小児の行動発達に関する総合的研究

文献情報

文献番号
199700136A
報告書区分
総括
研究課題名
小児の行動発達に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
小林 登(中山科学振興財団)
研究分担者(所属機関)
  • 中野仁雄(九州大学医学部)
  • 小西行郎(福井医科大学医学部)
  • 渡辺富夫(岡山県立大学情報工学部)
  • 小嶋祥三(京都大学霊長類研究所)
  • 佐藤浩一(甲南女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ひとの行動を胎児期における発現から生後の変化と環境との相互作用についてさまざまな方面から総合的に明らかにすることにより胎教や育児あるいは早期教育や早期訓練などの理論的根拠を構築することを目的とした。そのためにまず、中野はひとの行動を規定し脳の高次機能と密接に関係していると思われる眼球運動のウルトラディアンリズムが子宮内ですでに存在しているかどうかを検討する。小西は胎児期から乳児期までに見られる自発運動の変化を行動観察によって調べる。さらに小嶋・河合は生直後の蘇生後の新生児の運動が重力などの環境の変化によってどのように変化するのかについて研究する。渡辺は乳児の情動の変化をどのような指標で測定することができるのかを検討し、実際のいくつかのstrange situationのなかでの情動の変化を明らかにする。佐藤は言語獲得とくに母国語以外の言語の獲得のメカニズムについて多民族社会を対象にして観察する。
研究方法
中野は在胎37週の正常胎児を24時間連続して超音波にて観察した。とくに胎児の眼球運動に注目し、その日内変動について検討した。小西は正常新生児5名を対象にして自然のまま仰臥位にして、その自発運動をビデオにて記録した。四肢(手首、肘と足首、膝)に反射テープを貼り、光を当て反射でテープが光る軌跡を記録した。記録したビデオテープの再生をし、四肢の運動の軌跡をコンピューターに取り込み、2次元行動解析装置を用いてその軌跡を統計学的に解析した。また、自発運動にみられるいくつかの運動パターンについて、アクトグラムを作成し自発運動に含まれる個々の運動パターンのレパートリーの数や持続時間、各運動との関係などの経時的変化を検討した。河合は正常新生児23名を対象に観察をおこなった。児をコット上と水中で垂直に保持し、そのときの四肢の運動を観察した。腕と指についての動作カテゴリーを用いて生起頻度・持続時間などについて定量的解析を行った。渡辺は生後3カ月児とその父母28組およびその3カ月後の6カ月児とその父母16組を選定し、乳児への語りかけのstrange situation実験を父母、父母同席での他者、母、母同席での他者、父、父同席での他者、他者のみの順で各3分間行い、その7場面での乳児と母親の心拍間隔変動を計測し、統計学的解析をした。心拍間隔計測には、マルチテレメーターシステムを用いて1msの精度で心電図波形のR波のピークを検出し、R-R間隔を計測した。佐藤は新彊・ウイグル地区へ行き、漢民族、ウイグル族、カザフ族、モンゴル族と日本人の乳児を生後3カ月から1才半まで3カ月毎に観察し、その音声をスピーチロボを用いて周波数分析や振幅等を解析し、母国語以外の言語獲得のときにどのような変化が起こるのかを観察する。
結果と考察
ウルトラディアンリズムは脳の高次機能と関係が深く、人の行動を規定するものとして多くの研究がなされている。しかし、その出現がいつどのようにして起こるかについてはまだ不明な点が多い。中野の研究では子宮内ですでにウルトラディアンリズムが見られるということが明らかになり、その指標として眼球運動が適していることを示した。しかし、この方法は超音波を用いて妊婦に24時間連続記録をするという非常に大変なものであり、症例数を増やすことは容易ではない。したがってもう少し観察時間を短くする方法を考える必要がある。さらにウルトラディアンリズムは脳障害などによって影響されることも考えられることから、胎児期の脳障害の早期発見などに有用な手段となるかも知れない。胎動がどのように変化して乳幼児の運動へと移行するのかに
ついては不明な点が多かった。今回の小西の研究では生後2カ月で劇的に行動が変化することが解った。それは自発運動のパターンが複雑から単純にそして再び複雑へとかわるというものであった。それはまた自発運動にみられる個別の運動のレパートリーの数の減少と増加としても見られた。この研究で胎動と生後の運動との連続性が明らかになった。このことは胎教やNICUにおける超早期訓練などの可能性を考える上で重要なことである。そしてそれが生後2カ月で劇的に変化することは何を意味しているのだろうか。さらに保育環境や母子相互作用などの影響を検討することも必要になると思われる。また、自発運動が正常児と脳障害をもつ児で明らかに違ったことは、脳障害の早期診断にも役立つと思われる。このことは最近 Prechtlらが報告していることと同じであるが、われわれの方法は彼らのように視覚的評価にたよるのではなく、コンピューターに入力し軌跡を書かせて評価することで、より客観的な評価をしようとするものであり診断的価値は大きい。新生児の行動は多くが先天的にプログラムされたものであるが、それでも環境の変化によって影響をうける。河合の研究では手指の活動性が児の姿勢、とくに垂直姿勢と強く関係していることが明らかになった。このことは運動系の初期発達が垂直保持などの重力情報によって反応していることを示唆するものであった。さらに研究を進めてどのような保育環境が新生児に適しているのかなど検討することができると思われる。父母同席の有無による他者とのインタラクションにたいする乳児の情動変動を生後6カ月児の心拍間隔変動を調べることで明らかにすることができるようになった。乳児の情動をどのように評価するかについてはいままで有力な方法がなく、育児指導などの場でしばしば極端な思い込みや、偏見などを生み出してきた。今回の結果でより客観的で科学的な評価ができると期待される。さらにstrange situationを増やしたり、快・不快のはっきりした刺激などを与えたりすることで、新生児の情動変化の実態を明らかにすることができると思われる。第二外国語の習得についてはさまざまな方面から興味をもたれており、早期教育も行われている。佐藤の研究はそうしたものに大きな影響を与える研究と思われる。地域情勢の悪化のために今年は実施できなかったが、できるだけ早急に研究を開始できることが必要である。
結論
育児指導や早期教育の理論的根拠はまだまだ確立されていない。それは今回のように胎児期から乳幼児期まで系統的な一貫した研究が少ないためである。こどもの行動発達は先天的に持っている能力と環境との攻めぎあいともいえる。中野、小西はそうした能力がどのように出現し、変化するのかを自然のままに観察することで明らかにしようとするものであり、河合と渡辺の研究はこうした能力と環境とのインタラクションを見ようとするものである。しかし、1年しか研究が行われていなくて充分なデーターが集まったとはいえない。研究の継続が望まれる所である。

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