乗馬の活用によるリハビリテーションの効果に関する学際的研究

文献情報

文献番号
199700071A
報告書区分
総括
研究課題名
乗馬の活用によるリハビリテーションの効果に関する学際的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
林 良博(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 村井正直(社会福祉法人わらしべ会)
  • 伊佐地隆(茨城県立医療大学)
  • 太田恵美子(RDAJapan)
  • 近藤誠司(北海道大学大学院農学研究科)
  • 局博一(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
乗馬の活用によるリハビリテーションの効果を科学的に解明することを目標に、その第一歩として、医学的、理学療法的評価法の検討、実際に行われている障害者乗馬の現状把握、馬に接することの精神的変化、馬の歩行時の揺れに関して、総合的的な研究を行った。
研究方法
1)脳性麻痺患者における乗馬の効果に関する研究
脳性麻痺等が原因で股関節の運動制限(痙直、アテトーゼ)などの身体障害をもつ患者(女性)を対象に、ポニーを用いた乗馬活動を平成9年5月2日から平成9年 12月22日までの間合計8回行い、股関節、膝関節、下肢長、握力の諸検査を行った。
2)理学療法的評価法の検討
乗馬中の障害者の診察と研究者自身の乗馬体験を通じて検討行った。
3)障害者乗馬活動の現状調査
体験乗馬会を行い、参加者本人、あるいは保護者にアンケート調査を行う。参加者の対象は、障害者群、健常者群、統合群とした。乗馬時間は1回につき5~15分である。
アンケート調査は以下の5地域(セッション)について行い、合計451名から回答を得た。
横浜 66名、横浜 58名、品川 107名、世田谷玉川地区 110名、世田谷世田谷地区 110名
4)騎乗による精神的変化に関する研究
1.被験者の馬に対する恐怖感、不安感を各実験日の前日および終了後にアンケート調査した。
2.各被験者の安静時の心拍数を測定し、実際に馬と触れあう直前、直後の心拍数と比較検討した。
3.各班から男女各1名、計8名を選び代表被験者として、馬に接してから離れるまの歩行数を運動量のパラメーターとして記録した。また、同時に時間を記録した。
4.馬の調教プログラムは、曳き運動と体重かけ(1日目)、体重かけと鞍なし乗馬曳き運動(2日目)、鞍なし・鞍着け曳き運動(3日目)、鞍着きロンジング(4日目)とした。
5)歩行時の馬体および騎乗者の揺れに関する研究
馬体および騎乗者の体表面にマーカーを接着し、馬の歩行に伴う揺れの軌跡を画像解析した。路面や歩行の条件も変えて影響を調べた。
結果と考察
1)脳性麻痺患者における乗馬の効果に関する研究
乗馬によってもっとも明瞭な身体的変化が股関節の屈曲度(他動可動域)および握力に認められた。すなわち、股関節の屈曲度は乗馬以前は左右ともわずかに45゜であったが、乗馬の終了後(最終回から3ヶ月後)には、左右とも115゜にまで改善された。また、握力は左右がそれぞれ4.5kg、2.0kgから4.5kg, 6.5kgに変化した。
脳性麻痺の障害者においては、乗馬が骨盤を安定させ左右の股関節を開かせることで股関節の可動範囲が広がること、また、それに伴い内転筋の筋緊張が緩和されること、さらに、手綱で馬を操作することで目と手の協調性がうまれ、かつ握力が大きくなることが推察された。
2)理学療法的評価法の検討
障害者の乗馬中の体幹の動きは馬の歩行動作に対して腰から頭にかけて波打つような衝動を与え、体幹、上肢、頭頚部に姿勢保持、身体平衡に関連した筋緊張をもたらすことがわかった。乗馬の前後で診察したケースでは患者に筋緊張の減少がみられた。このような観察から、現在、リハビリテーションの評価法として用いられている各種の測定法が応用可能であることが明らかになった。
姿勢の機能的評価法は対象者の機能的状態を客観的に把握することが可能であるが、疾病に関わっている神経・筋・骨格系の要素的な分析を行いにくい側面がある。一方、身体要素的な測定法は生理学的、人間工学的な意味づけを行うことが可能であるが、トータルとしての機能的な意味づけを行いがたい側面がある。また測定装置によってはフィールドに適さないものもある。したがって、様々な測定法の長所を活かし、互いに補完し合う総合的な評価が必要になるものと思われる。
