脂肪過剰摂取による肥満や糖尿病の発症機序に関する研究

文献情報

文献番号
199700125A
報告書区分
総括
研究課題名
脂肪過剰摂取による肥満や糖尿病の発症機序に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
江崎 治(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
糖尿病患者に推奨される食事は、いまだに見解が一致していない。インシュリン非依存型糖尿病(NIDDM)患者には飽和脂肪酸が少ない食事が推められてきたが、飽和脂肪酸を一価不飽和脂肪酸または炭水化物に置き換えた食事が糖尿病患者にとってよいかどうかについては明らかではない。
最近のヒトにおける研究では、高炭水化物/低脂肪食を摂取すると肝臓でのVLDL中性脂肪の合成や分泌が促進されて、空腹時や摂食後の中性脂肪値は上昇することや、ウサギにおいての研究ではオレイン酸に富んだLDL分子は酸化を受けにくくなっていたことが明らかとなり、動脈硬化を防止するのではないかと考えられている。このため、一価不飽和脂肪酸に富む食事が高炭水化物食に代わる好ましい食事として推められてきている。
しかし高一価不飽和脂肪酸食を多く摂取することが他の脂肪酸と同様に、肥満や糖尿病を生じるかどうかについては不明である。このため一価不飽和脂肪酸を多く含んだ油脂を糖尿病患者に使うことは一般的にはひかえられている。一価不飽和脂肪酸は酸化LDLに起因する動脈硬化は防ぐかもしれないが、他の脂肪酸と同様に肥満によってインスリン抵抗性が起こり、それが糖尿病や動脈硬化を引き起こす可能性があると考えられるからである。
一方、C57BL/6Jマウスは比較的短期間の高脂肪食投与により、耐糖能悪化と内臓肥満を起こしNIDDMに似た状態を生じさせることができる。このNIDDMモデルマウスでは、高炭水化物食投与群と比較した場合、n-6系脂肪酸を多く含んだ高脂肪食投与群は高血糖と肥満を引き起こすということが明らかになっている。そこで本研究では、このNIDDMモデルマウスにおける一価不飽和脂肪酸食摂取による肥満と糖尿病の影響を調べた。
研究方法
マウスは各群5~6匹の3群に分けた。炭水化物63%・タンパク質26%・脂 質11%から成る高炭水化物食群、炭水化物14%・タンパク質26%・脂質60%の オリーブオイル群、またはトリオレインから成るトリオレイン群で17週間飼育した。エネルギー摂取量・体重・血中インシュリン・トリグリセリド・コレステロール・非エステル脂肪酸(NEFA)値は16~17週飼育後に測定し、経口糖負荷テストは15週目に行った。またエネルギー摂取量・フン中の脂肪の測定・脂肪の腸管吸収率・体重は、この実験の期間内において継続的に測定した。飼育終了後、頚髄脱臼にて屠殺し、子宮傍の白い脂肪組織(WAT)と肝臓そして骨格筋を採材し、脂質等の分析に用いた。
結果と考察
各群間の平均エネルギー摂取量は統計的にみて差はなかった。1日あたりのフン中の総脂質は、高炭水化物食群に比べて高オリーブオイル食群・高トリオレイン食群の両群でわずかに増加していたが、摂食量とフン中脂質より算出した小腸での脂質吸収率より経口摂取した脂質の大部分が吸収されており、いずれの群においても脂質吸収に阻害は生じていなかった。高オリーブオイル食群と高トリオレイン食群では、高炭水化物食群と比較して体重が25%増加した。また体重の変化と同様に、双方の高一価不飽和脂肪酸食摂取群に子宮傍白色脂肪組織(WAT)の湿重量の増加がみられたが、肝臓重量の増加は高トリオレイン食群にのみ観察された。
15週目において、双方の高一価不飽和脂肪酸食群では高炭水化物食群と比較して、空腹時と経口糖負荷後30分・60分の血糖値は有意に高くなっていた。各群間において空腹時と摂食後の血中インスリン値に大きな変化はみられなかった。一方、高炭水化物食群と比較して、空腹時と摂食後の血中の中性脂肪値は双方の高一価不飽和脂肪酸食群で減少し、空腹時と摂食後の総コレステロール値はわずかに増加していたが、NEFAの値は3群間で変化はなかった。
