新薬の有効性・安全性評価のためのヒト肝組織・細胞の利用法に関わる研究

文献情報

文献番号
199700086A
報告書区分
総括
研究課題名
新薬の有効性・安全性評価のためのヒト肝組織・細胞の利用法に関わる研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
大野 泰雄(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 佐藤哲夫(霊長類研究所)
  • 山添康(東北大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
薬物のヒトでの有効性及び安全性を評価する上で動物実験は欠かせない。しかし、ヒトと動物との間には大きな種差が存在し、ヒトへの外挿を行う上での障害となっている。動物で十分検討したはずの医薬品の開発がヒトでの試験で思わぬ結果をもたらし、中断してしまうことが多くある。一方、最近の研究によれば、この差の多くは薬物の生体内動態、特に肝臓での薬物代謝活性の相違に起因することが明らかになっている。従って、ヒト肝臓あるいは肝に由来する標本を利用した代謝試験を行うことが可能ならば、医薬品の開発やその適切な評価の促進が期待される。また、第一相臨床試験で初めてヒトに薬物を投与する際に志願者の安全性を確保する上でも、予めヒト由来肝臓で試験し、動物と比較しておくことが重要である。なお、FDAも最近、薬物相互作用の検討にヒト肝組織を用いた検討が有用であるとガイドラインのなかで示している。
そこで、本研究ではヒト組織を用いた試験の医薬品評価における意義について実験的に検討するとともに、わが国におけるヒト肝臓を用いた試験を行うに当たっての基本的な問題、即ちヒト肝臓の供給、保存、利用及び倫理の問題を文献的に検討し、整理するものである。
研究方法
Medlineにより動物の肝組織の保存法に関する文献及びヒト組織の倫理に関する文献を検索し、必要と思われる文献を収集した。また、日本の組織培養学会や産婦人科学会、米国のThe International Institute for Advancement of Medicine (IIAM)及びThe National Disease Research Interchange (NDRI)の作成したヒト組織の利用に関わる資料を入手した。また、各国の法律、ガイドラインについてはHAB協議会が独自に収集した。
肝薬物代謝活性の保存による影響の検討はラット及びNDRIから供給されたヒト肝臓からミクロソームを調製し、液体窒素中で凍結後、主に-80℃のフリーザー中に凍結保存した。ヒト肝薬物代謝活性の個体差については、28個体より調製したヒト肝ミクロソームを用い、8つのP450分子種(CYP1A2, CYP2A6, CYP2B6, CYP2C19, CYP2D6, CYP2E1, CYP3A4, CYP4A11)のそれぞれについて特異性の高い基質を用いて検討した。
結果と考察
ラット肝臓ブロックや肝ミクロゾームの薬物代謝活性は凍結により若干活性の低下が認められるものの、また、CYP1A2/2E1のように低下しやすいものもあるが、肝臓は液体窒素中に、肝ミクロゾームは-80℃で保存すれば長期間安定である。なお、保存の影響はP450分子種や基質により異なっている。ヒト肝ミクロゾーム分画のP450分子種特異的な基質の代謝活性値は大きな個体差があり、その現れ方は分子種毎に異なっていた。これは新規薬物の代謝における特性の評価に、代謝能を明確した標準化ミクロソームによる代謝の測定と比較が重要なことを示している。
欧米では研究目的へのヒト組織利用が長く行われており、法律や規制、ガイドライン等が整備されている。例えば、米国ではOPRR Reports (NIH, PHS, HHS), Protection of Human Subjects, Code of Federal Regulations 45 CFR 46, Revised as of March 8, 1983においてヒトに関する研究を審査するためのIRBの役割、構成、及び運営方法について詳細に規定している。また、IRBの承認の基準やインフォームドコンセントの一般的要件についても定めている。死後あるいは死に際してヒトの体の全部あるいはその一部を提供することに関しては、Uniform anatomical gift act (1987)において規定されている。この法律によれば、18才以上の者は移植や治療、医学・歯学教育、研究、また、医歯学の進歩のためにその体の全部あるいはその一部を提供できる。提供者の意志は本人により署名された文書、本人の指示あるいは本人の同席の基で代理人により署名された文書、及び提供者の自動車運転免許書に同封された文書あるいは印刷された内容により確認される。また、臓器の摘出に関する手続き、臓器を受け入れることのできる者、提供者の権利について規定している。なお、死後に摘出した臓器は販売してはならないが、摘出や加工、保存、品質管理、輸送、移植に関わる適切な費用の支払いを認めている。