3)障害者乗馬活動の現状調査
1. 乗馬施設の所在地
移動の不自由な子供、障害者は生活している地域に乗馬施設ないし馬との触れあいの場が是非とも必要である。
2. 性別
乗馬体験に関する感想には男女差がみられなかった。
3. 年齢
参加者の年齢層は広かったが、割合の上では未成年者の参加が多かった。今回、使用馬としてポニーを用いたため、体重制限なども原因になっている。
4. 乗馬経験度
一般に乗馬経験者は少ないが、障害者では多くなる傾向がみられる。
5. 乗馬後の感想
参加者の多くが再び乗馬をしたい感想をもつ。保護者からみても、本人が楽しそうにみえた。乗馬会の運営方法も影響すると思われる。
6. ボランティアの対応
ボランティアに対して好意的な感想が多かった。単に介助者としてみるだけではなく、交流を楽しんだとの意見も多い。馬が介在することによって人の輪も広がることがわかった。
屋外に出て大きな動物と触れあう乗馬活動は、子供、大人あるいは障害の有無にかかわらず、誰でも率直に楽しめる活動である。乗馬がはじめての人にとっては、貴重な体験であり、また、無気力な子供には良い動機付けとなり、このことが青少年の健全育成を助成するものと思われる。一般乗馬は細かいルールもないため、障害が重度でも楽しめる要素を持っている。保護者の気分も明るくなることから、家族の精神衛生上も良い効果が期待される。
4)騎乗による精神的変化に関する研究
1.被験者の全員が動物好きであるが、乗馬経験および馬の調教経験はなかった。
2.各実験日における一人あたり直接馬に接触した時間は11.5分、一連の実験で2.6回馬に接触し、1回の接触時間は約5分であった。
3.実験開始前の馬に対する恐怖感は、当初よりあまり高くはなかったが、4日間を通じて経日的に減少し、達成感・期待感が上昇した。
4.馬に接する直前の心拍数と安静時心拍数との比は、男子ではあまり変化がなく、女子では2日目まで上昇し、4日目に減少した。
5.代表被験者8名のうち、男子では馬に触れる直前の心拍数は安静時に対して1~3日目では10~20%上昇したが、4日目では安静時とほぼ同様であった。女子では、1~3日目に15~20%上昇し、4日目では10%以下となった。実験を重ねるごとに  緊張感が低下し、この反応には男女差があることが示唆された。
6.運動量は男女ともに4日間を通じて減少傾向にあるが、とくに女子ではその傾向が明瞭であった。女子の方がインストラクションに対して従順で、男子よりも  バランスよく騎乗する傾向が示唆された。
女子ははじめて馬に接することに際して、初期の緊張感が男子よりも高いが、経験回数にともない男子よりも慣れが早く生じる可能性が示唆される。一般的に 女子は男子にくらべて乗馬時のぎこちなさが少ないと言われるが、このことと、 今回の緊張感、運動量の変化がどの程度に関係し合っているかに関しては不明で ある。
5)歩行時の馬体および騎乗者の揺れに関する研究
各部位の垂直方向の揺れはおおむね体高が高いほど大きい傾向が示されたが、同じ体高ならば体の長さが短く、体長、体高が同じならば頚が長く、また腰幅が狭いほど大きいことが明らかになった。このような傾向はウッドチップ馬場よりも硬い馬場においてより明瞭に出現することが示された。
今回用いた歩行速度の範囲内ではスイング期:スタンス期=2:3と一定していた。また、き甲、鞍前橋部、後橋部、騎乗者の腰部、馬の臀部に注目し、馬の背中の正中線沿いの揺れについてマーカーの変位や波形の位相をもとに検討すると、臀部→鞍後橋部→騎乗者→き甲へと続く一連の進行波が示された。 
鞍付けの有無による揺れの相違を比較すると、鞍の有無による有意差は認められなかった。一方、騎乗者の有無による相違を比較すると、鞍後橋部とき甲、前橋部において有意な変化が観察された。すなわち、騎乗によって揺れが小さくなる傾向が認められた。ついで、鞍の前橋部、後橋部の揺れと騎乗者の有無による影響を調べたところ、騎乗なしの場合、鞍の前部と後部の揺れ幅はほぼ同じであるのに対して、騎乗ありの場合には鞍の前部の揺れが鞍の後部の揺れにくらべて小さくなる傾向が認められた。
