ハチによる刺症事故防止に関する研究

文献情報

文献番号
199700064A
報告書区分
総括
研究課題名
ハチによる刺症事故防止に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
水谷 澄(財団法人日本環境衛生センター環境生物部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、自治体の衛生部や保健所等における害虫相談業務の中で、ハチに関する件数が最も多い。平成7年度の全国統計によれば3万件を超えている。ハチに刺される人も多く、ハチ刺症による死亡者は年平均40名で、多い年は70名を超えるに至った。
衛生害虫による媒介疾病は国内では激減してから久しく、フグや毒蛇による死亡者も減少した現在、ハチは有害動物として、突出した存在であり最重要種となっている。
ハチの刺症事故は、昔は林業や農業従事者に限られていたが、近年一般住民が居住環境周辺で遭遇する例が多くなっている。刺症事故を未然に防止するには、ハチの生態、習性を知ることが先決である。ハチはどんな時に人を攻撃するのかを認識した上ではじめて刺症事故防止対策あるいは防除対策を整理確立することが出来る。
この調査研究については、過去のハチ刺症の事故事例を把握・分析するとともに、問題種の行動習性に関する詳細な文献調査を行い、また外来侵入種の実態等も考慮して刺症事故防止対策を多角的に検討して、必要事項をまとめることを目的とした。
研究方法
研究項目として次に示す事項について調査した。
1)ハチの相談業務と刺症事故発生件数の推移と傾向、2)対象ハチ類の種類と生態、3)ハチ刺症事故の解析、4)刺症事故防止対策、5)ハチの防除方法、6)ハチ刺されとアレルギ ー、7)ハチ刺症を受けた時の手当て             
結果と考察
1)自治体の害虫相談業務の中で、ハチの占める割合はきわめて高く、昭和62年~平成 8年までの10年間の件数で見ると、全相談件数の16.8~40.9%(平均28.9%)を占め、平成7年と8年の2年間は30,000件を超えている。 順位は 7年間が第1位、残りの 3年間が第2位なので、10年単位では突出して第1位となっている。
死亡者の大部分はハチアレルギー、いわゆるアナフィラキシーショックによるが、多い年で70名、通常20~50名の方々が亡くなっている。相談件数の推移から判断しても、ハチによる刺症者は今後増えこそすれ、減ることは考えられない。  
2)ハチの仲間は世界に13万種、日本には 5,000種が記録されている。分類学上は広腰亜目と細腰亜目に大別されるが、人を攻撃したり刺して問題となるのは、後者の有剣類に属し、雌は鋭い毒針を持っている。特に社会性ハチと呼ばれるグループは、1つの巣の中に1頭の女王と数十から数万の働きバチが共同生活をしており、組織化された集団で巣を守るため毒針と攻撃性が発達した。刺症被害が問題となるハチは、スズメバチ類約10種とアシナガバチ類約10種の計約20種であり、他にミツバチ 2種とマルハナバチ数種も時々人を攻撃したり刺す事がある。
主要種は次の通りである。アシナガバチ類-分類上はスズメバチ科のアシナガバチ亜科に属する。小型種は11~17mm、大型種は21~26mm、ほとんどの種が全国的に生息している。営巣場所は家屋の軒下、人家周辺のさまざまな隙間、木の枝、草むら、岩面などである。通常越冬した女王は暖かくなる3~5月に巣ずくりを始め、働きバチは5~8月、オスと新女王は 7~10月に誕生して、しばらく巣に留まるが離巣してオスは夕刻に群飛して、飛来してきた新女王と交尾する。新女王は10~11月に越冬場所となる樹洞や家屋の屋根裏等に移動して、同種のみ数十~数百頭の集団で越冬する。食性は幼虫の食物として各種昆虫の成虫・幼虫が狩られる。炭水化物源としてアブラムシ、キジラミ等の甘露をなめたり集める。巣に近ずくと体を震わせて威嚇し、さらに刺激すると働きバチが一斉に刺しにくる。
