腸管出血性大腸菌O157感染に伴う溶血性尿毒症症候群の発症機構に関する研究

文献情報

文献番号
199700149A
報告書区分
総括
研究課題名
腸管出血性大腸菌O157感染に伴う溶血性尿毒症症候群の発症機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
名取 泰博(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 山崎伸二(国立国際医療センター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
溶血性尿毒症症候群(HUS)はO157:H7などの腸管出血性大腸菌感染における重大な合併症である。腸管出血性大腸菌の主たる病原因子はベロ毒素(VT)であり、その毒性の本体は蛋白質合成阻害であることが明らかにされている。しかし生体内におけるVTの作用には未だ不明な点が多く、VTによるHUS動物モデル作製の成功例も報告されていない。一方、腸管上皮細胞は腸管感染症において病原体が最初に接する宿主側の細胞であり、最近の研究から感染などにおける粘膜免疫のシステムに関与する細胞であることが次第に明らかになってきた。例えば、赤痢菌などの細胞侵入性病原菌が腸管上皮細胞に侵入すると、同細胞はインターロイキン8(IL-8:好中球に作用する遊走・活性化因子)などのサイトカイン/ケモカインを産生し、生体防御機構の活性化を促す。また細胞侵入性のない腸管病原性大腸菌は腸管上皮細胞に接着し、同細胞の形態変化を引き起こして下痢を起こすと考えられているが、この場合も同様にサイトカイン/ケモカインの産生誘導を促すことが報告されている。このような腸管感染症におけるサイトカイン/ケモカインの誘導は白血球の遊走・活性化を引き起こして細菌に対する防御機構として作用する反面、活性化された白血球により生体に障害を起こすことも知られており、感染による組織障害は病原体による直接の作用よりそれに対する生体の反応としての白血球の作用によるものが多いと言われている。前述のようにVTは蛋白質合成阻害により細胞に致死的に作用する細胞毒であるが、生体内でVTの示す毒性がこの作用のみで説明されるかついては疑問が持たれている。腸管出血性大腸菌感染症の病態、特にHUSなどの血管病変においてサイトカインが関与していることが示唆されており、患者血清中のサイトカインの上昇を示す報告もある。そこで本研究では、腸管出血性大腸菌感染症においてVTによって腸管上皮細胞が活性化され、サイトカインの産生が誘導される可能性を考え、培養細胞を用いてその活性を調べた。
研究方法
コンフルエントになったヒト大腸癌由来細胞Caco-2細胞を1 mM酪酸ナトリウムで4日間処理して腸管上皮細胞様に分化させ実験に用いた。Jacewiczらは、Caco-2細胞を酪酸ナトリウム処理によって分化させるとVT受容体である中性糖脂質・Gb3含量が増加すると報告しているが、我々の実験条件でも同様にGb3量が増加することが確認された。VTとして、精製したベロ毒素-1 (VT1)、ベロ毒素-2 (VT2) 及びVT1の活性部位の2つのアミノ酸を置換してほとんど活性を失わせた無毒化VT1を用いた。(VT1とVT2は約60%のアミノ酸構造の相同性を有することが知られており、また両者の細胞毒性の機構は共通すると考えられている。)サイトカイン/ケモカインのmRNAの発現は各サイトカインmRNAに特異的に反応するプライマーを用いたRT-PCRにより行った。蛋白質レベルの発現の検出はELISA法により行い、IL-8については我々が確立した方法で、他のものは市販のキットを用いてそれぞれ測定した。VTの細胞毒性は生細胞をミトコンドリアの種々の脱水素酵素の活性を市販WSTキットで測定することにより算出した。
結果と考察
