輸入感染症特にウイルス性出血熱に対する水際対応の具体化方策に関する研究

文献情報

文献番号
199700059A
報告書区分
総括
研究課題名
輸入感染症特にウイルス性出血熱に対する水際対応の具体化方策に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
倉田 毅(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 内田幸憲(神戸検疫所)
  • 鶴田憲一(成田空港検疫所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウイルス性出血熱を中心とする輸入感染症について基礎的知見とともに検疫の現状を踏まえて、検疫において患者を発見した場合に二次感染を防止しつつ検査し移送し治療に結び付ける具体的な措置および具体的な動物対策について検討し、危機管理の一環として備えると共に検疫法等の改正後の体制において活用可能な指針策定の資料とする。
研究方法
輸入感染症、特にウイルス性出血熱疾患等に対する平時からの検疫現場における危機管理対応とは何かについて現状の把握とどのようにあるべきかについて検討する。
1)ウイルス性出血熱の現状、診断検査、検疫機関における医療等について
2)ウイルス性出血熱等に対応する空港検疫(動物対策含)の機能に関する研究
3)ウイルス性出血熱等に対応する海港検疫(動物対策含)の機能に関する研究
4)諸外国の検疫における対応 5)輸入感染症の危機管理とは何か?
以上をふまえて、二次感染を防止し、検疫から治療までを迅速につなぐための患者対応の具体的な指針および感染動物への対応指針の策定に資するための検討を行う。
結果と考察
I. ウイルス性出血熱の現状と診断・検査
(1)ウイルス性出血熱の定義:この疾患は・主としてその分布地域がアフリカサハラ砂漠以南(クリミア・コンゴ出血熱を除く)である。・臨床的には、インフルエンザ様に突然発作的に発熱、咽頭痛、全身倦怠ではじまり、重症化すると、しばしば消化管出血(吐血、下血)を生じショックに陥る。初期症状はインフルエンザの重症症状に類似する。・ヒトからヒトへ直接接触により、血液や体液を通じて感染が伝播する。この点が感染症対策の上で最も重要となる。これらに相応する疾患は現在4つある(世界で最も経験の多い米国防疫センター、CDCの定義による)。それらは、ラッサ熱、エボラ出血熱、マールブルグ病、クリミア・コンゴ出血熱の4疾患である。代表的疾患はラッサ熱で、ナイジェリア(1969年初登場)、リベリア、シエラレオーネ、ギニア等の西アフリカ一帯に分布している。同地域に常在する野生のラットの一種マストミスがウイルスを保有している自然宿主であり、尿、唾液、咬傷からヒトへ伝播する。ラッサ熱は、非流行地での発生は現在まで19例ある。マールブルグ病は、今まで1967年のウガンダ産アフリカミドリザルからヒトへの感染(マールブルグ市)以後は、アフリカ大陸で3回の発生が知られているがサルとの関連はない。エボラ出血熱は、今までスーダン、ザイール、ガボン等で8回の発生が知られている。致命率が高い故、常に世界中にマスコミ的大パニックが引き起こされる。
エボラ出血熱、マールブルグ病については自然界の宿主あるいは媒介動物は不明である。その4のクリミア・コンゴ出血熱は、アフリカ大陸一帯から、中近東、東欧、中央・西アジア、インド亜大陸、中国西域、モンゴル等きわめて広汎に分布している。自然界の宿主は、家畜や野生の哺乳動物であり、またダニが媒介して、ヒトに感染が波及する。最近は、流行地域のマダニの中で垂直感染(マダニ→卵→幼虫→マダニのサイクル)が起こっていることもわかっている。そのような意味でこの疾患の根絶はきわめて困難であり、出血のパターンは4疾患の中で最も重篤である。
(2)ウイルス性出血熱の診断・検査:・一般検査では特徴的所見に乏しい。・ウイルス学的検査:診断にとって必須であるが、ウイルス分離については、取扱い基準はレベル4であるが、現在それを実施しうる施設はわが国には存在しない。今までウイルス分離作業の必要なものについては、米国CDCへ送付して実施してきた。
・IFAやELISAで抗体、上昇を確認する。クリミア・コンゴ出血熱では、補体結合反応が有効である。患者検体については血清等は非働化後、P2施設において抗体検査を行う。
・ウイルス遺伝子の検出:PCR法により、ウイルス特異的遺伝子を臨床材料あるいは分離材料より検出する。・ウイルス抗原の検出:抗原検出ELISA法等により、ウイルス抗原を検出する。
これらの検査を検疫所で全て実施しうるようにするか否かは、入院施設、事実上の検査施設との関連もあるので、概略にとどめる。
また、これらウイルス性出血熱に対応する医療機関については、患者の居住性、汚物等の処理、空調その他について、一定の要素を備えている必要がある。これは感染症予防法の中での対策とも対応しているものである。全国のどこに施設(医療機関)があるべきかについては、高度感染症病棟(室)を、基本的にわが国としてどのように考え、配置すべきかに依存してくるものである。
