長期臥床に伴う治療法選択に関する研究ー特に自律神経における病態生理からの判定ー

文献情報

文献番号
199700133A
報告書区分
総括
研究課題名
長期臥床に伴う治療法選択に関する研究ー特に自律神経における病態生理からの判定ー
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
木原 幹洋(近畿大学医学部神経内科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
私たちは厚生科学研究の補助を受け、長期臥床が自律神経に及ぼす影響について系統的に研究を続けている。一連の検討で、長期臥床は交感神経α機能を非選択的に障害するが、交感神経β機能障害には選択性が見られること、このβ機能障害の有無が起立性低血圧出現に重要な意味を持っていることなどを報告した(1)。このβ機能障害の選択 性は、臥床期間や麻痺の重症度や、筋肉の萎縮程度といった臥床状態発症後の因子とのは関連は見られなかった。そこで、臥床に至る因子、すなわち基礎疾患の長期臥床に及ぼす影響に焦点をあてて検討している。本年度は末梢神経疾患として最も頻度の高い糖尿病性神経障害の自律神経機能につき検討を加えた。
研究方法
46名のインシュリン非依存性糖尿病性神経障害患者(男33、女13名)を対象とした。そして自覚症状から軽症群17例、中等症群15例、重症群14例に大別した。糖尿病性神経障害の有無は両足部に対称性のしびれ感もしくは痛みがり、アキレス腱反射および振動覚が低下しているものとした。自律神経検査法はComposite autonomic scoring scale法(CASS法)を用い総合的に判定した。CASS法は既に報告している(2)ので概略のみ記す。31名の年齢を合わせた正常者を対照群とした。まず患者を座位にし、血圧及び呼吸数の安定を確認した。右手第3指にフィナプレスを装着し血圧を連続モニターした。呼気40mmHgを20秒間させ(ヴァルサルヴァ法)、その間の血圧変化を測定した。そして、血圧変化の後期第?相及び第?相を求めた(Beat-to-beat BP)。次に、 左下腿部および足部の皮膚にカプセルを接着させ、乾燥空気を流入させた。次に測定部の近位部に10%のアセチルコリンを通電法により皮膚内に侵潤させ、カプセル内から流出する湿度変化から発汗量を求めた(QSART法)。これらの値からCASSを算出した。また腓骨神経の伝導速度及び複合神経電位を表面電極を用いて求めた。
結果と考察
Beat-to-beat BPの後期第?相の変化;軽症群、5.1±3.6(平均±標 準誤差)、中等症群、-1.6±3.1、重症群、ー14.2±4.8で対照群8.3±1.6に比べて、中等症群・重症群にて有意に対照群に比べて低下していた(P<0.01)。Beat-to-beat BPの後期第?相の変化;軽症群、14.1±2.7、中等症群、1 4.1±2.3、重症群77.5±3.2と重症群が最小値を呈していたが有意差は見ら れなかった。定量的軸索反射性発汗試験(QSART);対照群、1.5±0.11に対して、軽症群、1.1±0.12、中等症群、0.79±0.16、重症群、0.25±0.09を示し中等症群及び重症群は対照群に比べて有意に低下していた(P<0.01)。CASS;重症群、5.9±0.8、中等症群、3.7±0.5、軽症群、1.7±0.2を示していた。またCASSと腓骨神経における複合神経電位との間に有意な相関が見られた(相関係数0.42;P<0.03)。 Beat-to-beat BPの後期第?相は薬 理学的検討から交感神経α機能を、また第?相は交感神経β機能を表している事が明らかにされている。今回の私たちの結果からは、糖尿病性交感神経障害はまずα機能障害から生じ、β機能障害は糖尿病性神経障害がある程度進行した結果出現してくるものと思われた。糖尿病性神経障害はその病巣は末梢神経にあるとされている。一般に末梢神経は長いもの程障害されやすい傾向を持つ。交感神経α機能は多くを下肢末梢神経が司っているのに対して、交感神経β機能は主として迷走神経内を走行していると考えられているので、この神経の長さの差が、今回の私たちの結果で得られた交感神経α及びβ機能障害の時間的差異と反映されている可能性が示唆されるが、この証明にはさらに電気生理学的な詳細な検討が必要である。私たちは、厚生科学研究費の助成を受け、長期臥床状態となると交感神経α
機能は全症例で低下するが、β機能には症例により個人差があることを明らかにしている。この機序として、今回の私たちの結果から、長期臥床患者のβ機能障害の個人差が末梢神経障害の差異に起因している可能性が示唆されると思われる。しかし、さらに中枢性神経疾患との比較検討を続けていく必要がある。定量的軸索反射性発汗試験では、重症度に比例して発汗量が低下しているのが見られた。軸索反射性発汗試験は交感神経節後線維だけで行なわれる自律神経機能検査である。従って、今回の私たちの結果は、糖尿病性神経障害に見られる交感神経障害は末梢神経障害がその主なる原因病巣であること、糖尿病性神経障害では、交感神経α機能ばかりなく交感神経ムスカリン機能を障害されていることを示している。私たちは、長期臥床患者では、交感神経ムスカリン機能は交感神経α機能同様に全症例で低下していることを明らかにしているが、病態生理の共通性が強く示唆されて興味深い。糖尿病性神経障害では、下肢における複合神経電位の低下が報告されているが、今回の私たちの結果は従来の報告を支持するものと考えられた。今回の検討結果の中で特筆すべきことは、下肢腓骨神経の複合神経電位と自律神経障害の程度(CASS)の間に有意な相関を認めたことである。腓骨神経における複合神経電位は末梢神経の中の大径有髄神経軸索機能を表している。一方、自律神経機能は無髄神経の中の軸索機能を表している。従って、今回の私たちの検討で、両者の間に有意なる相関が見られたと言うことは、糖尿病性神経障害の障害進展様式は、末梢神経における有髄線維と無髄線維という種類の選択性ではなく、末梢神経の髄鞘と軸索の構造における選択性によっている可能性が示唆された。糖尿病性神経障害発症の原因の一つとされているポリオール代謝経路の鍵酵素であるアルドリダクターゼが髄鞘には存在するが、軸索には存在しないとする報告は私たちの今回の結果を生化学の面から裏付けるものと考えられた。
結論
今回の私たちの検討結果から、糖尿病性神経経障害の初期では交感神経α機能障害が生じ、病気の進行とともにβ機能障害が生じてくることが明らかになった。さらにこの障害は電気生理学的検討結果と比較することにより末梢神経軸索障害によっていることも判明した。この結果を用いて長期臥床患者における自律神経障害を説明してみると、次のの様な仮説が考えられる。長期臥床は四肢の筋肉の萎縮を来す→四肢筋肉の萎縮は筋肉内血管床の減少を来す→筋肉内の血管床の減少はそこに分布している交感神経α機能障害を生じる(ここまでは、全症例に見られる)。ところが、この時点でβ機能が正常ならば、α機能障害をβ機能で補おうとする代償性反応が生じるため、起立時などに動悸などは自覚するも大きな症状としてはまだ見られない。ところが、さらに何らかの末梢神経軸索障害が加わると、このβ機能も障害される結果となり、起立性低血圧などの著しい循環障害が出現することになる。この仮説の証明には中枢神経疾患ではβ機能障害が生じにくいことをさらに明らかにする必要がある。
補記=本研究の詳細は、Comparison of electrophysiology and autonomic tests in sensory diabetic neuropathyとしてClinical Autonomic Reserch,1998年(印刷中)に発表 した。

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