医療の質の向上に資する手法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700073A
報告書区分
総括
研究課題名
医療の質の向上に資する手法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
池上 直己(慶應義塾大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
病院医療の質向上に関するマネージメント技法としてのTQM(全組織的品質管理技法)とMQI(medical quality improvement)、TQMの小集団活動であるQCサークル活動、診療過程の標準化技法であるクリティカル・パスについての理論的検討を行う。また、各技法の実施状況の調査により、それぞれの評価・検討を行う。
研究方法
研究班を組織し1年計画で、TQM活動の活動事例を調査し、さらに、これらの事例と文献調査により、病院TQM活動の有効性と課題についての検討を行う。クリティカルパス法についての研究は、関東逓信病院において胃亜全摘術のクリティカル・パスを開発し、パス適用者と未適用者間における在院日数、患者満足度調査、バリアンスデータなどについての比較検討を行う。国立長野病院においてパス法を実際に運用している看護関係者ならびに医療情報関係者、病院会計に詳しい関係者等よりなるクリテイカルパス研究会を組織し、この研究会でブレーンストーミング方式で検討を行うと共に、パス法についての文献的考察を行った。
結果と考察
(1) TQM活動の論的検討
病院サークル活動の推進母体については、病院長や会社の方針で実施しているところと、看護部の独自の活動として実施しているところがあり、前者では活動の推進事務局を設置していることろが多い。導入に当たっては、企業や日科技連などからの品質管理の専門家を招いて講習や指導に当たってもらったところが多い。また、担当者やリーダーをTQMやQCサークルに関する研修コースに派遣して基礎知識を習得させている。外部指導者を求めず市販の参考書をもとに院内で自己研修を重ねたところもある。いずれも、すでにサークル活動を実施している病院の院内発表会や地域のQCサークル発表大会に関係者を派遣して動機付けと知識の向上を図っている。全病院型のところでは、看護婦だけでなく、事務職や検査部、薬局、栄養、掃除洗濯など、ほとんどの職場がサークル活動に参加しているが、医師の関心は低く、医局としての活動は行われていない。しかし、最近ではアドバイザーとして医師が協力する例が増えているようである。看護部の姿勢は対照的で、看護部では看護研究が別途課題としてあるためにQCサークル活動を負担と考えているところと、看護研究の一環としてQCサークル活動を行っていることろがある。病院QCサークル活動の事例報告では、QCストーリーに沿ったPDCAによる改善の手順とこれに用いられるマトリックス図法、特性要因図法、パレート図法などの基本手技が現場に浸透していることが理解された。テーマの選定に対するアンケート調査では、患者の満足度の向上を目指す「病院サービスの質」にかかるテーマが約3割を占め、病院QCサークルの導入後に見られるた変化として「患者満足意識の向上」を挙げた病院が最も多かった。このことは、病院QCサークル活動が患者本位の考え方の浸透に役だっていることを示唆する。直接的に医療の質にかかる問題は、職場・職種横断的な要因が多く、病院内システムの改定など上部管理者の医師決定を必要とすることが少ないため、TQMへの発展(関連する職場・職種で構成されるチームによるアプローチや、方針展開によって各職場・職種の中間目標へブレーク・ダウンした上でのQCサークル活動など)が今後の課題と思われる。対象患者グループごとの診療・ケアのプロセスの全体像を明らかにし、あるいは解決するべき問題にかかるシステム要因の洗い出し行えば、各職場・職種が「後工程の求める質(要求条件)」の確保に取り組むことで、業務の質(それは作業時間の短縮であったり、確実は申し送りであったりする)が医療の質と一体のものとなる。また、臨床疫学やEBMが浸透すれば、いわゆる医師のQCサークル活動が推進されるものと期待できる。
(2)TQM実施例の調査:
第2回練馬総合病院「医療の質向上活動」Medical Quality Improvement(MQI)発表大会が1997年12月20日に行われた。今年度の発表演題は14題であった。本病院のMQI活動の特色として、職員間の横断摘な連携を高め、達成感を共有する目的で、統一活動主題を設けている。昨年度の主題は「時間」、今年度は「情報」が主題であった。