一般的にポニーのように体高が低い馬は背部における反動が小さく、反対にサラブレッドやアラブのように体高が高い馬では反動が大きいことが予想される。今回の実験では、き甲部、左右腰部の揺れは単純に体高との関係よりも体長率(体長/体高×100)において、より明瞭な関係が得られた。反動の大きさは必ずしも脚部の長さだけに左右されるのではなく、膝関節、股関節の運動性、繋の柔らかさ、踏み込みの強さなど、各個体の個性が反映されているものと思われる。これに対して体長率は体型(プロポーション)を端的に示すものであることから、垂直方向の揺れの大きさは馬の脚部の絶対的な大きさや他のあらゆるパラメーターよりもプロポーションと密接な関係があることが示唆される。
体型と垂直方向の揺れの関係を路面が硬い馬場と柔らかい馬場とで比較した場合、体型と揺れの相関は硬い馬場においてより明瞭に現れた。路面が柔らかいウッドチップ馬場では肢端がウッドチップに沈み込むこと、そのために後脚の使い方などの馬の運歩自体が変化することが、路面が硬い馬場に比べて体型と反動との関係を不明瞭にさせていると思われる。頚長率との関係については頚が長いほど揺れが大きかったが、このことは馬が歩行時に頭頚部筋収縮、反動を利用して前進することと密接な関係があるものと考えられる。
本実験では体軸方向の揺れを客観的に評価することが可能であった。また、安定したストライド波形を得ることができ、歩行の基本的なパターンや歩行に伴う馬体と騎乗者の揺れに関する要素解析を行う上で有意な情報を得ることができた。
歩行速度と揺れとの関係については、速度が速いほど揺れが大きい結果が示されたが、一般に駈歩ではスピードが増すに従って垂直方向の重心の変位は小さくなることが知られている。サラブレッドでは比較的遅い駈歩(分速335m)での重心変位は平均10.9cm,ギャロップ(分速944m)で2.1cmという報告もみられる。このことから常歩と駈歩とでは、速度を上げたときの体幹部の重心移動方法が基本的に異なる可能性が示唆される。体軸方向の揺れの周期性に関する実験成績から、騎乗者に対しては後肢の動作がもっとも重要に影響していることが示唆される。騎乗時には垂直方向の揺れのほかに、前後、左右方向の揺れも生じるが、今回得られた体軸方向の揺れの進行波は、おそらく前後の揺れの発生にも関与するものと推測される。
結論
 乗馬によるリハビリテーションの活動は、障害者乗馬のインストラクター、ヘルパー、家族など多くの人々の指導と協力が必要なことはいうまでもないが、これに加えて調教が行き届いた最適な馬の供給が必要である。障害者乗馬活動それ自体は本人、家族、ボランティアも含めて、全体的にうまく運営されていると思われる。ただ今後とも、この活動を持続、発展させるためにはボランティアに対する経済的支援も必要と思われる。一方、障害者乗馬によるリハビリテーションの効果を科学的に解明する試みはまだ緒についたばかりである。しかし、今回の研究で脳性麻痺患者の改善例をみてもわかるように、障害者乗馬は単に精神面での改善効果のみならず、患者の疾患の性状によっては、肉体的にも明らかな変化が生じうることが明白である。
国内外における関係者の経験では、乗馬によって患者の機能回復が早まるといった事例はよく紹介されているが、医学的、理学療法的な評価基準で調査された正確なデータはまだ不足している。今回、理学療法学的な立場からの観察では、これまで使われている評価法の多くが患者の状態や検査の場所によっては大いに応用可能であるとの判断されている。また、今回の研究では、馬に初めて接する人の精神的緊張度の変遷を知ることができた。このような研究成果は馬の管理技術や障害者と馬とのコミュニケーションを図る上で重要な指標になるものと思われる。さらに、馬の歩行時の揺れに関する研究では、馬の体型と揺れの大きさとの相関性などが明らかにされた。このような成績は、患者に合わせた適正な馬を選択する際の目安になるものと考えられる。
研究要旨
乗馬が身体部位に及ぼす影響を評価するための基礎的観察を行った。その結果、筋緊張度と姿勢バランスの評価を馬場においても遂行可能であることが示唆された。
分担研究者 伊佐地 隆 茨城県立医療大学(研究協力者 伊東 元)