?オキナワチビアシナガバチ、奄美大島以南の琉球列島に分布、日当たりの良い草むらに生息するので、草刈りやサトウキヒ等の収穫時に刺される。体長約10mm ?ムモンホソアシナガバチ、雑木林や低山地で普通に見られるが人家周辺では稀、体長15~20mm、薄暗い林の中の草木の葉裏や細枝に巣をつくる。?ヒメホソアシナガバチ、前種と混棲するが個体数は少ない。体長15~19mm。?フタモンアシナガバチ、低山地の林縁や林内に生息する。秋に洗濯物や布団を干すと、新女王がこの中に潜り込み 取り込んだ後刺される例が最も高い種である。?トガリフタモンアシナガバチ、北海道の渡島半島を除く平地から山地に局地的に分布、日当たりの良い草叢、笹薮、川原等に多い。?セグロアシナガバチ、日本産アシナガバチの中ではキアシナガバチと共に最大型種である(体長21~26mm)。威嚇性、攻撃性ともに強い。草刈り中に刺される。また洗濯物や布団に潜り込む。?キアシナガバチ、前種とともに最大型種である。威嚇性、攻撃性共に、アシナガバチ亜科の中で最も強い。刺された後の腫れ、痛みも最も激しい。?キボシアシナガバチ、中型の種類 ?コアシナガバチ、小型種、11~17mm 全国の平地、低山地に分布、威嚇性、攻撃性共にやや強い。?ヤマトアシナガバチ、中型種 稀な種。
スズメバチ類-スズメバチ科、スズメバチ亜科に属するハチの総称、日本には大型のスズメバチ属 7種、小型のクロスズメバチ属 5種とホオナガスズメバチ属が 4種、計 3属16種を産する。この内攻撃性のあるのは14種である。越冬した女王は、地域により4~6月に巣をつくり始め、 2か月弱で働きバチが羽化する。個体数は急激に増え 9~10月にピークに達する。その後集団は急減するが、オスと新女王は 8~11月に羽化する。オスは樹冠等の高所で群飛して、離巣してきた新女王と交尾する。その後、新女王は朽木内や土中で越冬する。営巣場所は種により異なり、土中、人家の軒下や壁間、屋根裏、樹洞、木の枝、崖、橋下等開放環境から閉鎖環境まで幅広い。営巣規模は大きく、育房数は数百から数千を数え、10,000房を越えることもある。巣内の成虫数も多く、完成した巣では働きバチとオスバチは数十から千数百頭、新女王も数十から数百頭を数える。幼虫の餌は各種昆虫やクモを狩る。また炭水化物源として、各種樹液、アブラムシ、カイガラムシの甘露、熟した果物、シラタマタケ、ヤブカラシ等から吸蜜する。攻撃性は一般に巣を離れた場所では低いが、巣に近ずいたり、刺激すると刺される事故が多い。個体数が多いので一度に数十から数百頭のハチに襲われることもある。
?オオスズメバチ、スズメバチ類の世界最大種、体長は女王が43~45mm、働きバチ27~40mmオス35~40mm。典型的な土中営巣種。働きバチは威嚇性、攻撃性共に強い。?キイロスズメバチ、(ケブカスズメバチ)働きバチの体長は17~24mm、人家周辺の種々な場所で営巣する。近年都市部で多発しており、本種による刺症事故は多い。?コガタスズメバチ、巣は低木の枝等に多い。性質は比較的温順である。?モンスズメバチ、体長は女王バチが28~30mm、働きバチ21~28mm、巣は壁間等の閉鎖空間に見られる。?ヒメスズメバチ、オオスズメバチに次いで大きい種である。威嚇行動は顕著であるが、攻撃性はほとんどない。?チャイロスズメバチ、営巣は閉鎖空間に行なうが、引っ越し後には軒下などにも営巣する。攻撃性は強く、刺された時の痛みは最も激しい。?ツマグロスズメバチ、宮古島以南にのみ生息する種。?クロスズメバチ、体長は女王15mm、働きバチ10~12mmの小型種。巣は土中に多い。威嚇性、攻撃性共にやや弱い。?シダクロスズメバチ、小型種 7~11月に草刈りなどの折刺される。?キオビスズメバチ、山岳地帯に局地的に生息する種。?ツヤクロスズメバチ、北海道以外は 500~2000mの山地に生息する。?キオビホオナガスズメバチ、働きバチとオスは小型だが、攻撃性、威嚇性は強い。?ニッポンホオナガスズメバチ、北海道では普通種、木の枝、軒等に営巣する。?シロオビホオナガスズメバチ、全国の山岳地帯に生息する種。
