACSortを使用した。
細胞周期の解析
細胞を70%エタノールを用いて固定し、50 mg/ml RNase Aおよび5 mg/ml Propidium Iodideを含むPBS中で20分間室温でインキュベートし、FACSortを使用してフローサイトメイター法により解析した。細胞のDNA含量をVerity Software House社ModFit LTを用いて細胞周期のG0/G1、S、およびG2/M期に相当する集団の割合を算出した。
アポトーシスの解析
DNA含量が2倍体より減少した集団をアポトーシスを起こした細胞として評価した。
TUNEL法によるアポトーシスの解析はOncor社のApopTag Plusキットを用いて行った。DNA末端にdigoxygenin-dUTPをTerminal deoxynucleotidyl transferaseにより取り込ませ、DNA断片化したアポトーシス細胞をFITC標識-抗digoxygenin抗体により検出した。FITC陽性細胞はFACSortにより解析した。ミトコンドリア膜電位の解析は、細胞を37 ℃、15分間、40nM DiOC6(3)中でインキュベートし、FACSortを使用してフローサイトメイター法により解析した。
結果と考察
p21Cip1/WAF1はサイクリン/CDK複合体と結合してG0/G1細胞周期停止を来す。これまで、細胞が細胞外からの刺激に応じて分化する際、p21Cip1/WAF1の発現が誘導されると報告されていた。我々 は、U937細胞にp21Cip1/WAF1を遺伝子導入し強制発現させることにより、単球系分化誘導に成功した。細胞分化を誘導するp21Cip1/WAF1の機能ドメインを同定するために、それぞれCDK、PCNA結合領域を含むN末、C末領域のみを発現する遺伝子をU937細胞に導入したが、細胞分化は誘導されなかった。さらに核移行領域欠損型p21Cip1/WAF1によっても分化が誘導できなかった。すなわち、細胞分化を誘導するためには全長のp21Cip1/WAF1が核において発現することが必要であると考えられた。
p21Cip1/WAF1により、Rb蛋白質を低リン酸化状態にすることが、分化を促進する遺伝子の転写につながる、あるいは分化を抑制している遺伝子の転写を阻害するのかもしれない。G1細胞周期停止後、どのような分子機構で細胞分化が誘導されるかについては、さらに検討が必要であると考えられる。 p21Cip1/WAF1を発現している分化したU937細胞は、過酸化水素、セラミド、およびTNFといったアポトーシス誘導剤に対してアポトーシス抵抗性を示した。様々な刺激により細胞にアポトーシスが誘導される際、最初のスイッチは、それぞれの刺激の特異性により異なっており、プライベート経路とよばれている。しかし、アポトーシスは、最終的には共通の経路をたどり、細胞質凝縮、DNAの断片化、細胞膜変化を遂げる。過酸化水素の刺激は細胞内で活性酸素産生、 SAPK/JNKの活性上昇といった、プライベート経路をたどり、ミトコンドリアの膜透過性亢進、caspaseの活性化という共通経路に入りアポトーシスを誘導すると考えらる。
p21Cip1/WAF1によるアポトーシスの抑制は、 SAPK/JNKやcaspaseの活性化阻止、ミトコンドリアの膜透過性亢進抑制、といったメカニズムで説明できるが、これらの現象はすべて細胞質で起こるものである。すなわち、これまで報告されているような、p21Cip1/WAF1が核に局在して細胞周期を阻害するという機能では説明できない。
そこで、p21Cip1/WAF1の細胞内局在を免疫組織染色法により検討したところ、U937/CB6-p21細胞においてp21Cip1/WAF1を発現誘導しその局在を経時的に解析すると初期には核に存在したが、分化した後には主に細胞質に存在していることが判明した。さらにp21Cip1/WAF1の細胞内局在とSAPK/JNK活性化の有無とよく相関していた。これらの結果は、細胞質局在p21Cip1/WAF1がSAPK/JNKの活性化を阻害することが、p21によるアポトーシスの抑制機構である、ということを示唆している。
細胞質p21Cip1/WAF1によるアポトーシスの制御を直接、実験にて解明するために、細胞質に特異的に発現するように核移行シグナルを欠いたp21Cip1/WAF1をU937細胞およびHT1080細胞に導入したところ、これらの細胞はいずれもアポトーシス抵抗性を示した。これらの結果から細胞質局在p21Cip1/WAF1が、強力なアポトーシス阻害作用を持つことが判明した。また、U937/CB6-DNLS-p21細胞において、DNLS-p21を発現させても細胞周期停止および細胞分化が誘導できなかったことより、細胞周期停止、および細胞分化にはp21Cip1/WAF1が核に発現することが必須であり、アポトーシス抑制には細胞質に発現するp21Cip1/WAF1が機能すると考えられた。
U937細胞の過酸化水素によるプロアポトーシスシグナルを解析しところ、SAPK/JNK活性化は刺激後1時間めから観察されたが、ミトコンドリアの膜電位低下、DEVD感受性caspaseの活性化はSAPK活性化より1-2時間遅れて観察された。また、ボンクレキック酸というミトコンドリア膜透過性阻害薬により、ミトコンドリア膜電位低下を阻害すると、アポトーシスは抑制したが、SAPK/JNK活性化は起こった。これらの結果は、細胞質p21Cip1/WAF1がSAPK/JNKの活性化を阻止しミトコンドリアの膜電位を保持する、というアポトーシス阻害機構を示している、と考えられた。これらの結果を裏付けるように、SAPK/JNKの活性化を上流にて制御しているASK-1とp21Cip1/WAF1が複合体を作り、その活性を抑制していた。p21Cip1/WAF1はMAPKKKであるASK-1の機能を抑制することにより、アポトーシスを促進するMAPキナーゼカスケードを働かせないようにしていると考えられた。
結論
p21Cip1/WAF1は細胞周期阻害因子として同定されたが、細胞内局在がその機能の決定に重要であり、造血細胞の分化や細胞生存因子として重要な役割をはたしていることが明らかになった。

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