A. 研究目的
障害者乗馬活動の現場に参加して、障害者乗馬の対象となりうる患者層の把握、身体のどの部位に対して効果が現れやすいか、また効果の評価法について検討することを目的とした。
B. 研究方法
乗馬中の障害者の診察と研究者自身の乗馬体験を通じた洞察を行った。
C. 研究結果
障害者の乗馬中の体幹の動きは馬の歩行動作に対して腰から頭にかけて波打つような衝動を与え、体幹、上肢、頭頚部に姿勢保持、身体平衡に関連した筋緊張をもたらすことがわかった。乗馬の前後で診察したケースでは患者に筋緊張の減少がみられた。このような観察から、現在、リハビリテーションの評価法として用いられている各種の測定法が応用可能であることが明らかになった。
D. 考察
姿勢の機能的評価法は対象者の機能的状態を客観的に把握することが可能であるが、疾病に関わっている神経・筋・骨格系の要素的な分析を行いにくい側面がある。一方、身体要素的な測定法は生理学的、人間工学的な意味づけを行うことが可能であるが、トータルとしての機能的な意味づけを行いがたい側面がある。また測定装置によってはフィールドに適さないものもある。したがって、様々な測定法の長所を活かし、互いに補完し合う総合的な評価が必要になるものと思われる。
E. 結論
身体障害者の乗馬前後の変化を生じる部分として、筋緊張と体幹バランスが考えられた。それに対する評価法として、フィールドで測定可能な、筋緊張や姿勢バランスの要素を含む測定方法と、対象者の機能的状態の変化をも評価できる測定法の組み合わせが必要であることが明らかになった。
F. 研究発表
伊佐地 隆:理学療法の実際と機能回復の評価法ー身体評価とその方法. 「馬と健康社会」研究会 第2回研究発表会 1997.12.5
伊東 元:理学療法の実際と機能回復の評価法ー評価の実際. 「馬と健康社会」研究会 第2回研究発表会 1997.12.5
分担研究者  太田恵美子  RDA Japan
研究要旨
合計8回に及ぶ乗馬会調査を通じて、アンケート調査を行った。その結果、健常者、障害者、年齢、性別に関係なく乗馬は楽しいものであり、そのような意識の中から障害者の心身の機能回復に効果が現れるものと考えられた。今後、とくに都市部において、疾病予防、健康増進、青少年教育、社会復帰など多岐にわたる活動施設の一翼を担う活動拠点としての馬との触れあいの場づくりが望まれる。
A. 研究目的
乗馬体験等を通じて市民が馬とのかかわりをどのようにとらえているかに関しての意識調査を行うことで、乗馬の医学的、教育的効果を提供できる場の設定条件ついて検討することを目的とした。
B. 研究方法
体験乗馬会を行い、参加者本人、あるいは保護者にアンケート調査を行う。参加者の対象は、障害者群、健常者群、統合群とした。乗馬時間は1回につき5~15分である。
アンケート調査は以下の5地域(セッション)について行い、合計451名から回答を得た。
横浜 66名、横浜 58名、品川 107名、世田谷玉川地区 110名、世田谷世田  谷地区 110名
C. 研究結果
1. 乗馬施設の所在地
移動の不自由な子供、障害者は生活している地域に乗馬施設ないし馬との触れあいの場が是非とも必要である。
2. 性別
乗馬体験に関する感想には男女差がみられなかった。
3. 年齢
参加者の年齢層は広かったが、割合の上では未成年者の参加が多かった。今回、使用馬としてポニーを用いたため、体重制限なども原因になっている。
4. 乗馬経験度
一般に乗馬経験者は少ないが、障害者では多くなる傾向がみられる。
5. 乗馬後の感想
参加者の多くが再び乗馬をしたい感想をもつ。保護者からみても、本人が楽しそうにみえた。乗馬会の運営方法も影響すると思われる。
6. ボランティアの対応
ボランティアに対して好意的な感想が多かった。単に介助者としてみるだけではなく、交流を楽しんだとの意見も多い。馬が介在することによって人の輪も広がることがわかった。
D. 考察
屋外に出て大きな動物と触れあう乗馬活動は、子供、大人あるいは障害の有無にかかわらず、誰でも率直に楽しめる活動である。乗馬がはじめての人にとっては、貴重な体験であり、また、無気力な子供には良い動機付けとなり、このことが青少年の健全育成を助成するものと思われる。一般乗馬は細かいルールもないため、障害が重度でも楽しめる要素を持っている。保護者の気分も明るくなることから、家族の精神衛生上も良い効果が期待される。
