急性呼吸不全治療のガイドライン作成に関する研究

文献情報

文献番号
199700143A
報告書区分
総括
研究課題名
急性呼吸不全治療のガイドライン作成に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
武澤 純(名古屋大学医学部救急医学)
研究分担者(所属機関)
  • 松川周(東北大学集中治療部)
  • 多治見公高(帝京大学救命救急センター)
  • 天羽敬祐(東京医科歯科大学麻酔蘇生学)
  • 磨田裕(横浜市立大学集中治療部)
  • 妙中信之(大阪大学集中治療部)
  • 氏家良人(宮崎医科大学救急医学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、米国・欧州の急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に関する合同会議でARDS の定義が統一され、治療法や予後に関しての国際比較が可能となった。一方、我が国ではARDSの診断基準や患者数、重症度分類、予後は不明であり、ARDSに対する各種治療法(新薬治験を除く)に関する無作為化比較対照試験 (RCT) も行われていない。本研究班では我が国のARDSの臨床疫学調査を行い、その調査結果に基づいて、ARDSの治療方針を再評価し、最終的にはわが国におけるARDS治療のガイドラインを策定する。
研究方法
日本呼吸療法医学会加盟の救急/集中治療施設のなかで、本研究の目的および方法に賛同した27施設を調査対象とした。対象とした集中治療施設(年間収容患者数200症例以上)に1997年の1月1日から12月31日までの1年間で人工呼吸管理を必要とした患者数およびその中で米国・欧州ARDS合同会議の診断基準に基づいてARDS症例を抽出し、その原疾患、リスク因子、院内肺炎の予後への影響、搬入経路、重症度分類、治療法、人工呼吸管理法、ICU在室期間、在院日数、および予後に関して調査を行った。
結果と考察
調査期間中に人工呼吸管理を受けた患者は5198症例あり、米国・欧州ARDS合同会議の診断基準に基づいてARDSの診断を受けた患者は268名で、全体の5.2%であった。このうちICU在室中に死亡した患者は265名中131名で、死亡率は50%であった。APACHE IIによる重症度分類では死亡群で平均28.5、生存群では平均22.7であり、死亡群で有意に高かった。なお、在院死亡数に関しては現在、調査を続行中である。
265名のARDS患者のリスク因子の内訳は敗血症69例(25.7%)、特殊な肺炎33例(12.9%)、大量輸血後31例(11.6%)、誤嚥性肺炎25例(9.7%)、びまん性細菌性肺炎22例(8.2%)、人工心肺後15例(5.6%)、心肺蘇生後13例(4.9%)、急性膵炎8例(3.0%)、肺挫傷7例(2.6%)、胸部以外の外傷6例(2.2%)、びまん性ウイルス性肺炎5例(1.9%)、その他33例(12.3%)であった。リスク因子が敗血症のARDSのICU死亡は52例(79%)であった。
リスク因子が肺炎以外でARDSを発症した症例は216例であった。そのうち院内肺炎を発症したのは76例(35.2%)であり、49例が死亡した(死亡率64.5%)。一方、院内肺炎を発症しなかったARDS患者は140例あり、そのうち93例が死亡(死亡率65.4%)したが、両群間に死亡率に関して有意差を認めなかった。また院内肺炎発症例のAPACHE IIスコアは24.3、非発症群では26.3で、両群間に有意差を認めなかった。つまり、ARDS患者の治療中に発症した院内肺炎は生命予後に影響を与えなかった。
術後人工呼吸管理を必要とした5198症例中、心臓血管外科術後症例は1816例(35.0%)であった。そのうちARDSを発症したのは29例(1.6%)であり、人工呼吸管理を必要とした全患者中のARDS患者数(5.2%)に比べて有意に低い値を示した。心臓血管外科術後患者のICU内死亡は68例(3.7%)であった。心臓血管外科術後のARDS発症に限るとICU内死亡は11例(37.9%)であり、ARDS非発症群に比べて有意に高かった。心臓血管外科術後患者の生存群と死亡群のAPACHE IIスコアーは16.9と28.7であり、死亡群が有意に高かった。しかし、術後ARDS症例に限ると生存群と死亡群では24.0と29.6で有意差は見られなかった。つまり、重症度が高い患者ほど死亡したが、重症度とARDS発症に相関はみられなかった。
術後人工呼吸管理を必要とした食道癌術後患者は271症例(5.2%)であった。ICUにおける人工呼吸器装着期間は平均4.2日であり、ICU内死亡は3例(1.1%)であった。271例のうち急性肺障害(ALI)は2例(0.7%)ARDSは9例(3.3%)であった。ALI/ARDS群と非ALI/ARDS群のAPACHE IIスコアーは18.3と16.3、人工呼吸器装着期間は9.5日と3.9日であり、ALI/ARDS患者のICU内死亡は2/11例(18.2%)であった。
