高齢者の日常生活状況と身体活動能力の関係についての研究

文献情報

文献番号
199700076A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の日常生活状況と身体活動能力の関係についての研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
吉武 裕(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 国吉幹夫(南勢町立病院)
  • 岩岡研典(東京女子大学)
  • 木村靖夫(早稲田大学)
  • 野田美保子(弘前大学医療短期学部)
  • 西牟田守(国立健康・栄養研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 最近、世界保健機関(WHO)は高齢者の健康の指標として、寿命(余命)の長さより活動余命を提唱している。これは、`自分の身の始末は自分でできる'程度の生活機能の自立を目的としたものである。このような、高齢者の生活機能の自立や社会活動参加の阻害要因の1つに体力の衰えが考えられているが、どの程度まで体力が低下すると生活機能の自立や社会活動参加に支障をきたすようになるかについては明らかにされていない。
そこで本研究では、日常の身体活動レベルが低いと考えられる施設入居高齢者、地域の一般高齢者および都市部で定期的に運動を実施している高齢者と身体活動レベルの高い高齢者を対象に、高齢者の体力標準値を作成するとともに、高齢者の生活機能の自立に必要な体力レベルを明らかにし、高齢者の体力の維持・増進のためのライフスタイルについて検討した。さらに、高齢者の体力とミネラルの栄養状態との関連についても検討した。
研究方法
1.高齢者の体力評価基準作成(国吉)
農漁村地区の60~79歳の高齢者375名(男137名、女238名)を対象とした。体力測定は、脚伸展パワー、脚伸展力、握力、開眼片足立ちについて実施した。測定値の分布の正規性はカイ二乗検定によって調べた。 
2.高齢者の生活機能の自立に必要な体力レベル(吉武)
農漁村地区の60~79歳の高齢者375名(男137名、女238名)を対象とした。体力測定は、脚伸展パワー、脚伸展力、握力、開眼片足立ちについて実施した。日常生活動作遂行能力は自記式簡易問診票を作成し、それぞれの項目を点数化し評価した。
3.運動習慣のある高齢者の体力および日常生活動作遂行能力(木村)
都市部在住の60~79歳高齢女子53名を対象に、乳酸性作業閾値、脚伸展パワー、脚筋力、握力、開眼片足立ち、日常生活動作遂行能力および運動状況について調査した。
4.都市部居住高齢女性の体力の現状(岩岡)
脚伸展パワー、脚伸展力、握力および開眼片脚立ち、長座位体前屈、10m歩行テスト、日常生活動作遂行能力を測定した。
5.施設入居高齢者の日常生活動作時のエネルギー消費量(野田)
老人保健施設入居の脳卒中後遺症による片麻痺老人12名(男5名、女7名)を対象とした。仰臥位安静、坐位安静、歌、体操およびボール運動時の酸素摂取量をダグラスバック法で測定した。 
6.農漁村部高齢者の体力とミネラルクレアチニン比の関係(西牟田)
40歳以上の中高齢者632名(男233名、女399名)を対象に、随時尿のミネラルを測定した。
なお、本研究においては、日常生活動作遂行能力、脚伸展パワー、脚伸展力は統一した方法で測定した。
結果と考察
結果
1.高齢者の体力評価基準作成(国吉)
脚伸展パワー、脚伸展力、握力について、それぞれの絶対値は年齢が高くなるに従って低下する傾向にあったが、相対値(体重あたり)でみた場合は必ずしも年齢の増大に伴う低下は認められなかった。しかし、開眼片足立ちは年齢の増大に伴う著しい低下が認められた。
脚伸展パワー、脚伸展力、握力および開眼片足立ちはそれぞれの測定値の分布の正規性が認められたが、開眼片足立ちにおいては認められなかった。
2.高齢者の生活機能の自立に必要な体力レベル(吉武)
高齢者の体力レベルが高い者において日常生活動作遂行能力は優れている傾向にあった。特に、日常生活動作遂行能力と脚伸展パワー(相対値)および脚伸展力(相対値)との間に高い相関関係が認められた。
3.運動習慣のある高齢者の体力および日常動作遂行能力(木村)
運動継続者の脚伸展パワーは14.1W/kg体重で、脚伸展力は1.2kg/体重kgであった。問診より算出した運動量と体力の間には有意な相関関係は認められなかった。
4.都市部居住高齢女性の体力の現状(岩岡)
体重あたりの脚伸展パワー(両脚)の平均値は11.7W/kg体重、脚伸展力(片足)の平均値は0.52kg/kg体重(右脚)、0.50kg/kg体重(左脚)であった。
5.施設入居高齢者の日常生活動作時のエネルギー消費量(野田)
片麻痺高齢者および一般高齢者の坐位での軽運動時のエネルギー消費量を安静時との比較でみた場合、歌は安静時の約1.2倍、軽い体操とボール運動は約2倍であった。この値は健常高齢者とほとんど同じであった。
6.農漁村部高齢者の体力とミネラルクレアチニン比の関係(西牟田)