E. 結論
合計8回に及ぶ乗馬会調査を通じて、アンケート調査を行った。その結果、健常者、障害者、年齢、性別に関係なく乗馬は楽しいものであり、そのような意識の中から障害者の心身の機能回復に効果が現れるものと考えられた。今後、とくに都市部において、疾病予防、健康増進、青少年教育、社会復帰など多岐にわたる活動施設の一翼を担う活動拠点としての馬との触れあいの場づくりが望まれる。
F. 研究発表
I. 論文発表
畜産の研究:乗馬療法. 畜産の研究 vol.51, pp. 148-154. 1997.1
太田恵美子:障害者乗馬指導者の要件. ヒトと動物の関係学会誌 vol.3, pp.12-17.1998.3.22
II. 学会発表
太田恵美子:障害者乗馬に適応する馬. ヒトと動物の関係学会 1998.3.22
分担研究者 近藤誠司  北海道大学大学院農学研究科
研究要旨
乗馬経験のない健常者男女23名(平均年齢19.3歳)に未調教の北海道和種雌馬4頭の調教を義務づけ、馬との接触回数に伴う被験者の心拍数変化を観察した。その結果、1~3日目においては馬との接触直前に心拍数が平均10~20%増加したが、4日目にはほぼ安静時の心拍数レベルに戻った。緊張感が回数を追うごとに低下するが、この経過に若干の男女差が認められた。
A. 研究目的
乗馬は緊張感に加えてリラックス感や達成感が複雑に作用することによって、精神的、肉体的効果が生み出されるものと推察される。この研究では、乗馬に伴う生理的、精神的、行動的な変化を明らかにする目的で行われた。
B. 研究方法
1.被験者の馬に対する恐怖感、不安感を各実験日の前日および終了後にアンケート調査した。
2.各被験者の安静時の心拍数を測定し、実際に馬と触れあう直前、直後の心拍数と比較検討した。
3.各班から男女各1名、計8名を選び代表被験者として、馬に接してから離れるまでの歩行数を運動量のパラメーターとして記録した。また、同時に時間を記録した。
4.馬の調教プログラムは、曳き運動と体重かけ(1日目)、体重かけと鞍なし乗馬曳き運動(2日目)、鞍なし・鞍着け曳き運動(3日目)、鞍着きロンジング(4日目)とした。
C. 研究結果
1.被験者の全員が動物好きであるが、乗馬経験および馬の調教経験はなかった。
2.各実験日における一人あたり直接馬に接触した時間は11.5分、一連の実験で2.6  回馬に接触し、1回の接触時間は約5分であった。
3.実験開始前の馬に対する恐怖感は、当初よりあまり高くはなかったが、4日間を  通じて経日的に減少し、達成感・期待感が上昇した。
4.馬に接する直前の心拍数と安静時心拍数との比は、男子ではあまり変化がなく、  女子では2日目まで上昇し、4日目に減少した。
5.代表被験者8名のうち、男子では馬に触れる直前の心拍数は安静時に対して1~3  日目では10~20%上昇したが、4日目では安静時とほぼ同様であった。女子では、  1~3日目に15~20%上昇し、4日目では10%以下となった。実験を重ねるごとに  緊張感が低下し、この反応には男女差があることが示唆された。
6.運動量は男女ともに4日間を通じて減少傾向にあるが、とくに女子ではその傾向  が明瞭であった。女子の方がインストラクションに対して従順で、男子よりも  バランスよく騎乗する傾向が示唆された。
D. 考察
女子ははじめて馬に接することに際して、初期の緊張感が男子よりも高いが、 経験回数にともない男子よりも慣れが早く生じる可能性が示唆される。一般的に 女子は男子にくらべて乗馬時のぎこちなさが少ないと言われるが、このことと、 今回の緊張感、運動量の変化がどの程度に関係し合っているかに関しては不明で ある。
E. 結論
今回用いた心拍数計測や馬との接触回数、歩行数等の測定によって、乗馬経験 回数に伴う精神的な変化過程を追跡することが可能になった。
F. 研究発表
I. 論文発表
II. 学会発表
近藤誠司:北海道和種馬の調教過程における初心乗馬者の心理的および運動生  理学的変化 「馬と健康社会」研究会 第1回研究発表会 1997.4.16
