診療ガイドラインの策定に関する基礎的検討

文献情報

文献番号
199700025A
報告書区分
総括
研究課題名
診療ガイドラインの策定に関する基礎的検討
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
伊藤 澄信(国立東京第二病院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生行政科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
米国ではThe Agency for Health Care Policy and Research (AHCPR)などの政府機関や米国内科学会などの学術団体が中心となって診療ガイドラインが策定され標準化が進んでいるが、わが国では従前より診療内容は医師の判断に任され、医療の質は均一とは言い難い現状にある。昨今では医学知識並びに技術は一人の医師が医療すべての領域をカバーできないほどに急速に進歩しており、さらに情報化の急速な進展は印刷媒体だけでなくマルチメディアなどの新しい媒体も加わることにより加速し、医療知識、技術の本質を見失わせる可能性さえも生じている。こうした多量の情報を整理し、医療の標準化を推し進めていくためにはガイドライン(指針)は有効と考えられるが、欧米とは医療供給体制(例えば予防接種の様式など)や、疾患分布、薬物使用量なども異なり、欧米のガイドラインをそのまま導入するには無理があると考えられる。しかし、わが国における診療ガイドライン策定を検討する際にはまず北米を中心とした世界的に用いられている診療ガイドラインの実体を把握し、その制作過程を理解することがわが国の医療に適した診療ガイドライン作成の基礎になると考えられる。
研究方法
本報告書ではまず、診療ガイドライン策定の基礎となるべき知識について略述した。具体的にはEvidence-based Medicine(EBM)の基礎概念、臨床研究デザインなどについて記載した。その後で現在の系統的診療ガイドラインの代表ともいうべきAHCPR診療ガイドライン、AHCPR予防医療ガイドライン(Guide to Clinical Preventive Service, The Second Edition 1996)、NIH (National Institute of Health) Consensus Statement、米国内科学会American College of Physicians(ACP)の承認したClinical Practice Guidelines、コクラン共同計画 The Cochran Collaborationの全貌と内容について解説した。これらの情報の大部分はインターネットや書籍により入手した。
現在使用されている診療ガイドラインをすべて把握するのは困難であるが、CD-ROM版MedlineであるKnowledge Finderを用い、Practice GuidelinesをキーワードClinical Practice Guidelines関連の抄録を405件収集した。収集された文献は要約abstractを読むことにより89件に整理し、要約も添付し内容がわかるようにした。1993年以前に作成されたガイドラインもあることから、書籍などの検索からわが国で頻用されている診療ガイドライン19件を収載した。
結果と考察
診療ガイドラインはある特定の病態について適切なヘルスケアの選択するに際し臨床医と患者の手助けになる体系的に作成された文書や勧告である。従来、こうした診療ガイドラインに相当する知識は、「私の処方」に代表される専門家の意見が大勢をしめてきた。現在ではRandomized Clinical Trialを中心とした臨床試験、メタアナリシスなどの臨床疫学の手法の進歩に伴い、証拠に基づく医療(Evidence-Based Medicine)がもてはやされるようになり、種々の勧告についても証拠の質に基づいた科学的意味付けが重要視されている。
種々のガイドラインは、証拠の質に基づいて、専門家の意見(expert opinion)、専門学会の意見、無作為臨床試験に基づく勧告(メタアナリシスを含む)に分けられる。その利点と欠点は様々であるが以下に要約される。
専門家の意見
利点:頻度の少ない疾病でも作成可能。費用・時間がかからない。
欠点:バイアスがかかり易い。専門家によって意見が異なる。
専門学会の意見
利点:比較的費用・時間はかからずにガイドラインが作成可能。
欠点:意見が分かれる可能性がある。
無作為臨床試験に基づく勧告
利点:バイアスがかかりにくい。
欠点:適切な臨床試験を行うのに膨大な費用と時間がかかる。臨床試験を行えるほどの頻度の高い疾患である必要がある。
従来、専門学会の意見がガイドラインの大勢を占めてきたが、最近のAgency for Health Care Policy and Research(AHCPR)が中心となって作成したClinical Practice Guidelineは無作為臨床試験に基づく勧告に基づいている。
Evidence-Based Medicineをこの方法論の開拓者であるSackettらは「現在ある最良の証拠を良心的、明示的かつ思慮深く用いることによって個々の患者の臨床判断をすること」と定義している。すなわち、科学的根拠に基づく医療をすることとなる。
EBMは? 疑問点の抽出、? 文献検索、? 文献の批判的吟味、? 外的妥当性の評価の4つのステップとして理解されている。
研究デザインによる証明力の強さStrength of evidenceは一般にバイアスの少なさとほぼ同じと考えられ、以下の順に強くなるとされている。1)症例報告Case report: 1症例あるいは少数例の提示。2)症例集積研究Case series:特定の疾患を有する患者集団の提示。3)症例対照研究 Case-control study:患者群と対照群を比較し、原因や危険因子を特定しようとする研究。4)コーホート研究 Cohort study: 特定の集団を経時的に追っていく研究。5)無作為化比較対照試験 Randamized controlled trial (RCT): 患者を無作為に2つの治療法に割り付ける臨床試験。6)二重盲検比較対照試験 Double blind randamized controlled trial:どちらの治療が行われたかがわからないように盲検化が行われた臨床試験。患者のみがどちらの治療が行われたかを知らないものを一重盲検法 Single blindとよび患者・医師の双方ともどちらの治療法かを知らないものを二重盲検法Double blindという。