随時尿中の日内リズムの小さい指標であるカルシウム/マグネシウム比(モル比)および亜鉛/クレアチニン比(モル比)を測定した結果、明らかな経年変化は観察されなかったが、特異的に尿中亜鉛排出量(クレアチニン比)の高い住民が存在した。
考察
1.高齢者の体力評価基準作成
(1)高齢者の体力の現状
わが国においては、本研究のように多くの一般高齢者の脚伸展パワー、脚伸展力、握力および開眼片足立ちを測定した報告はないことから、今回の体力測定値は一般高齢者の値を反映しているものと考えられる。
開眼片足立ち時間の分布には正規性が認められなかったことから、開眼片足立ちの評価基準値作成についてはさらに検討が必要と考えられる。
(2)加齢による体力の変化
脚伸展パワー、脚伸展力、握力の絶対値は年齢の増加に伴い低下傾向がみられたが、相対値(体重当たりの値)では顕著な低下はみられなかった。しかし、開眼片足立ちは他の3つの体力測定項目に比べて年齢の増加に伴う低下が著しく、特に70歳を境に著しい低下が認められた。このことから、体力の低下度は体力要素によって異なることが示唆された。
2.高齢者の生活機能の自立に必要な体力レベル
(1)筋パワーと筋力
脚伸展パワーと脚筋力が高いものに日常生活動作遂行能力の総合得点が高い傾向にあった。また、脚伸展パワーと脚伸展力に優れている者は階段昇降や椅子からの起立が容易にできることが明らかになった。以上の結果から、脚伸展パワーと脚伸展力は一般高齢者の生活機能の自立の指標として有用であることが示唆された。
(2)全身持久力
一方、片麻痺高齢者と一般高齢者の坐位での軽動作時のエネルギー消費量を安静時との比較した場合、いずれの動作においても片麻痺高齢者は健常高齢者とほとんど同じ程度のエネルギー消費量の増大が認められた。このことから、今回の結果は、歩行障害のある高齢者の運動指導の際の1つの目安として利用できると考えられた。
3.ライフスタイルの体力への影響
(1)都市部高齢女性と農漁村地区高齢女性の体力の現状
都市部居住高齢者は農漁村地区高齢者より脚伸展パワー、脚伸展力はいずれも高い傾向にあった。これは、今回対象とした都市部高齢者はサークル活動や軽スポーツなどに積極的に参加している身体活動レベルの高い高齢者であったことによるものと考えられる。このことから、今後、都市部の一般高齢者男女の体力の現状を把握する必要があると考えられた。
また、農漁村部高齢女性においては日常生活動作遂行能力と体力との間に有意な相関関係が認められたが、都市部高齢女性においては認められなかった。このことから、日常生活動作遂行能力と体力との有意な関係は一定レベル以下の体力の高齢者において成立する可能性を示唆している。
(2)運動習慣の高齢者の体力への影響
運動量と全身持久力および筋力との間に有意な関係はみられなかった。身体活動(または運動)の体力への影響は運動量だけでなく運動強度も重要な要素となる。しかし、今回の身体活動量の調査においては運動強度が把握されていなかったことから、日常の身体活動状況が体力へどの程度影響するか明らかにできなかったものと考えられる。しかし、日常の身体活動量が過剰になると膝、腰などの障害を惹起する可能性があることが示唆された。
4.高齢者の体力と老化指標(クレアチニン)
40歳以上の中高年者632名(男233名、女399名)を対象に、随時尿のミネラルを測定した。随時尿のクレアチニン濃度は腎濃縮力の低下(老化)に従い低下する傾向にあったことから、さらに多くの高齢者を対象とした、体力との関連性を検討する必要性が示唆された。
結論
 農漁村部および都市部の一般高齢者(60~79歳)458名と施設入居高齢者12名(69~84歳)を対象に、高齢者の生活機能の自立に必要な体力レベル、それを評価するための高齢者の体力標準値の作成およびライフスタイルと体力の関係について検討した。開眼片足立ち以外の体力測定項目の測定値の分布にはほぼ正規性がみられた。日常生活の中で積極的に体を動かしている高齢者や定期的にスポーツ活動に参加している高齢者は、体力レベルは高い傾向にあった。一般高齢者においては、日常生活動作遂行能力と体力の間に有意な関係が認められたが、定期的に運動を実施している身体活動レベルの高い高齢者にはみられなかった。このことから、高齢者の日常生活動作遂行能力と体力の間には、体力があるレベル以上になると両者間に相関がみられなくなる天井効果が認められた。高齢者の生活機能の自立に必要な体力レベルとして、脚伸展パワーは女性で9.3W/体重kg、男性で14.1W/体重kg、脚伸展力は女性で0.8kg/体重kg、男性で1.0kg/体重kg以上必要であることが示唆された。一方、歩行障害のある高齢者においては、坐位での歌、ボールゲームなどによってエネルギー消費量を高めることが可能であった。
本研究により、高齢者の生理機能の自立に必要な体力レベル及びそれの維持・増進のためのライフスタイルのあり方についての目安が示唆された。

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