分担研究者 局 博一  東京大学大学院農学生命科学研究科
研究要旨
多種類の馬について、常歩時の馬体および騎乗者の揺れ具合について画像解析を行った。
1.馬体の垂直方向の揺れと馬体のプロポーションとの関係については、体高が高い 馬、体長が短い馬、首が長い馬、胴が狭い馬で揺れが大きい傾向が明らかになっ た。
2. 上記の傾向は路面が柔らかい場所よりも堅い場所で明瞭であった。
3. 馬体および騎乗者の垂直方向の揺れは、後肢がスイング期にあるときよりもス タンス期(着地期)にあるときの方が大きかった。
4. 騎乗者の存在によって、馬体の揺れが減少するとともに、歩度がつまる傾向が みられた。
5. 1ストライドにおける揺れの位相について検討したところ、仙部から背、き甲へ と進行する体軸方向の揺れが生じること、また騎乗者の揺れの位相はき甲部の位 相にもっとも近いが、揺れ幅やリズムは後肢の動きに影響を受けやすいことが示 唆された。
A. 研究目的
乗馬による健康増進作用は馬の歩行時の揺れが騎乗者の身体の感覚器に様々な入力をもたらすことが、主要な要因として関与することが考えられる。本研究課題では、画像解析法を用いることにより、馬の歩行時の揺れの基本的要素を明らかにし、かつ馬の体型と揺れとの間の関係を明らかにする目的で行われた。
B. 研究方法
実験1.馬の体型と馬体の揺れの関係
東大農学部附属牧場飼養の2種2頭、および日本中央競馬会馬事公苑飼養の6種7頭の馬について曳き馬による常歩時の揺れを観察した。
測定は、半径約10cmの彩色マーカーをき甲部と左右の寛結節部(腰角)の表面に付着させ、2台のカメラで馬の左側から撮影した。カメラの映像入力はオンラインでコンピューターに接続し、彩色マーカーの移動奇跡を確認しながら実験を行った。
また、馬事公苑で行われた6種7頭については、硬いアスファルトの路面と、厚さ約20cmの柔らかいウッドチップの路面について、それぞれ同じ実験を行った。なお、東大附属牧場では地面が平坦な芝馬場にて行った。
また、約半数の馬では、騎乗者の左腰部に彩色マーカーを取り付け、馬の動きとともに同時観察を行った。
実験2.馬の歩様速度ならびに騎乗と馬体の揺れとの関係
東大牧場所有の乗用のアラブ馬(セン馬、1986年生、12才)を使用して実験を行った。実験条件として以下の6種類を設定した。
条件
1 鞍を乗せずにエリア内を4完歩で常歩
2 鞍を乗せずにエリア内を5完歩で常歩
3 鞍を乗せてエリア内を4完歩で常歩
4 鞍を乗せてエリア内を5完歩で常歩
5 人を乗せてエリア内を4完歩で常歩
6 人を乗せてエリア内を5完歩で常歩
以下の馬体表面にマーカーを設置し、運動軌跡を分析した。
マーカー1 トウ骨外側茎状突起
マーカー2 左脛骨外側顆
マーカー3 左寛結節
マーカー4 右寛結節(棒の先)
マーカー5 きこう(実験3,4,5,6は1,2よりも15cm後部の鞍前きょう部)
マーカー6 最後位腰椎から約10cm後部
マーカー7 鞍後きょう部
マーカー8 騎乗者左寛結節のあたり
C. 研究結果
各部位の垂直方向の揺れはおおむね体高が高いほど大きい傾向が示されたが、同じ体高ならば体の長さが短く、体長、体高が同じならば頚が長く、また腰幅が狭いほど大きいことが明らかになった。このような傾向はウッドチップ馬場よりも硬い馬場においてより明瞭に出現することが示された。
今回用いた歩行速度の範囲内ではスイング期:スタンス期=2:3と一定していた。また、き甲、鞍前橋部、後橋部、騎乗者の腰部、馬の臀部に注目し、馬の背中の正中線沿いの揺れについてマーカーの変位や波形の位相をもとに検討すると、臀部→鞍後橋部→騎乗者→き甲へと続く一連の進行波が示された。 
鞍付けの有無による揺れの相違を比較すると、鞍の有無による有意差は認められなかった。一方、騎乗者の有無による相違を比較すると、鞍後橋部(マーカー7)とき甲、前橋部(マーカー5)において有意な変化が観察された。すなわち、騎乗によって揺れが小さくなる傾向が認められた。ついで、鞍の前橋部、後橋部の揺れと騎乗者の有無による影響を調べたところ、騎乗なしの場合、鞍の前部と後部の揺れ幅はほぼ同じであるのに対して、騎乗ありの場合には鞍の前部の揺れが鞍の後部の揺れにくらべて小さくなる傾向が認められた。
D. 考察
実験1.