研究デザインは大きく観察的研究、実験的(介入)研究、メタアナリシスなどに大きく分けられるが、証明しようとする事象によって採用しうる試験デザインは異なる。上記の証明力の強さの区分は証明しようとする事象を区別せずに1つの尺度にのせてあり、また同じ無作為化比較対照試験でも固定用量と漸増法ではバイアスの入る可能性は異なり、かなり乱暴な分類ではある。
AHCPRは1989年12月に医療サービスの質、妥当性、効率を高めるために米国厚生省によって設置された機関であり、一般医療サービス研究の発展を促し、医療従事者、政策立案者や国民にその研究結果やガイドラインを衆知させることを目的としている。研究班によって作成されたガイドラインは文献検索により作成されているがその根拠になった証拠の質に基づいて以下のように格付けされている。A:確固たる証拠がある。B:支持しうる証拠がある。C:専門家の意見
AHCPRの作成している診療ガイドラインは3つのフォーマットがある。1)The Clinical Practice Guideline:医療従事者への勧告とともに勧告の妥当性を示す情報・図表と参考文献を収録。2)The Quick Reference Guide: 日常診療に用いやすいように作成されたClinical Practice Guidelineの要約版。3) The Consumer Guide:英語版とスペイン語版があり、一般人のための啓蒙と診療決断を支援するための小冊子。
予防医療ガイドラインの初版は米国予防医療研究班によって1989年に発表され、科学的データに基づいた疾病のスクリーニング、カウンセリング、予防接種と疾病予防のための服薬に関する勧告を集めた金字塔的な報告である。勧告の作成に当たっては臨床研究結果や学会などの勧告が集積され、まず、臨床研究の質について検討された上で現在得られている科学的知見、すなわち証拠に基づいて研究班としての勧告がだされている。基本的にはMEDLINEによる文献検索によって得られた情報を研究デザインに基づいて重みづけした上で評価し、当該予防医療を行うべきか否かをA(当該項目を予防医療に含むべきとする勧告には確かな根拠がある)からE(当該項目を予防医療に除外すべきとする勧告には確かな根拠がある)の5段階に判定し、勧告している。かなり多くの予防医療行為がCランクの勧告(十分な根拠がない)となっているが、これは当該医療行為の妥当性が科学的に証明されていないことに起因している。根拠の質は、?:最低1つ以上のよく管理された無作為コントロール研究より得られた証拠がある。?-1:無作為ではないがよく管理されたコントロール研究から得られた証拠がある。?-2:よく管理されたコーホートあるいは症例コントロール分析研究より得られた証拠がある(できれば複数施設あるいは複数研究グループによる研究結果)。?-3:臨床介入がされた場合とされなかった場合を時系列で複数観察された結果から得られた証拠がある。対照群がなくても劇的な効果をみた臨床経験(1940年代のペニシリン治療の導入時のような経験)もこのタイプの証拠と考えられる。?:臨床的経験、記述的研究や症例報告、専門委員会の報告に基づく権威者の意見。に分けて記載されている。本ガイドラインはEvidence-Based Medicineの草分けともいえるものである。
NIH Consensus Development Programにより開催されるNIH Consensus Development Conferencesは過去20年にも及び開催されているが、その時点での医療技術に関する科学的評価を行いコンセンサスを得るための会議である。パネルは利害関係のない専門家によって構成されるが、会議自体は公開されている。会議の要約であるNIH consensus statement は1)コンセンサスに関連した研究者による2日間の研究成果の発表、2)カンファランス出席者とのオープンディスカッション、3)第2日目の残りと第3日目の午前にわたる審議結果に基づいて作成されている。
コクラン共同計画 The Cochran Collaborationは1992年末に英国NHSを支援する研究開発の一環としてオックスフォードにコクランセンターが設置され、現在、自発的な人々の世界的な支援の結果、急速に展開している、無作為化比較試験randamized controlled trialを中心とした医療情報を集積し統計学的に統合し医療関係者・消費者に提供するEvidence-Based Medicineの情報インフラストラクチャーとされている。コクラン・レビュー結果はCochrane Libraryとして年4回改訂され、Update Software社あるいは国内代理店である南江堂・洋書部より入手可能。コクラン共同計画ハンドブック(Cochrane Collaboration Handbook)はコクラン計画に協力する人のための方法論などを記載したハンドブックであり、本ハンドブックには臨床的トピックスなどの各論は記載されていない。
コクラン共同計画と従来のEBMとの本質的違いはEBMの手法では通常MEDLINEなどより情報検索を行うが、1) 全世界にある無作為対照比較臨床試験のうち限られたものしかMEDLINEなどに収載されていない、2) 検索ソフトを用いても必ずしもすべての臨床試験が検出されるとは限らないことがあり、そのため「ハンドサーチ」と呼ばれる人海戦術によって全世界にある臨床試験を集積しメタアナリシスの手法によりある特定のトピックスに関する現在までに得られている科学的証拠を整理し臨床に役立たせようという点にあると理解される。
Knowledge Finderを用い、Practice Guidelinesをキーワードに公表されたClinical Practice Guidelines関連の抄録405件より精選された89件の診療ガイドラインは分野別では感染症15、循環器病10、消化器病8、新生児・妊娠8、整形外科・スポーツ医学6などの分野に多くみられた。Medlineなどを用いてもすべての診療ガイドラインを検索することは不可能であり、また1993年以前に作成された診療ガイドラインについては検索が困難であるため、国立東京第二病院総合診療科にある資料(書籍など)を検索しわが国で頻用されている診療ガイドラインを記載した。なお、ガイドラインとして複数あるものは国際的により信頼性が高いものを優先して19件収載した。
結論
本報告書には1994年以降に発行された主要な診療ガイドラインと診療ガイドラインを主として作成している学術団体の現在までの活動状況ならびに診療ガイドラインの質を中心に概説してあり、今後わが国で作成すべき診療ガイドラインの基礎的資料となることを希望する。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)