中枢神経系に影響を与える内分泌かく乱化学物質の順位付けとヒトでのリスク予測と回避法の研究

文献情報

文献番号
200200930A
報告書区分
総括
研究課題名
中枢神経系に影響を与える内分泌かく乱化学物質の順位付けとヒトでのリスク予測と回避法の研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
舩江 良彦(大阪市立大学大学院医学研究科生体機能解析学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 福島昭治(大阪市立大学大学院医学研究科都市環境病理学)
  • 伏木信次(京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター病態病理学部門)
  • 山野恒一(大阪市立大学大学院医学研究科発達小児医学)
  • 今岡進(関西学院大学理工学部生命科学科)
  • 植田弘師(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科生命薬科学専攻分子薬理学研究室)
  • 廣井豊子(大阪市立大学大学院医学研究科生体機能解析学分野)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、内分泌かく乱化学物質が、内分泌系・生殖器系に対してのみならず、神経系や免疫系にも様々な影響を与えていることが報告されている。これまでの多くの研究から、内分泌かく乱化学物質のエストロゲン(E2)様作用発現に関しては、ERを介した分子生物学的機構が解明され、E2様作用を示す化学物質のスクリーニング法などの開発も進んでいる。しかし中枢神経系への作用に関しては、内分泌かく乱化学物質と行動異常や知能低下との関連性が示唆され、現在問題視されているにも関わらず、未だ作用機序など不明な点が多い。そこで、本研究では、内分泌かく乱化学物質の中枢神経系への作用を予測するスクリーニング法を開発し、ヒトでのリスク予測とリスク回避法を開発するのが目的である。
研究方法
ビスフェノールA (BPA)受容体タンパク質としてラット脳よりprotein disulfide isomerase (PDI)を精製した。大腸菌で発現させたヒスチジン融合PDIを用いてT3との競合的結合実験をもとに、BPAをはじめとする内分泌かく乱作用を及ぼす可能性のある物質についてスクリーニングを行った(舩江)。PC12細胞にBPAを曝露した。細胞内外のドパミンをHPLCを用いて定量した。選択的L、N、P/Q型カルシウムチャネル拮抗薬、G蛋白、cyclic AMP/PKA及びリアノジン受容体各種阻害剤をBPAとともに添加し、ドパミン放出に対する影響を調べた(廣井)。神経ステロイド受容体を介する細胞内情報伝達機構を肥満細胞由来RBL-2H3を用いた脱顆粒応答測定系、及び細胞内カルシウム濃度測定系に対する各種内分泌かく乱化学物質による作用を検討した(植田)。アフリカツメガエルの受精卵および甲状腺ホルモンによって尾部のアポトーシスが誘導されることが明らかにされているオタマジャクシにBPAを添加して、発生過程における影響を調べた。また、肝癌細胞Hep3Bを用いて、低酸素応答すなわち低酸素感受性因子(HIF-1α)を介した遺伝子発現への影響を検討した(今岡)。胎仔または新生マウスの脳を摘出し、免疫組織化学的染色を施行した。一次抗体として、抗PDI抗体、抗Nestin抗体、抗TUJ1抗体, 抗MAP2抗体, 抗Neurofilament抗体を用いた(伏木)。ラットの海馬についてERαの免疫組織化学染色法とWestern blottingを用いて、海馬におけるERαの半定量を行なった(山野)。F344ラットを用い、発情期を示している雌と雄を交配させ、妊娠を確認した母動物に妊娠0日から出生児の離乳までBPAを毎日、強制経口投与した。また、N-ethyl-N-nitrosourea(ENU)を妊娠18日目1回、静注した。分娩21日後にF1動物を離乳し、無処置で飼育し、離乳後27週まで飼育・観察する。屠殺後、中枢神経系の腫瘍発生を病理組織学的に検索する(福島)。
