帯状疱疹ウイルス再活性化にともなう疱疹後神経痛のウイルス病理学的解析

文献情報

文献番号
199700078A
報告書区分
総括
研究課題名
帯状疱疹ウイルス再活性化にともなう疱疹後神経痛のウイルス病理学的解析
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
岩崎 琢也(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 村木良一(国立霞ヶ浦病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 平均余命の延長とともに、体内に潜伏しているウイルスの再活性化による疾病の頻度は増加している。帯状疱疹もその例外ではない。帯状疱疹自体は1-2週の臨床症候をもたらす疾病であるが、この発症にともなって生じる疱疹後神経痛は数カ月以上におよぶ長期間の激しい疼痛をもたらし、宿主の健康ならびに精神状態に著しい影響を及ぼし、鬱病の発症を二次的に誘発したりすることもある。現在、抗ウイルス剤の開発により、発症後早期の治療によりある程度この病態の発症が予防できるようになりつつあるが、未だに多くの患者がこの疾病により苦しんでいる。
本研究では、神経病変と疱疹後疼痛の因果関係を明かにし、その発症における脊髄後根神経節ならびに末梢神経病変の役割が解明することを目的とする。
研究方法
【臨床検体の検討】
1. 種々の病期にある帯状疱疹の病変部より皮膚生検を行う。これらの症例の臨床歴を解析する。生検組織標本を作製し、薄切標本をHE染色・ KB染色し、形態学的変化を検討する。S100染色ならびにneurofilament染色を行い、神経線維ならびにSchwann細胞の細胞質の変化について検討した。
2. 種々の年齢層の剖検例から後根神経節の採取する。これらの臨床歴を解析する。
組織標本を作製し、薄切標本のHE染色上での形態学的変化を検討した。
【ウイルス病理学的検討】
1. 水痘帯状疱疹ウイルス前初期遺伝子 ORF63がコードする蛋白を大腸菌に融合蛋白として発現する。精製した蛋白をウサギに免疫し、抗体を作製した。
2. 生検・剖検組織切片上でウイルス抗原ならびに前初期抗原を検討した。
3. 組織内のウイルスゲノムとその転写産物の分子生物学的 (in situ hybridizationを含む) 解析した
4. 神経節内ならびに末梢神経束の総括的解析と臨床像との相関の解析。
結果と考察
 帯状疱疹の皮疹から採取された70生検検体を形態学的に病初期と極期以降に区別した。前者は紅斑期と水疱初期を、後者は混濁水疱期、膿疱期、潰瘍期とした。これらの生検組織のHE染色標本で、真皮内に神経束を観察することができた55例において、神経病変について検討した。その結果、紅斑期13例と水疱初期8例の病初期ではミエリンの断裂あるいは凝集がみられなかった。一方、混濁水疱期11例、膿疱期15例、潰瘍期8例の極期以降の病変ではそれぞれ2例、4例、5例に認めた。また、Schwann細胞のS100蛋白の染色性は病初期においても6例、極期以降では17例に認めた。また、経時的に生検を行うことができた症例では極期以降には深部の皮下組織の神経束にも変化が及んでいた。
前初期遺伝子産物に対する抗体:抗VZV ORF61ならびに抗VZV ORF63のGST融合蛋白は可溶化蛋白として発現し、容易にaffinityカラムを用いて精製した。この蛋白で免疫して得られた抗体を用いて、免疫組織学的に水疱期の帯状疱疹の皮膚病変を検索したところ、両抗体ともに病変部位の表皮ならびに真皮に抗原陽性細胞を認めた。ORF63陽性細胞数がORF61陽性細胞数よりも多く、かつその染色性も強いことより、以後の解析は主として抗ORF63抗体を用いて行うこととした。
