海外における国際感染症の集団発生に対する危機管理研究

文献情報

文献番号
199700043A
報告書区分
総括
研究課題名
海外における国際感染症の集団発生に対する危機管理研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
矢野 周作(関西空港検疫所)
研究分担者(所属機関)
  • 竹田美文(国立国際医療センタ-)
  • 井上栄(感染症研究所)
  • 倉田毅(国立感染症研究所)
  • 古畑雅一(成田空港検疫所)
  • 梅田珠美(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
国際感染症の集団発生(ウィルス性出血熱は単独発生)に対する危機管理対応については、海外における感染症の集団発生情報を迅速に入手し、流行の早期段階から事態を的確に把握した適切かつ迅速な対応が求められる。このためには、海外の感染症情報を収集・分析する機関と、得られた情報に基づき迅速な活動を行う防疫実施機関、及びこれらの危険な感染症に対する感染防御手段や治療法等を研究する研究機関、の三機関の密接な連携が必要不可欠であると考えられる。したがって、本研究においては、アフリカ諸国との間で人的、物的交流が盛んなイギリス、スイス、フランス等の感染症に関する諸制度や、これらの国々に輸入された感染症の集団発生に対して各国でどのような対応が取られてきたかの調査検討を加える。またWHO が毎週発行している機関誌「Weekly Epidemiological Re-cord」を中心とした各種文献の詳細な検討により、WHOや各国の国際感染症の集団発生や国内への侵入の脅威に対する危機管理対応の研究等を行い、我が国が情報・防疫・研究という三つの分野における機能の連携をどのように位置づけて運用すれば、極めて初期の段階から最も効果的な危機管理活動ができるか等の研究を行うものである。
研究方法
海外における感染症の集団発生情報を迅速に入手し、流行の早期段階から事態を的確に把握した適切かつ迅速な対応が求められる。このためには、海外の感染症情報を収集・分析する機関と、得られた情報に基づき迅速な活動を行う防疫実施機関、及びこれらの危険な感染症に対する感染防御手段や治療法等を研究する研究機関、の三機関の密接な連携が必要不可欠であると考えられる。上記の研究目的を達成するために、国際感染症の勃発、流行時に迅速な対応を実施するためには世界における重篤な感染症の集団発生情報を即座に収集し、分析するシステムが重要であることから、まず主要国の感染症情報システムの調査を実施した。特にイギリス、スイス、フランス、アメリカにおける情報、防疫、研究の各分野(中央政府と地方政府の役割分担を含む)それぞれの機能と相互の連携がどのように実施されているか、また自国内又は他国由来の感染症の集団発生時に各国はどのような対応を行ってきたか等につき、上述した国の関係者等に対しあらゆる機会をとらえてアンケ-ト調査や聞き取り調査、電子メ-ルによる調査、さらには直接電話やファックスによる調査等を行うとともに、各種の資料収集等を精力的に実施した。さらに、感染症の集団発生を世界的規模で常時モニタ-し、集団発生時には各国からの要請に応じ現地での封じ込め対策等の活動を行ってきているWHOについても、同様な調査を行った。世界中でのウイルス性出血熱、ペスト、黄熱、コレラ等の発生状況や新興・再興感染症を含めたこれらの疾患の輸入症例情報等が、各国政府の感染症対策や集団発生時の対応等と共に掲載されているWHOの「Weekly Epidemiological Report」について検討を加えた。「Weekly」の詳細な検討が各感染症の集団発生に対する危機管理対応の研究に直結すると考えられることから、過去30年間の「Weekly」に掲載された感染症関連記事について分析整理を行うとともに、我が国に参考になると思われる事例については、電話やファックスなどを用いて、直接関係者(機関)と連絡をとり、さらなる情報収集を行った。以上のような研究の実施過程において、班会議を三回開催し、本研究のまとめが導かれた。また、各分担研究者においては、各研究内容の進捗状況に応じ各種の研究会を開催し、本研究の積極的な推進
をはかった。
結果と考察
1.イギリス、スイス及びフランスにおける感染症危機管理体制の調査研究結果から、各国に共通している施設や、共通していなくとも施策上有用であると思われるものについて、整理分析を行った。(1)情報分野?国内からの感染症発生情報:三ヶ国ともに、選定された医師、検査機関から指定された疾病や検査結果に関して定期的(週、月)に感染症情報が報告されるサ-ベイランスシステムと、法令に基づいて定められている疾病について医師から決められた期間に決められた方法によって届出が行われている。スイスについては、疫学調査を容易にすること等を目的として届出の様式が疾病毎に定められていた。なお、各国のサ-ベイランスシステムは過去の経験を考慮してそれぞれ充実強化がなされている。?国外からの感染症発生情報:海外、特にアフリカからの情報収集の方法は、三ヶ国ともに個人レベルのネットワ-クから収集されていて、公的な収集システムはフランスの現地大使館のル-トを除いてなかった。このことは、アフリカとヨ-ロッパとの強い歴史的地理的背景と、自国の教育訓練機関にアフリカからの研修生を参加させていること等によるものと考えられた。