結果と考察
試験した物質のうち、nonylphenol, BPA, pentachlorophenol, tetrabromo-BPA,tetrachloro-BPAが甲状腺ホルモンの結合を阻害する事が明らかとなった。これらの物質はPDIを介して甲状腺ホルモンの働きを模倣する事により、内分泌かく乱作用を示す事が示唆された。また本スクリーニング法は中枢神経系において甲状腺ホルモンの働きをかく乱する可能性のある化学物質を選定する上で有用なものとなり得ると考えられる(舩江)。PC12細胞にBPAを曝露すると濃度依存性にドパミン放出
が生じた。N型カルシウムチャネル拮抗薬、G蛋白阻害剤、cyclic AMP阻害剤、PKA阻害剤及びリアノジン受容体阻害剤で各々ドパミン放出が有意に阻害された。BPAは膜受容体・膜チャネルを介する反応様式ではエストロゲンとは異なるようである(廣井)。BPAをはじめとする多くの内分泌かく乱化学物質は、神経ステロイドに対して拮抗作用を示した。唯一、単独作用を示すものとしてメトキシクロルを見出した。(植田)。BPAはオタマジャクシ尾部のアポトーシスを促進したことから、カエルにおいて甲状腺ホルモン様の作用をしていることが示唆されたが、個体差が大きく、尾部の初代培養細胞などを用いたさらに詳細な検討が必要と考えられる。一方、BPAを受精卵に添加すると低酸素誘導性因子であるVEGFが抑制され、神経板形成に異常が生じた(今岡)。PDIは主として分化した神経細胞に強く発現すると考えられ, PDIが神経細胞の軸索伸長, 投射, シナプス形成などに関わる可能性を示唆している(伏木)。生後0-10日目のラット海馬では錐体細胞が樹状突起の伸展やシナプス形成など活発な成熟をなしている時期であり、ヒトでは妊娠7カ月目から新生児期に相当する。このような時期に何らかの原因で仔がBPAに暴露されると、高次脳機能をつかさどる海馬は大きな影響を被ることは容易に想像された(山野)。BPA投与による母動物に特記すべき臨床症状を認めなかった。また、妊娠期間、体重推移、摂餌量と飲水量に有意な差は見られなかった。F1動物については、分娩時の平均F1動物数は対照群、投与群間に有意差を認めなかった。現在、F1雄動物の飼育・観察中であるが、体重の推移には群間による変動は認められていない。BPA投与ラットにおいて、ENU投与による影響として、死産児数の増加が推測されたが、その傾向は全くなく、また、妊娠期間の変動も認められなかった。(福島)。
結論
PDIへの親和性を指標にしたスクリーニング法は、甲状腺ホルモンの働きをかく乱する物質を選定する上で有用であると考えられる。本法を用いてリスク評価を行うことにより、中枢神経系に影響を及ぼす恐れのある物質を選定できる事が期待される(舩江)。BPAをPC12細胞に曝露すると、G蛋白及びN型カルシウムチャネルを介してドパミン放出が生じた。今回、我々はBPAが膜受容体、膜チャネルを介して急性的な有害作用を誘発する可能性を示した(廣井)。神経ステロイド及び内分泌かく乱化学物質のG蛋白質連関型受容体を介するin vivo、in vitro評価系を確立することができ、内分泌かく乱化学物質作用の順位付けの手がかりをつかんだ(植田)。BPAは、アフリカツメガエルの発生過程およびヒト肝癌細胞において甲状腺ホルモン受容体、低酸素感受性因子を介して、様々な遺伝子発現に影響を与えている可能性が示唆された(今岡)。PDIは胎生早期から発達期脳組織に発現, 胎生16.5日から18.5日で最も広汎かつ特有の分布を示し, 主として遊走後の分化・成熟しつつある神経細胞に局在していた(伏木)。BPAの受容体の一つであるERαの発現はラット海馬では生後0-10日目にCA1, CA3の錐体細胞で強く、このような時期にBPAに暴露されると、高次脳機能の中枢である海馬は大きな影響を被ることが示唆された(山野)。神経系腫瘍の発生に及ぼすBPAの経胎盤および授乳曝露による影響をラットを用いて検討したが、現在まで、妊娠、出産、F1動物への影響は見られていない(福島)。

公開日・更新日

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