ミツバチ類-通常攻撃性はほとんどない。しかしいったん人を刺すと仲間のハチを刺激する臭いを出すので、多数のハチに襲われることがある。すぐに毒針を抜いて、毒液を吸出し、患部を水で洗うか、植物の葉を揉んでこすり、臭いを消すようにする。日本にはニホンミツバチとセイヨウミツバチの2種が生息している。
3)刺症時期はアシナガバチ類では 7月中旬から 8月中旬に最も被害が多く、ついで 9月中旬から10月中旬にも小さな山がある。前半のピークは巣を刺激したため、働きバチに刺されたものと思われるが、後半の刺症は、干した洗濯物や布団に新女王が越冬場所として潜りこみ、知らずに刺されたものである。スズメバチ類の営巣活動は秋遅くまで続くが、ピークは 8~10月である。長野県の11年間のハチ刺症調査では、被害は 3月下旬から12月上旬に渡っている。
ある調査による刺症部位は上肢が多く、特に右手は左手の約 2倍で利き手による動作との関連が想定される。次いで顔面、首、下肢、躯幹(胸、腹、背)頭部、その他の順となっている。その他多くの調査から判断すると、手、顔面、頭への被害が多い。刺された原因は、巣の近くで作業、巣を刺激した、巣の除去、ハチを払った、といった理由があげられるが、何もしないのに刺された例が意外に多い。これは刺症者が巣の存在に気ずかなかったためである。
特殊な刺症事故例として、缶ジュース中のハチに喉を刺された例、越冬中の女王バチとの接触による刺症などがある。
4)ハチの生態・習性からみた刺症回避法としては次のような対応策が考えられる。まず巣の存在がわかっている場合は、?初期の巣を発見したら小さい内に取り除く。?巣の側には近寄らない。オオスズメバチでは少なくとも3~4m、その他のハチの場合も 2m以上離れることが必要である。?巣を刺激したり、振動を与えない。?巣の近くで作業をしない。また巣の存在が分からない場合の対応として、?ハチの生息環境では白色系統の着衣をまとい黒い衣服は身につけない。?草刈り等の作業には肌を露出しない。長靴、長袖シャツ、軍手を着用、つばの広い帽子をかぶる。?ヘアースプレー、ヘアートニック、香水等の化粧品はハチの興奮を誘うことがあるので使用に注意する。?エアゾール型殺虫剤を携行する。巣が付近にない場合の対応は、?ハチが餌をとっている所に近寄らない。?砂糖入りの清涼飲料やジュースはハチの好物なので、飲みかけの缶を放置しない。?車にハチが入った時は明るい側の窓を開けて出ていくのを待つ。?屋内に入ってきた場合も窓や戸を開けて出ていくのを待つ。?夏の終わりから初冬にかけておよび早春時には、洗濯物や布団を取込む時にハチが紛れ込んでいないか注意する。
5)ハチの巣の除去は、特にスズメバチの巣はPCO(害虫駆除専門業者)等の専門家に依頼するのが前提となる。アシナガバチの巣の場合は特に防護服等着用しなくても、日中に除去することが出来る。まず巣のある場所を確認したら、2~3mまで近寄り、風上からエアゾール型殺虫剤を巣に向けて噴射する。巣のまわりに居合わせた成虫すべてに噴霧液がかかるような処理を行い、さらに一歩すすんで噴霧処理を継続する。噴霧時間は30秒間程度で十分である。ハチが静かになったら巣を除去する。巣のあった周辺に薬剤を残留噴霧しておくと、後で戻ってきたハチにも効力が得られる。スズメバチを対象とするには防護服の着用を原則とする。実施時間はハチの活動しない夜間で、日没後2~3時間経過後に開始する。方法は前述したアシナガバチに準ずるが、巣には多数のハチが警戒しているので慎重に行動すること。殺虫剤はかならずしもハチ用である必要はない。ハエ・蚊用、ゴキブリ用のエアゾール剤ならいずれも利用出来る。飛距離が 3m以上あるハチ専用のエアゾール剤も市販されている。有効成分はいずれの剤も各種ピレスロイドを含んでいる。プロポクスルを含むものでもよい。この他、燻煙剤や加熱蒸散剤(有効成分、各種ピレスロイド、ジクロルボス、メトキサジアゾンなど)を巣の下から処理することも出来る。