ARDS症例に対して行った人工呼吸管理では、最高気道内圧に制限を加えた換気様式を採用したのは158例(57%)であり、その際のPaCO2は45 mmH2Oであった。APACHE IIスコアは26.0、ICU死亡率は71.2%であった。 最高気道内圧の制限を加えなかった107例のAPACHE II スコアは25.2、ICU死亡率は55.8%であり、最高気道内圧を制限することによる予後改善効果は認められなかった。人工呼吸開始時の換気様式はPSV 66例、VCV101例、PCV24例、SIMV88例であった。ARDS患者に対して肺動脈カテ-テル(S-Gカテ)を使用した症例は97例、61%であり、そのICU死亡率は47.4%、APACHE II平均スコアは25.9であった。ARDS で S-Gカテを使用しなかった症例は163 例で、ICU死亡率 53.1%、APACHE II平均スコアは25.3であった。つまり、ARDS患者にS-Gカテを使用して、循環管理を行っても、生命予後に影響を与えなかった。
ARDSのリスク因子に関してはGarberが(Crit Care Med 1996;24: 687-95) Evidence-based Medicineの方法で検討した結果では敗血症、外傷、大量輸血、誤嚥、肺挫傷、肺炎、ガス吸入の順にリスク因子が上げられているが、今回の検討でもリスク因子の内訳および頻度に関しては概ね同一であった。リスク因子が敗血症の患者の死亡率は今回の調査でも79%であり、感染や敗血症を背景として発症したARDS患者の予後は極めて悪いことが判明した。
心臓血管外科術後患者では術後のARDSの発症率は低いが、発症するとその生命予後は悪化した。しかし、術後の生命予後には手術の出来や侵襲の大きさが関与することが考えられた。一方、食道癌の術後患者で術後ARDSを発症したのは9例(3.3%)であり、ARDS症例を加えてもICU死亡は全食道癌術後患者の1.1%であり、良好な成績を得た。
また、リスク因子が肺炎以外のARDS患者(216例)で人工呼吸管理中に発症した院内肺炎に関する検討では院内肺炎群と非院内肺炎群でAPACHE IIスコアでも、死亡率でも有意差は認められなかった。
人工呼吸器の換気様式に関しては近年、Permissive Hypercapnea (PHC)が推奨され、その予後改善効果が報告されているが、本調査ではStewardの報告と同様にPHCの予後改善効果は認められなかった。
重症患者にS-Gカテを挿入して循環管理を行うと生命予後が悪化するという報告がConnersによってなされているが、今回のARDS患者でも同様の結果が得られた。
我が国でもARDSに関する各種新薬の臨床治験はされてきたが、1施設当たりのARDS患者数が少ないこと、また、重症度の不均一性や施設間の治療法のバラツキのために統計学的に意味のある結果が出せていない。一方、欧米においては厳密な治験プロトコールとガイドラインに従って多施設での検討が加えられ、治療法の見直しが精力的に行われてきた。例えば、ARDS に対するステロイド、合成サーファクタント、人工肺を用いた補助循環、一酸化窒素吸入療法などは予後を改善しないとして否定された。しかし、これらの治療法の一部は我が国では今でも行われている。このことは膨大な医療費が無駄に投下されているだけでなく、逆に患者の生命予後を悪化させている可能性がある。さらに、これら実験的治療を監視する施設内倫理委員会が有効に機能していないことも懸念される。
このような事態を改善するには医療現場に疫学的(統計学的)手法を導入して、治療法の再評価を行うことである。つまり、臨床疫学(Evidence-based Medicine)や臨床決断学の導入で医療機能評価を行うことが重要である。
結論
本研究班はARDSに関する臨床疫学的検討を行った。その結果、欧米に比べてわが国ではARDS患者数は極めて少ないこと、しかし、ARDSを発症すると欧米と同様にその生命予後は依然として悪く、各種新薬や新しい治療法が提唱されてきたにもかかわらず、治療成績の向上は認められないことが推察された。また、従来は有効であると信じられてきた院内肺炎の予防策、S-Gカテによる循環管理、最高気道内圧を制限するPHCが生命予後の改善に寄与していないことが伺われた。加えて、APACHE IIによる重症度分類と予測死亡率はわが国においても採用可能であり、その標準化死亡率は救急/集中治療施設の機能評価に利用できることが判明した。今後はこの調査結果に基づいて、わが国におけるARDS治療のガイドラインを作成する作業に取り組む。

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