また、Pro-MEDからの情報収集はどの国も有用な情報収集手段として認識していた。?感染症情報の提供:週等の単位で収集されるサ-ベイランス情報は週報、月報として情報提供されている。ウイルス性出血熱等の問い合わせについて、イギリス及びスイスは24時間の情報提供システムをもっているとともに、緊急時には、インタ-ネットを媒介して情報提供を行っている(Epi-net)。フランスでは髄膜炎菌性髄膜炎等の患者の入国が確認された場合は、テレビ、ラジオ、新聞等のメデアを利用した24時間の情報提供を行っている。(2)防疫分野?予防接種:三ヶ国のうち、スイスとフランスが強制接種の制度を有している。イギリスでは、NHSが保健に関する個人情報を入れた国民保健背番号の制度を運営しており、この中に予防接種のhistoryが入っている。このため、必要が生じた場合はこのhistoryを取り出している。タイタ-のチェックについては、イギリスとフランスで行っている。?Medical Evacuation:感染症に感染した患者を海外から搬送する手段に関しては、三ヶ国ともに異なっている。まずイギリスについては、最初に国際空港の検疫所に通報が入り、これを受けて検疫所は国内の特定の病院に連絡する。その後、その病院から搬送部隊が出て行っている。スイスは非営利団体であるRegaが行政機関を介せずに直接連絡を受けて出動しているが、独自の判断で搬送の拒否ができる。フランスは治療手段のないエボラ出血熱のような患者の場合は、国が診療の経験のある適切なアフリカの医療機関を紹介して国内に搬送しないように勧告している。?長期滞在者対策:長期滞在者に関する対応もそれぞれ独自の方法を用いて実施されている。イギリスでは水際での結核侵入対策がとられていて、六ヶ月以上の滞在者に対し、リスクの高い渡航地を前もって指定し、空港検疫所で胸部エックス線撮影が行われている。スイスについては移民者を対象にした一定期間の施設収容時に健康診断が実施されている。フランスでは三ヶ月以上の滞在者に大使館がビザを発給するときに健康診断書の提出を義務づけている。?輸入感染症に対する指針、マニュアル、対応等:ウイルス性出血熱に対しては三ヶ国ともにその対応指針を用意していたが、その他にイギリスとフランスはペストについて、そしてフランスは結核と髄膜炎について対応指針を備えていた。また、これらの危険な感染症についてイギリスは緊急の治療は無料であるとともに、スイスは国全体のプロトコ-ルがあったが、フランスは国全体としてのプランを有していないのが問題であると認識していた。?入国時における危機時対策:危険な感染症患者と同じ航空機で入国した乗客や乗務員に対する対策として、イギリスとスイスでは汚染国の流行状況等から判断して有事においては質問票が機内で配布されている。これらの質問票には配布の目的、潜伏期間内の入国を考慮した入国後の住所の欄等があるが、イギリ
スのものには症状の記載欄がないが、スイスのものには詳しい記載欄があるなどの相違点がある。一方、フランスにおいては質問票の配布システムはなかった。?地方行政組織:スイスは直接民主性の国として知られているが、現在も保健行政は基本的に自治体が国の介入を受けずに実施している。逆にフランスは中央集権国家として知られているように、人事異動は県、地域を超えて国主導で行われている。イギリスはいわばスイスとフランスの中間をいっており、地域の保健行政機関の長は国から来ているが、その他の職員は自治体に所属していて自治体を超えた異動はないとのことであった。?専門家の養成と訓練:三ヶ国ともに感染症の専門家の養成と訓練に力を注いでいる。イギリスではPHLSに多様な養成訓練コ-スがあり、その目的に応じて三ヶ月から五年間のコ-スが用意されている。スイスには熱帯医学研究所にコ-スがあるとともに、フランスでは専門課程を有する複数の大学が協力して、養成訓練を引き受けている。アフリカやEU等からの研修生がイギリスとフランスのコ-スに参加している。また、イギリスとフランスの感染症に関する特定のポストは、これらの養成訓練コ-スの修了が条件とされていた。(3)検査(研究)分野?体制:三ヶ国ともに中央と地方の検査(研究)システムを有していることは共通しているが、スイスはレベル4の実験施設を有していない。(4)情報、防疫及び検査(研究)分野の連携と最終実務責任者:イギリスではPHLSが情報と検査(研究)の分野を全て実施しているとともに、専門家の養成訓練を通して各分野に人材を供給している。さらに防疫の分野でも感染症の原因解明を行う疫学チ-ムに参加しているように、各分野の連携が円滑に実施されている。スイスでは中央政府が行う24時間対応の情報提供を除けば、基本的に地域の大学病院が核となって各分野の連携が行われている。フランスにおいては感染症の各分野を担当するRNSP,DGS,CNRの三者による協議や人事交流等を通して連携が図られている。なお、イギリスにはChief Medical Officer、フランスにはDirectorate-General of Health が、アメリカ合衆国の Surgeon General と同じ様な形で存在している。