組織中の中性脂肪値は腓腹筋において高炭水化物食群と比較して、高オリーブオイル食群と高トリオレイン食群の中性脂肪値はそれぞれ1.7倍と1.4倍に増加したのに対し、大腿四頭筋ではそれぞれ1.8倍と1.5倍に増加していた。肝臓では、高オリーブオイル食群と高トリオレイン食群の中性脂肪値はそれぞれ1.4倍と2.4倍に増加した。また、FASとACCmRNA量は高炭水化物食群と比較して、高オリーブオイル食群はわずかに低下していたが、高トリオレイン食群では増加していた。一方ACSmRNA量は、高炭水化物食群と比較したとき、高オリーブオイル食群・高トリオレイン食群ではそれぞれ1.6倍と1.5倍と高くなっていたが、それらに有意差はなかった。
マウスにおける本研究では、高炭水化物食と比較して高オリーブオイル食と高トリオレイン食という2つのタイプの高一価不飽和脂肪酸食をC57BL/6Jマウスに自由摂取させると、肥満と高血糖が発症することが明らかとなった。したがって、等エネルギーの状態のもとでも高一価不飽和脂肪酸食摂取群が、結局肥満と糖尿病を発症することを示している。
高オリーブオイル食群と比較して高トリオレイン食群は肝臓において多量の中性脂肪蓄積を起こし、FASとACCmRNA量が増加していた。以前から飽和脂肪酸や一価不飽和脂肪酸とは違い多価不飽和脂肪酸はFASやACCmRNA量を減少させることは知られていることより、 高トリオレイン食によりFASやACCmRNA量が増加したのは、高トリオレイン食の多価不飽和脂肪酸の含有量が比較的少ないことに起因すると考えられる。したがって、FASやACCmRNA量の増加が肝臓への中性脂肪蓄積を起こりやすくするのかもしれない。しかし、多価不飽和脂肪酸含量の多い高サフラワーオイル食摂取群を高炭水化物食摂取群と比較した場合、FASとACCmRNA量は減少するが肝臓の中性脂肪蓄積は増加する。よってFASとACCmRNA量の増加は、高脂肪食による肝臓での中性脂肪蓄積を引き起こす直接の原因とはなり得ないと考えられる。一方、双方の高一価不飽和脂肪酸食群においてACSmRNA値が高くなっていたことより、このことが原因で肝臓に中性脂肪蓄積を起こす可能性もある。また空腹時と摂食後の血中NEFA値は、双方の一価不飽和脂肪酸食では増加しなかったので、肝臓の中性脂肪蓄積の増加が肝臓への細胞外からの脂肪酸の流入が増えたことによるものではないと考えられる。高一価不飽和脂肪酸食によって糖尿病が引き起こされるメカニズムについては、肝臓における中性脂肪蓄積の増加がグルコース産生を増加させたためなのか、骨格筋での中性脂肪の蓄積がインスリン抵抗性を引き起こすためなのか、また腹腔内の脂肪の増加によるためなのか、様々な原因が推測されるが明らかではない。
しかし、近頃推められている高一価不飽和脂肪酸食は、肥満や糖尿病になる可能性があることを本研究の結果は示唆している。
結論
生活習慣病を防止するために、高一価不飽和脂肪酸食は高炭水化物食にかわる好ましい食事として推められているが、一価不飽和脂肪酸食を多く摂取することが他の脂肪酸と同様に肥満や糖尿病を起こす原因になるかどうかはまだわかっていない。この点を明らかにするために、高脂肪食によって肥満や糖尿病を起こすC57BL/6Jマウスに、総エネルギーの60%の高一価不飽和脂肪酸食として、高オリーブオイル食または合成高トリオレイン食を4カ月間与えた。その結果、高炭水化物食に比べてエネルギー摂取量と脂肪吸収においては3群間で有意な変化はみられなかったが、高一価不飽和脂肪酸食では2群とも高血糖と肥満、肝臓と骨格筋に中性脂肪の蓄積がみられた。これらのデータは、最近推奨されている高一価不飽和脂肪酸食が肥満や糖尿病を引き起こす可能性を示している。

公開日・更新日

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