抗ORF63抗体を用いた臨床解析:前初期遺伝子産物ORF63抗原は従来のウイルス粒子を認識する抗体ではウイルス感染を同定することができなかった紅斑期の皮膚病変にもウイルス感染細胞が存在することを明らかにした。この抗原はこの時期の真皮上層乳頭層の血管周囲に浸潤するリンパ球の核内に検出された。このリンパ球を主とする細胞浸潤は紅斑期に主として出現し、水疱期以降にはあまりみられなかった。また、紅斑期、特に初期、の皮膚病変においては表皮の変化は殆どみられず、この細胞浸潤と血管拡張が主たる変化であった。免疫組織学的にT細胞とB細胞を区別する表面抗原を認識する抗体を用いてこの浸潤する細胞を解析したところ、UCHL-1ならびにCD3抗体で陽性になり、T細胞であることが判明した。
ORF63抗原は感染早期の形態変化を示す細胞では核内に検出され、後期の変化を示す細胞では細胞質にも局在していた。紅斑期の真皮上層のリンパ球では細胞質に認められることはなかった。
末梢神経線維の解析:極期以降の神経束にはときにウイルス粒子構成抗原が検出され、分担研究者が示したミエリンの破壊を伴っていた。前初期遺伝子産物のORF63は紅斑期の神経束のSchwann細胞の核にも検出された。
剖検例より採取した後根神経節の解析:臨床的に帯状疱疹を死亡時に認めなかった症例より後根神経節を採取し、前初期遺伝子産物とウイルス粒子の免疫組織学的検出を行った。この結果、4例中2例の剖検例で、ORF63遺伝子産物がsatellite cellの核内に認められた。
VZVは水痘罹患後に後根神経節に潜伏し、何らかの機転で再活性化し、皮膚にウイルスが末梢神経を経て達して、帯状疱疹を引き起こすと想定されている。今回の解析で、紅斑と水疱初期の病初期にすでに末梢神経のSchwann細胞では変化が生じていることが判明した。この変化はS100蛋白の抗原性の低下にとどまり、おそらく可逆性の変化と思われる。一方、極期以降の病変ではミエリンの断裂・凝集等の非可逆性変化が高頻度に生じていた。帯状疱疹の皮疹治癒後に引き続きみられる疱疹後神経痛の発症機転として、このミエリンの断裂は重要な役割を果たしていると考える。この変化を引き起こす以前の治療開始が本症発症の上で重要である。
今回の解析でVZVの前初期遺伝子の1つであるORF63がコードする蛋白が感染早期に発現し、かつその量は免疫組織化学的に検出しうることが明らかとなった。この遺伝子産物が感染早期には核内に発現していることは前初期遺伝子であることを特徴つけているが、感染早期には細胞質にも見いだせることはウイルス粒子との関連も示唆しており、今後の検討が必要である。
紅斑期の真皮内に浸潤するリンパ球がT細胞であり、その中にはVZVに感染している細胞が存在することは非常に興味深い所見である。また、これらの細胞ではウイルス粒子構成抗原が検出されることは稀であり、ウイルスが細胞に侵入した際に一過性に発現している可能性が高い。
後根神経節のsatellite cellの核内にもORF63が検出されたことは、従来VZVがこのsatellite cellあるいはneuronに潜伏するかどうかの論議に重要な所見となると考える。現時点ではsatellite cellにVZVが感染することはあきらかであるが、この臨床的意義も今後検討しなければならない。
紅斑期の神経束のSchwann細胞にウイルス感染が成立し、その後、この細胞が司るミリンが破壊されていることはウイルス感染が末梢神経の脱髄に重要な役割を果たしていることが明らかである。どこまでが可逆的変化であるのか未だに不明であるが、早期の抗ウイルス剤の投与が、疱疹後神経痛の予防となることより、病初期の変化は可逆的変化であり、この範囲の病変でとどまるような治療を行うことにより、疱疹後神経痛発症ならびにその症状を軽減しうることが予想された。
結論
 帯状疱疹に伴う疱疹後神経痛が紅斑期の時期に既にウイルスの感染が成立している末梢神経束のSchwann細胞の増殖性感染に由来する可能性が示唆された。疱疹後神経痛の発症原因として、水疱期後半以降に生じてくる末梢神経線維の脱髄性変化が重要な役割をはたしていることを明らかにした。これらの結果より、VZVの再燃による重度の疱疹後神経痛を予防するにはこの末梢神経線維の破壊が生じる以前の抗ウイルス剤による治療が重要であることが示唆された。

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