職場における慢性肝炎の増悪要因(化学物質暴露等)及び健康管理に関する研究

文献情報

文献番号
200301128A
報告書区分
総括
研究課題名
職場における慢性肝炎の増悪要因(化学物質暴露等)及び健康管理に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
川本 俊弘(産業医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 佐栁 進(国立下関病院)
  • 荻野景規(金沢大学大学院)
  • 藤野昭宏(産業医科大学)
  • 堀江正知(産業医科大学)
  • 田原章成(産業医科大学)
  • 小山倫浩(産業医科大学)
  • 八嶋康典((財)福岡労働衛生研究所)
  • 桝元 武(三菱化学・鹿島事業所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 肝炎等克服緊急対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、肝炎労働者(職場および病院)を対象とした実態調査および追跡調査、産業医へのアンケート調査、文献調査、バイオマーカーを利用した調査等により、作業関連要因(化学物質暴露、物理的因子、精神的ストレス、作業様態など)と慢性肝炎(特にB型およびC型肝炎)の増悪との関連を科学的に解明し、肝炎労働者(B型・C型肝炎およびキャリアである労働者)に対する適切な健康管理のあり方を検討し、提言をまとめることを目的とする。
研究方法
平成14年度の本研究にて肝炎労働者へのアンケートが可能と答えた40事業所の産業医と連絡を取り、肝炎労働者に職場環境や労働時間・内容についてのアンケート(「ウィルス性肝炎および肝炎ウィルスキャリアと診断された方へのアンケート」)を配布し、回答の得られた115例を解析した。文献検索は、NLM (米国立医学図書館;National Library of Medicine)のNCBI (米国立生物工学情報センター;National Center for Biotechnology Information)が試験的に提供する文献抄録データベースのPub Medを利用した。また、山口県の某病院の外来通院中及び入院中の慢性肝炎患者を対象とし、採尿(8-OHdG測定)と記名式自己記入式質問調査を行った。さらに、産業医科大学病院、国立下関病院およびその他の研究協力病院の外来に通院中で、昨年度の調査において追跡調査に承諾が得られた肝炎労働者に対して、再度インフォームド・コンセントを得た上でアンケートを行い、さらに各症例の血清トランスアミナーゼ(ASTおよびALT)値および血小板数の過去約1年間分を各担当医より得た。本研究班で、「肝炎労働者の健康管理に関する提言(案)」を作成し、これを「肝炎労働者の健康管理に関する提言アンケート」として、専属産業医、嘱託産業医、都道府県産業保健推進センター、地域産業保健センターの合計505名(箇所)に送付し、意見を聴取した。回収率は、254名(箇所)(50.3%)であった。
結果と考察
肝炎労働者115例の内、約3割が有害業務に従事し、その内訳は有機溶剤、特定化学物質、粉塵、騒音、深夜業などであった。肝炎労働者が肝炎ウィルスに感染していることを知った理由の約半数は、事業所が関与する検査結果によるものであった。肝炎労働者の2~3割が肝炎の急性増悪の経験を有していた。事業所で肝炎ウィルス検査を施行すべきであると考えているのは、産業医よりも肝炎労働者の方が多かった。急性増悪の原因として産業医・肝炎労働者ともに「飲酒」を肝炎の考えている他、産業医は「治療中断」など主として労働者側の要因を考えているのに対し、肝炎労働者は「職場での精神的ストレス」など主として事業所側の要因で肝炎が急性増悪したと考えていた。肝炎罹患に関する情報を会社側に対して非開示を求める者が約4割みられた一方、肝炎情報の開示をすることで就労上有利になることを期待する者が少なくなかった。
文献検索の結果から慢性肝炎増悪に関与する可能性が疑われる作業関連要因は、一般的な有機溶剤、肝毒性のある化学物質、疲労を伴う作業内容や作業方法、アフラトキシン暴露の多い地域への海外勤務や長期出張などであるが、作業関連要因と慢性肝炎の増悪との関係を明確に記述した文献は見つからなかった。