6)ハチに刺されると激しい痛みを感じる。これはハチが持っている毒成分によって起こる毒反応である。一方、皮膚が大きく赤く腫れたり、気分がわるくなったり、アナフィラキシーショックという極めて重篤な症状を起こして死亡することがある。このような症状は蜂毒の中に含まれている成分に対してアレルギー反応が起こったためである。ハチ毒には多くの成分が含まれている。痛みを起こす毒成分としてアミン類のヒスタミン、セロトニン、カテコールアミン、アセチルコリン、ポリアミン等がある。ヒスタミンは痛みの他にかゆみや発赤、わずかな腫れの原因となる。セロトニンはヒスタミンより強い痛みを起こす。一方アレルギーの原因となる物質として、ホスホリパーゼA2、ヒアルロニダーゼ、プロテアーゼ、アンチゲン5、アミノホスファターゼなどの酵素蛋白類があげられる。
7)ハチに刺された時の手当ては症状によって異なる。?局所症状のみの場合は、ポイズンリムーバを刺された部位にあてがい吸引する。痛みだけの場合は回復が早いので放置してよい。痛みに続き赤く腫れはじめたら、水で冷やしたり、抗ヒスタミン剤含有軟膏を塗るとよい。さらに腫れが強くなる場合には、副腎皮質ホルモン外用剤を塗る。腫れが極めて強い場合、痒みが強い場合には、抗アレルギー剤の内服あるいは抗ヒスタミン剤の内服が必要となる。これ以上症状が悪化した時は医療機関で受診すべきである。?全身症状が出た時の処置、軽症の時、全身の痒み、全身の蕁麻疹、軽度のだるさ程度であれば日のあたらない木陰に寝かせる。バンド、ネクタイなどを緩める。ポイズンリムーバがあれぱ毒を抜く。水で冷やしたり、抗ヒスタミン剤の内服や注射などで様子をみる。より強い症状が現われたらすみやかに医療機関に運ぶ。 
?中等度以上の症状が現われた場合の処置、ショックなどの重症の全身症状がおこるのは、刺されてから15分以内なので、直ちに最寄りの医療機関に運ぶことが必要である。この場合胸を圧迫するような運び方をしないこと。衣服を緩め、仰向けにして頭をやや低くする。吐き気がある場合には頭を横に向けて吐物が喉につまらないようにする。ショックがが明らかな場合には、塩酸エピネフリン(塩酸アドレナリン、商品名ボスミン)の皮下注射を行う。量は成人で0.2~0.5〓(0.1%)、小児では 0.3〓を越えないこと。これ以上の全身管理は救急医療施設で医師が行う。血圧低下がさらに続く場合は補液を行いながら、エピネフリンの注射やその他の血圧を上げる薬を使う。またチアノーゼが強ければ酸素吸入、気道浮腫が強ければ、気管切開場合によっては人工呼吸装置を使用する。回復するまで四六時中医師の監視のもとに治療を行うことになる。
結論
自治体の害虫相談業務の中でハチの占める割合は極めて高く、近年10年間の全国統計で突出して第1位となっている。ハチ刺症により死亡する方も多く、刺症事故は今後増えこそすれ、減ることは考えられない。刺症事故の対象種はスズメバチ類とアシナガバチ類である。刺症時期のピークは 8月であるが、スズメバチ類の被害は 3月末から初冬まで続く。刺症される理由は巣の近くの作業、巣の刺激、除去などによるが、巣の存在に気が付かなかった例も多い。ハチの生態・習性からみた刺症回避法としては、巣を見付けたら早期に除去する。巣の側に近寄らない。巣に刺激を与えない。巣の近くで作業をしない。ハチの多い場所では白色系統の衣服を着用し黒は避ける、肌を露出しない。ヘアートニック、化粧品等はハチの興奮を誘うことがあるので使用に注意する。巣の除去はPCO等の専門家に依頼するのを前提とするが、アシナガバチの巣の除去は、ピレスロイド等を含むエアゾール型殺虫剤の使用により実施することが出来る。スズメバチ類の巣の除去は夜間行うのが原則である。ハチ刺症はハチが持っている毒成分によって起こる毒反応のみの場合と、皮膚が大きく赤く腫れたり、気分がわるくなったり、いわゆるアナフィラキシーショックを起こすことがあるが、これらの症状はハチ毒成分に対してアレルギー反応が起こったためである。ハチ刺症時の手当ては局所症状のみの場合は、ポイズンリムーバによる刺症部位の吸引はよいが、アンモニアの塗布は意味がない。痛みに続き、刺症部位が赤く腫れはじめたら、水で冷やしたり、抗ヒスタミン剤含有軟膏や副腎皮質ホルモン外用剤を塗る。これ以上症状が悪化した時は医療機関で受診すべきである。

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