一般的にポニーのように体高が低い馬は背部における反動が小さく、反対にサラブレッドやアラブのように体高が高い馬では反動が大きいことが予想される。今回の実験では、き甲部、左右腰部の揺れは単純に体高との関係よりも体長率(体長/体高×100)において、より明瞭な関係が得られた。反動の大きさは必ずしも脚部の長さだけに左右されるのではなく、膝関節、股関節の運動性、繋の柔らかさ、踏み込みの強さなど、各個体の個性が反映されているものと思われる。これに対して体長率は体型(プロポーション)を端的に示すものであることから、垂直方向の揺れの大きさは馬の脚部の絶対的な大きさや他のあらゆるパラメーターよりもプロポーションと密接な関係があることが示唆される。
体型と垂直方向の揺れの関係を路面が硬い馬場と柔らかい馬場とで比較した場合、体型と揺れの相関は硬い馬場においてより明瞭に現れた。路面が柔らかいウッドチップ馬場では肢端がウッドチップに沈み込むこと、そのために後脚の使い方などの馬の運歩自体が変化することが、路面が硬い馬場に比べて体型と反動との関係を不明瞭にさせていると思われる。頚長率との関係については頚が長いほど揺れが大きかったが、このことは馬が歩行時に頭頚部筋収縮、反動を利用して前進することと密接な関係があるものと考えられる。
本実験では体軸方向の揺れを客観的に評価することが可能であった。また、安定したストライド波形を得ることができ、歩行の基本的なパターンや歩行に伴う馬体と騎乗者の揺れに関する要素解析を行う上で有意な情報を得ることができた。
歩行速度と揺れとの関係については、速度が速いほど揺れが大きい結果が示されたが、一般に駈歩ではスピードが増すに従って垂直方向の重心の変位は小さくなることが知られている。サラブレッドでは比較的遅い駈歩(分速335m)での重心変位は平均10.9cm,ギャロップ(分速944m)で2.1cmという報告もみられる。このことから常歩と駈歩とでは、速度を上げたときの体幹部の重心移動方法が基本的に異なる可能性が示唆される。体軸方向の揺れの周期性に関する実験成績から、騎乗者に対しては後肢の動作がもっとも重要に影響していることが示唆される。騎乗時には垂直方向の揺れのほかに、前後、左右方向の揺れも生じるが、今回得られた体軸方向の揺れの進行波は、おそらく前後の揺れの発生にも関与するものと推測される。
E. 結論
本研究では、馬の体型と馬体および騎乗者の揺れ、ならびに常歩速度の相違や騎乗者の有無による揺れへの影響を画像解析法を用いることにより明らかにした。今回得られた成績は、乗馬によるリハビリテーションの科学的解明を行っていく上で有意義な基礎的資料を提供するものと思われる。
F. 研究発表
I. 論文発表
II. 学会発表
局 博一:乗用馬歩行時の揺れと体型との関係 「馬と健康社会」研究会 第1       回研究発表会 1997.4.16

公開日・更新日

公開日
-
更新日
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