老人養護施設における老人の性に関する医学的・社会学的研究

文献情報

文献番号
199700134A
報告書区分
総括
研究課題名
老人養護施設における老人の性に関する医学的・社会学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
熊本 悦明(札幌医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 塚本泰司(札幌医科大学)
  • 堀田浩貴(札幌医科大学)
  • 井上勝也(筑波大学)
  • 石井岱三(総合ケアセンター太行路)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
長寿社会に突入した本邦において、高齢者のQuality of lifeを考える立場から、最近高齢男女の性の意義や重要性に注目の目が向けられるようになってきた。そしてかつては批判的であった人々もむしろ好意的に老人の性を受け入れるようになりつつあると言ってよい。ただ一口に性と言っても肉体的・心理的な多様な問題を抱えており、ことに高齢者においてさらに複雑な要素が絡んでくる。そこで今までは殆ど研究されていなかったその老人の性問題に焦点を合わせ、我々は研究を始めている。その高齢男女が比較的社会から離れて集団生活している老人養護施設においては、特にその問題が一般社会におけるより、より浮き彫りにされている。その様な観点から我々は本研究補助金を基に、その老人養護施設を対象に調査を行った。本年度は老人養護施設における具体的なトラブルに関して、その内容を詳細に分析した。さらにラットにおける加齢に伴う性行動低下の要因を検討した。
研究方法
1.全国4,699の老人養護施設を対象に、アンケート調査を行い施設内における“性"にまつわる問題の発生状況及びそれに対する施設内staffの考え方や対応の実態などを計画的に分析検討している。1996年に第1回のアンケート調査を行い、2,013施設よりの回答を得て、その調査用紙を諸々検討し、第一段階の分析成績を報告したが、実際の調査回答内容がかなり豊富であることから、アンケート調査回答の内容をより詳細に分析しながらその知見をさらに具体的に分析した。2.実験的研究:ラットにおいて、加齢に伴う性行動低下の原因を脳内のnitric oxide synthase (NOS)陽性細胞との関連で検討した。
結果と考察
調査対象施設内の入居男子36,103人、女子100,860人の中で過去1年間に起きた性的トラブルの件数は、男子で618件、女子で334件であり、男子での件数が1.9倍多かった。このうち、直接的あるいは間接的な性的行動と関係したトラブルは男子469件、女子143件と、男子に3.3倍高かった。入居者数比から考えると、男子に9.2倍多く発生していることになる。一方、男女間の問題に関する嫉妬・中傷のトラブルに関しては男子109件、女子167件と逆に女子で男子の1.6倍の発生件数となっていた。しかし、同様に入居者数比から検討すると男子での発生件数が女子の1.8倍多かった。NOS陽性細胞数は24か月齢の高齢ラットでは著明に低下しており、この時期の性行動も明らかに低下していた。しかし、NOS陽性細胞数が3か月齢の若年ラットと大差がないにも拘わらず12か月齢ラットでは性行動の低下が顕著であった。このことから、加齢に伴う性行動の低下には脳内のNOS陽性細胞数減少以外の要因も関与していると推測された。人生80年といわれる高齢化社会に入り、生殖後の人生が生殖年齢期間の30年に匹敵する長さになって来たことから、その生殖年齢の人々のQOLに注目が集まり、その中心的要素として`性'が大きくクローズアップされてきている。しかし、今までの本邦医学のあり方として`性'はタブー視されていたため、殆ど中高年の性に関する医学的また社会学的分析資料がなく、議論が空回りしているのが現状であると言ってよい。そこで、我々は中高年男女の性の実態調査などを継続的に行っているが、高齢者の男女といえどもかなり性的関心が高いことが明らかになっている。しかし、その様に性に関心が高い高齢男女の多くは、一般の社会生活上では殆ど生活上行動を共にする機会が少なく、その様な関心を表現し、行動しうる可能性がかなり低い。ところが、老人福祉施設ではその様な高齢男女は一つ屋根の下で、集団で生活を共にすることが可能な
ことから、高齢男女が性の関心を示したり、行動としての意見を表現し易い場となりうる訳で、高齢者の性に関する行動科学的分析検討では最も適していると考えられていた。今回の老人福祉施設内における具体的なトラブルの検討結果からは、やはり性行為に関しては高齢になっても男子がかなり積極的な行動をとることが示唆された。今後は、これらの性的トラブルの内容をさらに詳細に検討すると共に、老人福祉施設内で生じた男女の新しい結びつきに、どのような具体的な障害があるかを検討すべきであると考えられた。ットの加齢に伴う性行動の低下には、多くの要因が関与していると考えられる。今回の検討では、脳内のNOS陽性細胞数との関係をみたが、加齢に伴う性行動低下には脳内NOS陽性細胞数以外の要因も加わっていると推測された。
結論
以上、現在いまだ調査進行中であるが、徐々に老人福祉施設内の高齢男女の性問題に関する興味ある資料が徐々に集まりつつあり、今後さらに分析をすすめ、高齢男女におけるQOLを中心として`性'の意義を明らかにしていきたい。

公開日・更新日

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