視覚障害者の幻視出現機序の解明と治療に関する研究

文献情報

文献番号
199700121A
報告書区分
総括
研究課題名
視覚障害者の幻視出現機序の解明と治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
足立 直人(国立療養所多磨全生園)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
視覚障害者の幻視や聴覚障害者の幻聴など、、なんらかの感覚障害を持つ患者において失われた感覚機能に関する幻覚が生じることがある。これらの幻覚は、その感覚障害自体に加え、 日常生活能力の回復の妨げになる。 なかでも意識清明な視覚障害者における幻視はCharles Bonnet症候群(CBS)として知られている。これまでの報告は少なく、比較的稀な症候群と考えられてきた。しかし近年相次いで多数例による報告がなされるようになり、実際の発症率は、思いのほか高いことが示唆されている。
CBSにおける幻視出現機序は、恐らく他の幻覚と同様、複数の機序により生じることが考えられている。なかでも、感覚遮断による視覚記憶エングラムの解放現象と加齢に伴う脳機能の低下が指摘されている。しかし、これまで報告されたCBS症例生物学的な知見は限られている。本研究では、CBS患者の脳構造と脳内循環を測定し、幻覚出現時の脳機能とその出現機序を検討する。さらにCBS幻視の治療について、臨床報告を行う。
研究方法
対象は、CBS患者5例(男性3例、女性3例)であり、評価時年齢が76.3歳であった。全例、知的にはほぼ正常であり(MMSE;22-25/25)、精神病罹患の既往はなかった。いずれも何らかの眼疾患あるいは視力障害にひきつづき、平均71.6歳で幻視が出現した。幻視は意識清明な状態で出現し、境界明瞭な人物の顔や動物が持続的に現れた。いずれの患者においても、幻視についてなんらかの病識がみられた。幻視の頻度や持続時間は、患者の体調や時刻によって変化した。抗精神病剤、抗うつ剤、脳代謝改善剤の投与で幻視に変化は生じなかった。
次に神経放射線学的検討として、MRIおよびSPECTを実施した。 1)MRI: Siemens社製1.0tesra によるMRI検査(T1; 570/12, T2; 4200/99)を実施した。画像は、水平断[canthomeathal (CM) lineに平行に6mm厚]と冠状断[側頭幹に直角に6mm厚]で作成した。前頭葉、側頭葉内側、側頭葉外側、頭頂葉、後頭葉について、視察的に4段階評価(正常、境界、軽度萎縮、中等度萎縮)を実施した。 2)SPECT: 全例意識清明で幻視出現時に、SPECTを実施した。 経静脈的に111MBqの123I-IMPを投与し、Siemens社製MultiSPECT3を用いて、撮影を行った。画像は、水平断[canthomeathal (CM) lineに平行に2.9mm厚]と冠状断[側頭幹に直角に2.9mm厚]で作成した。得られた画像は、前頭葉、側頭葉外側、側頭葉内側、頭頂葉、後頭葉、視床、線状体7部位のそれぞれ両側について、視察的に3段階評価(減少、正常、増加)を行った。
結果と考察
1) MRI:全般に脳容量自体は年齢に比較してよく保たれていた(特に前頭葉)。もっとも3
例では、軽度の脳萎縮(側頭葉内側と後頭葉、頭頂葉と後頭葉、側頭葉と頭頂葉および後頭葉)が認められた。また4例では脳室周囲白質に多発性小梗塞巣が認められた。
本報告同様、これまでの多くの報告でもCBS患者において著しい脳器質変化は認められていない。とくに明らかな痴呆症例とは異なり、前頭葉や側頭葉での萎縮は目立たないことは特筆する必要がある。いっぽう多発性小梗塞巣は、高齢者によく見られる所見であるが、CBS患者においてもなんらかの循環障害が生じていることを示唆している。またこのことは、若年視力障害者にCBSが少ないことの説明にもなろう。
2) SPECT: 5例中4例で外側側頭葉の血流増加を認めた(2例は左側、1例は両側、1例は右側)。さらに全例で1側あるいは両側視床の血流増加と1側線状体の血流増加を認めた。1例で左前頭葉の血流低下、またもう1例で右頭頂葉の血流低下を認めた。いずれの症例においても、後頭葉の血流に著変を認めなかった。
上記の知見は著者の以前報告したCBS1例における所見とほぼ同様の結果であった。これらの領域は視覚機能に関連する脳内の広範なネットワークの1部を形成している。さらにこうした脳血流は患者の状態により変化する。それぞれの症例において、幻視の出現時間や持続時間が異なるのは、そのためと考えられる。またこうした所見をCoganの解放現象仮説に当てはめると、血流上昇により神経脱落のある高齢者の脳皮質における脱抑制が促進され、幻視が出現する可能性が考えられる。
これまでにCBS症例における後頭葉の血流低下の数例の報告があるが、いずれも検査時の幻視の状態の記載がなく、幻視との関連が不明である。今後さらなる知見の蓄積が必要であろう。
3)治療: 各患者において、抗精神病剤(haloperidol, resperidon)、抗うつ剤(imipramin, clomomipramin)、脳代謝改善剤(の投与を試みた。幻視は一時的に変化するものの、年余にわたり出現し、難治な経過を辿った。幻視は精神病や明らかな痴呆症状ではないことを説明し、患者の不安は軽減した。そのさいにsulpirideおよびbenzodiazepine系マイナー・トランキライザーを併用した。また日常生活能力を落とさないように指導を続けた。
結論
5例のCBS症例における臨床所見とMRIおよびSPECT所見を記載し、幻視の出現機序について考察を行った。臨床症状は、いずれの症例も高齢で視力障害に引き続き、意識清明で痴呆や精神病のないときに、境界明瞭な複雑幻視を生じており、CBSの中核的一群と考えられた。MRI所見は、全般に脳萎縮は目立たず、特に前頭葉の容積は保たれていた。一方、多発小梗塞巣の存在はなんらかの循環障害を示唆する。また幻視出現時の123I-IMP SPECT所見では、側頭葉外側、線状体、視床における血流増加を認めた。これらの視覚関連領域の広範な血流障害が幻視の出現に関わっているものと考えられた。向精神薬のCBS幻視に対する効果は少なく、患者の不安にたいしては精神安定剤と支持的アプローチが有効と思われた。

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