実施例からの考察として、TQM活動の実施、さらには病院における諸活動の成否は、医師が積極的に活動に参加するか否かにかかっていることが分かった。病院は専門職の集団であるが、医師、看護婦や技師などの専門職種は職種に対する貴族意識は強いが、組織に対する帰属意識は希薄であり、特にその傾向が強いのが医師である。各人の価値観を尊重した上で、病院の理念展開することが重要である。
(3)クリテイカルパスの理論的背景と概念
クリテイカルパスはもともと生産工学の工程管理技法であるPERT(Project Evaluating Review Technique)のひとつの技法として米国の軍需産業や石油産業、コンピューター業界で使用されはじめた技法である。しかし、現在、保健医療界で用いているクリテイカルパスは工程管理に用いているガントチャートに類似したものである。このクリテイカルパスの基本要件は疾患別に作成された標準ケア計画表で、様式は横軸に時間軸、縦軸にケアカテゴリーを配置した2次元格子で、格子のなかにすべてのケアを網羅していること、全体の時間枠を設定すること、成果、逸脱例を記載することを条件としている。
以下にクリテイカルパス導入による臨床現場での効果を挙げる。
ア. 在院日数の短縮
全体の時間枠をあらかじめ設定することにより、時間枠内での計画的なケアが可となり在院日数が短縮される。
イ.コスト削減
在院日数の短縮に伴ってケアに要するコスト削減につながる。
ウ. 患者満足の向上
あらかじめクリテイカルパスを患者に提示することにより、治療への参加意欲が高まり患者満足が向上する。
エ. ケースマネージメントの向上
ケアに関わるすべての職種が作成にかかわるので運用にあったては、合理的
な疾別のケースマネージメントをおこなうことが出来る。
オ. 職員教育
新人の職員教育手段として最適である。
カ. 診療録の改善
あらかじめケア項目が記載してあるので診療録には実施のチェックとサインと例外項のみの記載ですむようになり記載容易となる。
キ. 逸脱例(バリアンス)の利用による業務改善
工程の標準化により逸脱例(バリアンス)が顕在化する。これらバリアンスを集計し原因分析をおこなうことで業務改善につながることが期待される。
ク. 疾患別管理会計への応用
ケアに関するすべての項目が網羅してあるので費用計算が容易、このため疾患別経常収支等の管理会計への応用が期待される。
今後はさらに電子化への期待
ア. オーダリングシステムとの接続
電子化によりオーダリングシステムと接続して電子化クリテイカルパス上でのオーダーが可能となる。
イ. 電子カルテへの期待
電子カルテの経過記録としてクリテイカルパスのフォーマットが使用されることへの期待がある。
ウ. データーベース化への期待
電子クリテイカルパスの情報をネットワークで結び、データーベース化すれば疾患別の最良の結果をもたらす資源の配置や分析が容易となり疾病管理に役立つと考えられる。
エ. 病院マネージメントに与える影響
クリテイカルパスのように疾病別にマネージメントをおこなうのが今後の病院マネージメントのあり方であろう。このため機能別マネージメントから疾病単位別の病院マネージメントのあり方をクリテイカルパスは促進する可能性がある。
(4)関東逓信病院におけるクリティカル・パスの評価
クリティカル・パスにより診療プロセスの分析を行うためのバリアンスデータの集積・評価が可能であることにより、診療プロセス毎の医療の質の評価を行うことが可能であった。本法の導入により患者が受ける不要な診療を防ぐことが可能となり、在院日数の短縮と医療費の削減が可能であった。また、診療プロセスを患者とその家族に情報公開することにより、患者と家族に安心感を与えられ、患者満足度向上を得ることができた。
クリティカル・パスの開発により様々な医療の質向上の結果を得た。診療プロセスの計画・標準化技法には診断名や手術名の分類に対応するケア管理を的確に運用するための技法である、よって、これまでの主治医の指示に対応したケア管理と異なり、的確に運営するためのデータの分析や効率の追求のあまり、見落とされがちな患者自身の満足度にも着目したケア管理が可能となった。
今後はクリティカル・パスを中心にリーダーシップとイニシアチブをとるケースマネージャーの育成が重要になってくる。そして、診療プロセスの計画化・標準化技法は作成してからが始まりであり、施行、評価を繰り返し、よりベストなクリティカル・パスへと変化をとげていくためにもケースマネージャーの能力開発が重要なポイントとなってくる。
結論
品質管理技法であるTQMと、工程管理技法であるクリティカル・パス法は、医療の質の向上に資する技法であり、かつ病院マネージメントへの応用が可能であることが明らかとなった。しかし、これら技法の医療への取り組みはまだ始まったばかりであり、また、現在行われている診療報酬体系の見直しの中で、これらが医療管理手法としてさらに活用されることが期待される。

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