II. ウイルス性出血熱に対応する空港検疫の機能に関する研究
新興・再興感染症は、現在は地球規模で問題化してきている。エイズ、エボラ出血熱等この20年余りの間に30数種のウイルス病が発生してきている。大型航空機による大量輸送と膨大なる物資の交易により種々の海外の感染症が持ち込まれる可能性がある。ウイルス性出血熱については、特別の予防法も治療法も存在せず、致命率も高いので、日常的に渡航者に情報を提供し、感染せぬよう啓蒙に努める必要がある。
1)平時の対応:海外や国内において重篤な感染症の発生が全くない場合のような平時においては、通常の検疫等にも実施し、日頃からウイルス性出血熱対応の技術研鑽に努める。
2)緊急時の対応:渡航歴からみてウイルス性出血熱の疑いが強い感染症者を診断した場合には、4号感染症対策マニュアルに準じて、患者の診断、収容、搬送、防疫措置を行う。
国外において集団発生があり、その中での感染、あるいは個別に感染し潜伏期間中に国内に入る場合といくつかの状況が起こりうる。集団発生については、あらゆるルートで情報を把握し、感染症を疑われる人の航空機への搭乗の有無等について発生国との緊密な連絡をし、入国時の検疫強化をする必要がある。
III. 海港における検疫機能に関する研究
海港に、ウイルス性出血熱の発生地域からヒトが船舶で到着する可能性はきわめて低いとみてよい。船舶の現在のスピードからみて、・朝鮮半島、中国、台湾、極東ロシア地域、・東南アジア地域、・その他の地域により、対策確立までの時間にかなりの差が出てくる。ウイルス性出血熱の中で、その関連動物ないし媒介動物が入り込むとすれば、それは中国大陸に存在するクリミア・コンゴ出血熱ウイルスであろう。このウイルスは、動物、マダニと共に、さらに渡り鳥にマダニがとりついて遠隔地へ運ばれる例も知られており、その意味で最も警戒を要する。
IV. 諸外国の検疫における対応
欧州の代表として英国、米大陸の米国をみる。疾患は、英、仏等のかつての植民地で発生がみられている。疾患発生は、現地の病院等に常駐している欧米人からもたらされることが多い。この情報は、政府レベルやWHOレベルに比べてずっと早いのがふつうである。情報にもとづき対応は自らかわる。そのような地域に航空便をもっているのは、大部分は欧州各国であり、検疫の問題もそれらの主要空港において最も重要となる。いずれもウイルス性出血熱発生地から数時間~10数時間という距離であり、潜伏期間であることが多く、検疫で把握される可能性は多くはないと思われる。わが国へは、さらに10数時間を要し、発見の可能性は、もし症状があるとすれば、高くなろう。英、米においては、発生地情報と、それに結びつく航空便に監視の目を注ぐことに力を入れている(空港では英では、2ケ所、米では7ケ所に検疫官が常駐している)。
V. 輸入感染症の危機管理とは何か
大量高速輸送時代に入り、情報はきわめて重要な役割をもつようになったのは事実である。しかし、真の意味ある情報は、機器のプラグを接続することによって得られるわけではない。永年かけて、専門家を養成して、世界のあらゆる重要な地域に、わが国の専門家が配置され、各国の関連者との間に信頼関係を構築し、はじめて可能となることである。米厚生省は、世界各国に200名以上、仏は、22カ国のパスツール研究所及び他の関連機関に医学・医療関係者500名以上、英はかつての植民地各国に多数の関係者を常駐させ、各国政府厚生省の支援、研究機関の支援あるいは、独自のプロジェクトにもとって調査・研究活動を展開している。重要感染症情報はそれらを基盤として出てくるものであり、一方、ヒトの信頼関係にもよっている。このような点は、わが国で最も欠如している点である。もう一つ重要な点は、緊急時の機動性である。疾患発生支援への出動を決めると同時にヒト、金、物資が10時間位で飛び出していける状態の米CDCの対応は、学ぶべき点は数々あると思われる。
そのような背景があってはじめて、水際の大騒ぎが不要となってくることを忘れてはならないと思う。即ち平時の備えである。
結論
ウイルス性出血熱は、重要な疾患である。わが国では、事実上最低の診断機能以外の検査施設はない(実際は存在するが、政治的理由で使用できていない)。国際協力体制を整備する上でもこれはきわめておかしな状態である。次に、水際検疫は重要であるが、そこを通り抜けてしまった後での発生問題には、対策マニュアルを整えて、あらゆる状況に対応しうるシステムを作る必要がある。最後に、最も重要なのが、専門家を養成し、世界中に配置し、わが国にとって重要な情報を独自にもとっていける体制をつくることである。これが本当の危機管理につながる最善の方策であると考える。危機管理とは会議を開くことではない。
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