8-OHdG/クレアチニン・血清トランスアミナーゼと職種との関連性は認められなかったが、血清AST、ALTは有害業務勤務経験のある男性で有意な高値を示した。通院中の肝炎労働者を対象とした2年間の追跡調査において、慢性肝障害の活動性に悪影響を及ぼす作業関連要因は認められず、また急性増悪に関与したと考えられる作業関連要因も認められなかった。さらに肝病変が明らかに進展したと思われる症例もみられなかったことから、慢性肝障害の経過に対する作業関連要因の短期的影響は少ないものと考えられた。しかしながら、肝炎は徐々に進展していく疾患であり、作業関連要因の及ぼす長期的影響に関しては未だ不明である。また、healthy worker effectの影響も考慮しなければならず、一概に作業関連要因による慢性肝炎増悪はないとは言えない。今回100名を超える肝炎労働者のコホート集団を形成することができたので、作業関連要因の影響を追跡調査により解明する予定である。
「肝炎労働者の健康管理に関する提言(案)」に対する意見調査では、ほとんどの産業医等から同意を得た。しかし、職域における肝炎ウィルス検査の実施、検査結果を事業者側で管理しないこと、および特別にウィルス肝炎対策に取り組むことに関しては、不要という意見が10~20%あった。これは事業者の安全配慮義務と労働者の就業上の不利益、さらには個人情報の保護が複雑に絡み合った結果と考えた。現在、市町村で行われる老人保健法に基づく健康診査では肝炎ウィルス検査が積極的に行われている。労働者は労働を通して日本社会に貢献するとともに、税金や健康保険料を支払うことにより老人健康保険に間接的に拠出している。老人保健法に基づく健康診査では肝炎ウィルス検査が積極的に行われている一方で、「費用負担者である労働者を対象とした職域における肝炎ウィルス検査が積極的に行われていない」という現状は解決されなければならない。したがって、労働者の費用負担が重くならず、安全配慮義務と個人情報保護のバランスのとれた「ウィルス検査」、「定期的な保健指導」、「就業上の措置」、さらには「適切な治療」を実施できる体制を構築し、肝炎労働者が安心して働くことができるようにすることが、本研究に課された使命と考える。
結論
本研究は、作業関連要因(化学物質暴露、物理的因子、精神的ストレス、作業様態など)と慢性肝炎(特にB型およびC型肝炎)の増悪との関連を科学的に解明し、肝炎労働者(B型・C型肝炎およびキャリアである労働者)に対する適切な健康管理のあり方を検討することを目的とした。まず、肝炎労働者115例を対象としたアンケートから、肝炎労働者の約3割が有害業務に従事していることがわかった。有害業務の内訳は有機溶剤、特定化学物質、粉塵、騒音、深夜業、などであった。肝炎労働者が肝炎ウィルスに感染していることを最初に知った理由の約半数は事業所が関連する検査結果によるものであり、事業所における肝炎ウィルス検査はその感染の有無を知るうえで重要な役割を担っている。肝炎労働者の2~3割が肝炎の急性増悪の経験を有していた。その原因として産業医・肝炎労働者ともに「飲酒」を肝炎の急性増悪の原因として考えている他、産業医は「治療中断」など主として労働者側の要因で肝炎が急性増悪したと考えているのに対し、肝炎労働者は「職場での精神的ストレス」など主として事業所側の要因で肝炎が急性増悪したと考えていた。しかしながら、通院している肝炎労働者を対象とした2年間の追跡調査では、作業関連要因と血清トランスアミナーゼ値との間に関連は認められなかった。また、外来通院中あるいは入院中の肝炎患者を対象とした調査でも、血清トランスアミナーゼおよび8-OHdG/クレアチニンと職種や有害業務との関連性は認められなかったが、血清AST、ALTは有害業務経験のある男性で有意な高値を示した。今後は、今回形成した者のコホート集団を対象として、慢性肝炎の増悪と作業関連要因との関係を調べる必要がある。また、「肝炎労働者の健康管理に関する提言(案)」を作成し、この提言(案)に対する意見を専属産業医、嘱託産業医、都道府県産業保健推進センターの医師、地域産業保健センターの医師から聴取した。結果としてほとんどの産業医等から同意を得たが、職域における肝炎ウィルス検査の実施、検査結果を事業者側で管理しないこと、ウィルス肝炎対策を特別に取り組むことに関しては、不要という意見が10~20%あった。これは事業者の安全配慮義務と労働者の就業上の不利益、さらには個人情報の保護が複雑に絡み合った結果と考えた。このような状況下では、肝炎労働者が安心して働くことができる職場形成のために提言の必要性は非常に高いと考えた。

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