英国ではThe human tissue act 1961により、死者の体の一部を治療や医学教育・研究の目的及び死後の調査に使用することに関する事項が規定されている。これによれば、いずれの者も文書により、または死に望んで二人以上の証人のもとでの口頭により、上記の目的のために臓器摘出を表明した場合は、その体の相続者は合法的にその臓器を上記の目的のための摘出を許すことができる。但し、配偶者や親類が反対していない場合にそのようなことが可能である。
日本では死体解剖保存法では死体の全部または一部を標本として保存することについて遺族の承諾条件などの一定のルールが定められている。また、角膜及び腎臓の移植に関する法律では摘出しながら移植に用いなかった眼球や腎臓、角膜の処理は「焼却しなくてはならない」と規定されている。また、昨年公布された臓器移植法においても、移植の目的に使用されなかった臓器は焼却することとされており、医学教育・研究のための流用はできない。
学術研究におけるヒト組織や体液の取り扱いに関するガイドラインについてはNDRIが1987に作成したものが有用である。これによれば、危険な感染源を有する組織は研究者に分配されることは無いが、すべてのヒト由来の組織や組織産物、体液はエイズやB型肝炎のようなビールスに感染している可能性がある者として取り扱われなくてはならない。ガイドラインではヒト組織の取り扱いに関する基準を以下のように要約している。
・組織や体液を取り扱う時は常に手袋を使用する。・研究室内では常に研究室用の衣類をきる。・研究室内では喫煙、飲食、化粧を行わない。・汚染された手袋で清浄な表面や物質、機器を取り扱わない。また、自分の皮膚に触らない。・機械的なピペッティング器具を用い、決して、口でピペッティングしない。・感染する可能性のある液体を移動するために針を持つ注射筒の利用を避ける。・エアロゾルや水滴が出るような操作は避ける。このような場合は外とは遮断された容器中で行う。・試料をこぼした場合や作業が終了した場合には次亜塩素酸ナトリウム溶液(家庭用の漂白剤の1:10)で作業面の汚染を除去する。・廃棄の前に汚染された可能セイルある物質全てを滅菌する。・研究室から離れる前に手袋や研究室衣類を廃棄し、手を洗う。
わが国における臓器の摘出に関しては、犯罪捜査のための検証の一方法としての身体検査を除けば患者の意志に従うものであるが、胎盤や臍帯、卵膜その他の産物等の取り扱いについては東京都等の7つの自治体が特別の条例を持っているが、医療行為と結びついた問題について細か規定せず、医療人に任せているところが多い。これは「プロフェッションの自由は人権を内在的規律としている」ことを前提にしていることによる(唄 孝一、1985)。
取り出した臓器については法律的に物と考える場合もあるが、昭和25年2月2日の厚生省の通知では「手術等により生体から分離された肢体の一部、または流産した4月未満の死胎等の保存その他の処理に関しては、現行法上特別な規定がなされていないので、一般の社会通念に反しないように処理されれば差し支えないと考える」としている。一方、人体から離れた体の一部が財産的価値を有する物であるとともに人格権の対象にもなるという説もある。従って、単に物として市場原理に従った流通に対しては問題が起こる可能性がある。唄氏は「一片の臓器、一片の肉片は科学者にとっては単なる物、時には物以下かであるかもしれないけれども、それが医療の一環として、あるいは医療の事後処理として行われているという中において、今対象としているその死体の逆の延長線上には、生活史を持った一人一人の個体としての人間(本人と遺族)が連なっているということをお考えいただきたい」と述べている。
英国におけるヒトの組織に関する倫理及び法律上の問題については、ヒト組織の定義からヒト組織の由来、使用方法、取り扱いに関しての倫理上の原則、法規制についての検討の詳細と結論と勧告に至る、詳細な内容がNuffiel council on bioethics、Human tissue ethical and legal issuesにまとめられている。
結論
肝臓及び肝ミクロゾームは凍結により若干活性の低下が認められるものの、肝臓は液体窒素中に、肝ミクロゾームは-80℃で保存すれば長期間安定である。ヒト組織の利用に関わる法律や倫理に関しては欧米においてかなり整備されている。なお、臓器を摘出する際の本人以外の同意の必要性について英米で差が認められた。

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