腸管上皮様細胞に分化したヒト由来の培養細胞・Caco-2細胞を1~100 ng/mlのVT1で刺激すると4時間以内にIL-8、単球作用性のケモカインであるMCPー1やMIP-1a、炎症性サイトカインである腫瘍壊死因子α(TNFa)のmRNAの発現が顕著に亢進した。一方、他の炎症性サイトカインであるIL-1b やhouse-keeping遺伝子であるグリセルアルデヒド-3-りん酸脱水素酵素のmRNAの発現に変化は見られなかった。さらに細胞のVT1処理を24時間行うと、培養上清中のIL-8含量が増加する
ことが確認され、48時間ではこれがさらに増加した。この結果からIL-8の発現誘導はmRNAレベルだけでなく蛋白質レベルでも起きていることが明らかとなった。またこのIL-8産生誘導は抗VT1抗体により中和されること、エンドトキシンでは産生誘導が見られないことなどから、VT1を用いて見られた活性は混入するエンドトキシンによるものではなく、VT1そのものによることがわかった。MCP-1、MIP-1a、TNFaについても同様に蛋白質レベルの定量を試みたが、VT1処理の有無に関わらずいずれも用いたキットの検出限界以下のレベルしか産生されていなかった。VT2を用いて同様の実験を行ったところ、VT1と同様にIL-8の産生誘導が観察された。またその濃度依存性はVT1、VT2ともに1 ng/ml程度がピークであり、いずれの場合も10 pg/mlと非常に低濃度からIL-8産生誘導活性が見られることがわかった。この濃度は最もVT感受性が高い細胞のひとつであるベロ細胞に対するVTの毒性発現に必要な濃度に匹敵する程に低く、生体内でも充分起こり得る現象と考えられた。次にVT1の2つのアミノ酸を置換して細胞毒性をほとんど示さなくした無毒化VT1についてサイトカイン産生誘導活性を調べた。その結果、無毒化VT1はほとんどIL-8産生誘導能を示さないことが明らかとなり、VTのサイトカイン誘導活性は細胞毒性と相関することが示唆された。腸管出血性大腸菌は細胞侵入性を示さない細菌であることから、腸管上皮細胞はVTが最初に接する宿主の細胞と考えられる。また最近の研究から腸管出血性大腸菌は腸管内で上皮細胞に密着して存在すると考えられていることから、同菌によって産生されるVTは直接に腸管上皮細胞に作用し得ると推測される。これまで腸管出血性大腸菌患者の血清中にVTが検出された例はないが、HUSでは全身の臓器に症状が現れる場合があることから、VTは体内に入って恐らく非常に低い濃度で宿主の細胞に作用すると考えられている。現在知られているVT高感受性細胞であるベロ細胞や生体内でVTの標的のひとつと考えられる微小血管内皮細胞の培養系では1~10 pg/mlの濃度で多くの細胞が死滅することから、恐らくこの程度の濃度のVTが局所的に作用して細胞障害を引き起こすことが推測される。本研究ではこれと匹敵する程度の低い濃度のVTが腸管上皮系の培養細胞に対してIL-8の産生誘導活性を示すことが明らかとなった。これらの知見を考え合わせると、腸管上皮細胞に対するVTのサイトカイン/ケモカイン産生誘導が生体内でも起きている可能性が高いと思われる。ヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞などある種の培養細胞は炎症性サイトカインの刺激によりVT感受性が顕著に亢進することが知られている。これまでVTが単球/マクロファージに対してサイトカイン誘導活性があるとの報告があったが、これは1 mg/mlと非常に高い濃度のVTを用いて観察される現象であることから、生体内での意義については疑問が持たれていた。本研究から腸管上皮細胞に対する作用は極めて低い濃度で見られることから、生体内では単球/マクロファージではなくこのような細胞がサイトカインを産生し、その結果周囲の細胞のVT感受性が亢進するという可能性が示された。
結論
VTは極めて低い濃度で腸管上皮細胞に対してサイトカイン/ケモカイン誘導活性を示すことがわかった。この活性がVTの血管内皮細胞に対する細胞傷害性の亢進に関与し、その結果、HUSを引き起こすという新しい仮説が考えられた。

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