わが国における高齢者の痴呆の出現頻度とアルコールのその発症におよぼす影響に関する疫学的研究

文献情報

文献番号
199700124A
報告書区分
総括
研究課題名
わが国における高齢者の痴呆の出現頻度とアルコールのその発症におよぼす影響に関する疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
伊藤 隆(愛知医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 豊嶋英明(名古屋大学)
  • 橋詰良夫(愛知医科大学)
  • 岡本和士(愛知県立看護大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の高齢者の人口は増加の一途を辿っている。これに伴ってさまざまな社会的な問題が生じているが、なかでも痴呆性老人の増加は本人のみならず、社会や家庭に大きな負担をかけるという点でも極めて重要な問題である。高齢期におけるQOLを高く維持するためにも、老人性痴呆の克服は大きな社会的課題である。本研究は、高齢者にしばしば見られる痴呆の発生要因を明らかにするため、近年、摂取量が増加し続けているアルコール摂取の関連を主眼において、その背景となった危険因子を解明し、得られた知見を駆使して、高齢者の痴呆を予防し、心身ともに充実した高齢期を実現するための方法論を提供するために行った。平成9年度においては、痴呆発生関連要因をprospectiveに解明することを目的に某養護老人ホームの入居者をコホート集団とし、各種のベースラインデータを得た。本研究は、平成9年度が初年度であるが、今後ともこれを持続維持し、長期縦断的に痴呆患者の出現、その予後と発症に関わる因子について分析する。
研究方法
愛知県A市の某養護老人ホームの入所者を対象とした。コホート設定時の入所者数は73名(男35名、女38名)であり、平均年齢は77.3歳(61~93歳)であった。痴呆の発症に関するコホート研究のベースラインデータとするため、まず、アルコール摂取の状況調査を含む詳細な問診を行った。問診に当たっては、対象者一人ひとりに面接し、聞き取り調査を実施した。問診の調査項目は、「健康状態・現病歴」「入院歴・手術歴」「自覚症状」「ADL・日常生活」「嗜好」「食習慣」「性格」「既往歴・家族歴」「その他」である。今回は、「ADL・日常生活」および「嗜好」 のうち、「アルコール摂取状況」について横断的な分析を試みた。さらに、痴呆と各種検査成績との関連についての基礎データを得るため検査を実施した。検査の項目は、体格(身長、体重)、血圧、血液生化学的検査(血清脂質、肝機能、尿酸など)、アルコールに関しては、アセトアルデヒド脱水素酵素、さらに痴呆関連物質として知られている血中APOEの多形性等についても測定した。これらに加え、改訂版長谷川式知的機能判別テスト(HDS-R),Mini-mental-state examination(MMSE)によるスクリーニングを実施した。また、神経内科認定医による神経学的検査を行い、痴呆の有無、パーキンソニズム、脳血管障害後遺症、その他の神経学的異常所見について判定した。画像については、頭部CT、MRI の撮影を行い、脳の萎縮、側脳室の拡大、基底核のetat lacunaire,etat crible,白質のperiventricular leukomalacia、leukoaraiosis、梗塞巣について検討を行った。以上の基礎データを基に、将来の痴呆発生との関連を分析する。
結果と考察
「ADL と日常生活」については、「歩行」「衣服の着脱」等の日常生活に支障のあるものはほとんどみられなかった。一方「テレビをよく見る」「新聞を読む・読書をする」者の割合は男にやや多い傾向にあった。また、「手指をよく使う」「物忘れや置き忘れ」等はやや女に多い傾向があった。「アルコール摂取」については、男では回答した32名のうち、「飲む」と答えたもの13名(40.6%)、「やめた」と答えたもの9名(28,1%)「飲まない」と答えたもの10名(31.2%)であった。女では、35名のうち、「飲む」と答えたものはなく、「やめた」が6名(17,1%)、「飲まない」が29名(82,9%)であった。「飲む」あるいは「やめた」と答えたものは男で32名中22名(68.8%)、女で35名中6名と(17.1%)であり、男に有意に高かった(p<0.001)。以上のほか、「飲み始めた年齢」「飲酒をやめた年齢」「飲酒の頻度」「飲
酒量」等について調査した。血液生化学的検査では、γ-GTPの平均値は男で、一方総コレステロールの平均値は女で有意に高かった。HDS-RとMMSEの平均値は男女間で有意差がなかった。しかし、MMSEが20点以上の者の割合は男(65.4%)に高い傾向があった。APOE表現型については、全体でE3/3の割合が71,2%と最も高く、次いでE4/3の19.7%であった。神経学的診察は62名について行われた。痴呆が疑われるものが3名、パーキンソニズムが3例みとめられた。その他、脳血管障害によると考えられる神経学的異常、変形性頚椎症によると考えられる四肢の深部反射の亢進や歩行障害、外傷の後遺症による神経症状、不随意運動などの神経学的異常所見を認めた。残りの43名はほぼ正常と判断された。CTとMRIともに検索されたのは49例であった。脳回の萎縮、脳室拡大、血管障害性の白質病変等が認められた。小梗塞であるetat lacunaireは、基底核を中心として19例に認められた。血管周囲腔の拡大を示すetat cribleは、程度の差はあるが、ほぼ全例で認められた。
「ADLと日常生活」と痴呆発生の関連については、岡本らが、愛知県某町でコホート内症例対照研究を実施し、「手指の使いにくさ」「日常話す機会がない」等の痴呆発生の有意の関連を見ている。今後本研究でのデータが蓄積された後に、岡本らの成績との比較をするなど、今後の痴呆発生との関連性を分析していく。アルコールと痴呆の発生の関連を見る場合、アルコールの量と飲酒期間を把握することが重要である。本研究では、「飲酒の有無」「飲酒開始年齢」「飲酒をやめた年齢」「飲酒頻度」アルコールの種類別の「飲酒量」を調査した。今後、これらの飲酒データを基礎に、他の基礎データと合わせ、将来の痴呆の発生との関連を分析する計画である。痴呆の評価の指標としてHDS-RとMMSEを用いた。それぞれの調査の結果、cut-off pointである20点以上の者はHDS-Rで64.9%、MMSEで57.9%といずれも低かった。これらの知能機能検査は簡易なため、痴呆のスクリーニングに用いられることが多いが、今回の結果から、その結果の判断については慎重に行う必要があると考えられた。詳細な神経学的検査が行われた結果、明らかなアルツハイマー型老年痴呆や血管性痴呆と診断できる痴呆患者は認められなかった。しかし、痴呆の存在が疑われた人やその他の異常な所見が得られており、今後の経過を見る上で貴重なデータになると思われる。本研究のごとく、CTに加え、MRIまで検査した報告は少ない。その結果、さまざまな貴重な所見が得られた。これらの所見の解釈は、単年度の研究のみでは困難であるが、今後長期縦断的な調査を行うことにより、その病的意義を検討することが可能となる。
結論
老人性痴呆の発生要因の解明のため、コホート集団として設定した養護老人ホーム入所者追跡開始時の諸データを横断的に分析した。今回の調査で、問診により「ADLと日常生活」ならびに「飲酒状況」調査を実施したほか、各種検査成績の概要およびHDS-RならびにMMSEの成績について報告した。今後痴呆発生との関連でこれらの要因との分析を詳細に実施し、痴呆の発生要因を明らかにしていく。本研究では詳細な神経学的検査と画像所見の検討結果を報告した。この結果は、今後痴呆の発生・予防への貴重なデータとなるものと考えられる。これらの情報は、今後痴呆に関する長期縦断的研究を行っていく上で重要な基礎資料となると思われる。

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