今回の調査において把握できたことは、このポストは例えば合衆国の Surgeon General が大統領の直接任命によることからもわかるように、一般的には感染症を含む健康・保健政策等に関する行政の官僚制度とは一歩間隔をおいた、正真正銘のプロとしての医師の立場で医療技術面の政策決定を行い、かつ、これらの結果に責任を負う体制となっていて、医療専門職として最も地位の高く、責任の重いポストである。したがって、その人事に関しては、いずれの国においても官僚制度の人事として動くことは少なく、博学性・専門性・見識等の多くの資質を十分に備えた医師があてられ、その在任期間も日本では考えられないほど長い(国によって異なるが最低でも3、4年間)。感染症の海外での流行勃発時や国内での流行発生時等におおけるこれらのポストについた者の役割は、国家の医療政策分野における最高責任者として、国内及び海外の検査(研究)機関、公衆衛生当局、医療機関、その他関連機関と直ちに協議を行い、これらの結果を踏まえた防疫体制、医療体制、メデア対策等について適宜、迅速な指示、命令等を発し、それらの決定事項を保健当局の官僚組織を動員して実施することであると考えられている。2. 1968年から1996年までの「Weekly」に掲載された感染症関連の記事について、情報の提供、防疫活動、及び研究成果の三分野に分類後、分析整理を行った。(1)情報の提供:主要な感染症については毎年、患者数・死亡者数などの発生動向や推移、各国の対策等が「世界の概況報告」として掲載されている。このうち、コレラ、ぺスト、黄熱については発生国及びその行政地区も毎月一回掲載されている。さらに、その他の感染症について重要と考えられているものは、重要性に応じ国別又は地域別に、発生又は概況報告が掲載されている。これら以外の情報提供には、世界各国の予防接種の実施状況報告、各種疾患に対するサ-ベイラン
ス報告や、世界の標準的な手技、手法が示されている技術指針、関係者等に対する各種の勧告や助言等が掲載され、情報提供されている。例えば、勧告については、1994年に発生したインドペストの大流行を教訓とした伝染病の予防と制圧に関する技術指針が、日常的な「備え」と実際に発生した場合への「対応」とに分けられて、WHOから出されている。(2)防疫活動:防疫活動には、感染症に対する対応として、WHOや地域の国々が連合して実施している全世界的又は広域的な活動例と、各国別の活動例が掲載されているとともに、ベクタ-及びズ-ノ-シスに対する対応として、それらの撲滅活動やサ-ベイランス活動が掲載されている。また、WHOの主催、又はWHOの支援による各国の教育訓練の例も記載されている。(3)検査・研究:各国等の最新の検査・研究の成果は、単独での紹介というよりも(1)の情報の提供や(2)の防疫活動例の中で要約されて紹介されている。
結論
イギリス、スイス、及びフランスの感染症に関する諸制度の調査結果から、我が国の情報、防疫及び検査(研究)分野における感染症に関する制度は、相互の連携やそれぞれの機能等において相違しているところが見られた。例えば相互連携に関して、イギリスやフランスでは、現場レベルでの人事交流や会議の開催、養成訓練の過程等を通して密接な連携が図られているとともに、Chief Medical OfficerやDirectorate-General of Health により三分野にわたる一元的な政策決定が実施されている。外国からの情報収集については三ヶ国ともに、個人レベルのネットワ-クによる収集を基本にしているほか、その情報提供では24時間稼働の提供システムを有している。さらに、重篤な感染症の発生対応について、ウイルス性出血熱等の各種ガイドラインを用意していたり、長期滞在者に対しては、いろいろな手段を講じて水際での侵入防止を実施している。防疫等に従事している職員の教育訓練について、特にイギリスにおいては多大の時間とコストをかけているとともに、イギリスとフランスでは特定の研修コ-スを修了しないと特定の行政ポストに就けないことになっている。輸入感染症対策としては、ウイルス性出血熱が最も重要な感染症として三ヶ国ともに認識していたが、それ以外では結核、髄膜炎菌性髄膜炎、レジオネラ症などの呼吸器感染症を重視していた。したがって、航空機を利用して入国する者に対し有事には質問票の配布体制を敷いているイギリスとスイスでは、ウイルス性出血熱を念頭においた質問票となっている。
Medical Evacuation については、国外からの搬送に関する考え方と手段に各国の差がみられたが、これはアフリカとの歴史的地理的関係がその背景にあるものと考えられる。「Weekly」の詳細な検討結果から、世界各地で、大規模な流行や新しい感染症が発生した場合には、その発生、流行状況、患者数、死亡者数、各国等の対応、及びこれらから得られた教訓等を研究し、感染症の流行勃発に関する情報の収集と提供、防疫活動、及び検査・研究機関の支援等について、分析整理し把握しておくことが必要不可欠である。これによって、国際感染症の集団発生に関する危機管理活動が迅速、かつ、的確に実施されると考えられることから、世界各国の感染症に関する各種の情報、防疫活動、及び検査・研究の成果等が毎週掲載されているWHOの機関誌「Weekly」を常に把握しておくとともに、我が国としても各国で発生した主要な感染症に対し、情報、防疫、そして検査・研究という視点から系統的に分析しておくことが重要であると思われる。

公開日・更新日

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