妊産婦の健康管理及び妊産婦死亡の防止に関する研究

文献情報

文献番号
199800326A
報告書区分
総括
研究課題名
妊産婦の健康管理及び妊産婦死亡の防止に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
桑原 慶紀(順天堂大学)
研究分担者(所属機関)
  • 桑原慶紀(順天堂大学)
  • 村田雄二(大阪大学)
  • 西島正博(北里大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国における妊産婦死亡の原因としては出血、および産科的肺塞栓の頻度が高いという特徴がある。しかし、妊産婦死亡例の情報開示に関しては未だ充分とはいいがたく、妊産婦死亡例の管理登録体制を確立し、集積された症例について分析し、抽出されたリスク因子を有するハイリスク例を妊娠早期から高次周産期医療施設で重点的に管理を行うことは、妊産婦死亡を防止する上で極めて重要であると考える。一方、近年、我が国では女性の社会進出により就労女性が増加傾向にあり、これに伴って妊婦の高齢化と少産傾向が顕著になっている。従来、妊娠中の労働は妊娠に悪影響を及ぼすのではないかと考えられてきたが、就労女性においては、高齢化とそれに伴って合併症を有する割合が増加するため、労働そのものが妊娠に及ぼす影響に関しては不明の点が多い。
本研究では、これまで蓄積されてきた妊産婦死亡例およびニアミス例のデータをもとに、妊産婦死亡のリスク因子の評価を行い、重要な因子を抽出する。また、我が国独自の制度である妊産婦健康診査のあり方を検討し、合併症妊娠例を含めた妊産婦死亡のハイリスク例の効率よいスクリーニング法の確率をめざす。一方、環境も含めた労働の妊娠に及ぼす影響に関して全国規模で調査を実施し、働く女性の妊娠中の健康管理に関しての対策を検討する。さらに、前置胎盤や常位胎盤早期剥離等の異常妊娠の管理法を検討し、分娩時異常出血の予測、その対応と母体搬送のタイミング等を検討し、総合周産期センターへの搬送基準を作成する。
研究方法
本研究を推進するため3班を設置した。
1)妊産婦死亡のリスク因子の評価に関する研究
(1)過去3年間(1995年から1997年)における、母体死亡例・ニアミス例に関する後方視的調査を実施するとともに、母体救急体制に関するアンケート調査を行う。
(2)妊産婦死亡に最も関連が深かったと思われるリスク因子を抽出する。
2)就労女性の妊娠分娩および妊産婦健康診査のあり方に関する研究
(1)妊娠中の就労が妊娠予後に及ぼす影響に関して文献的な調査を実施する。
(2)東京都周産期ネットワークのデータベースに蓄積されたデータを用いてパイロットスタディを実施する。また、前方視的な調査を実施する場合、結論を出すのに必要となる症例数についての統計学的なシュミレーションを実施する。
(3)前方視的調査を実施するための妊婦登録票のたたき台を作製する。特に、労働によるストレスの評価法について検討する。
3)妊娠の異常の管理法に関する研究
妊産婦死亡の原因となる異常妊娠、特に前置胎盤と常位胎盤早期剥離について、診断法および発症予測の可能性について検討する。
結果と考察
1)妊産婦死亡のリスク因子の評価に関する研究
母体死亡例4例、ニアミス例16例が集積された。年齢分布は20歳代前半と30歳代でリスクが高かった。母体死亡・ニアミス例ともに帝切分娩例が多かった。一方、ニアミス例のうち経腟分娩となった6例中3例が分娩誘発例であった。合併症との関連では、母体死亡例では全例が合併症を有していた。また、ニアミス例においても半数以上が合併症を有する例であった。母体救命のために必要とされる人員の数は4~10人であった。母体死亡・ニアミス例と関連が深いと思われる原因疾患として(1)出血性疾患、(2)肺塞栓・羊水塞栓症、(3)妊娠中毒症(HELLP症候群)、(4)感染症、(5)頭蓋内出血、(6)DIC、多臓器不全、(7)内科的合併症(心疾患、甲状腺疾患など)、(8)麻酔に関わる問題等が抽出された。
今回は分担研究者および研究協力者の所属する高次周産期施設での症例に対し、個票を作成し検討を行ったが、現在ある同一の個票では疾患が異なると、情報提供が困難かつ不十分であることが判明した。したがって、今後は疾患を大別し、それぞれの疾患ごとに個票を作成し、情報収集を行うことが必要であると考えられた。
2)就労女性の妊娠分娩および妊産婦健康診査のあり方に関する研究
1988年から1997年に東京都周産期ネットワークのデータベースに蓄積された約10万件のデータのうち、年齢20~34歳、既往歴のない単胎の症例56,229例を対象とした。職業別にみた内訳は、専門職6.9%、常勤事務7.0%、常勤作業1.2%、主婦82.0%と圧倒的に主婦が多かった。理由としては、パート勤務が主婦に含まれていたためであろうと思われた。妊娠予後との関連では、常勤作業妊婦で早産の頻度に高い傾向がみられ、専門職において重症妊娠悪阻の頻度が高く、また、常勤作業妊婦で重症妊娠中毒症の頻度が高いことが判明した。また、統計学的なシュミレーションによれば、パイロットスタディで用いた東京都の職業区分程度の分類では、専業主婦と就業妊婦との分類が不明確であり、そのため、早産を例にとった場合、層化抽出を行っても、有為な結果を得るためには約35,000例のサンプルを集めなくてはならないことが判明した。
パイロットスタディの結果、ある種の疾患に関しては就労によって発症率に差がでる可能性があることが判明したが、統計学的に有意差を得ようとした場合には極めて多くの症例数の集積が必要となり、現実的には研究期間内での実施は困難と思われた。この点に関しては、労働およびストレスの重み付けをきめ細かく行うことにより、対処可能と思われる。したがって、登録票を作製するうえで最も重要な点として、労働によるストレスの重みづけをいかにするかがあげられる。この点に関する検討の結果、職業性ストレスの重みづけに関しては、NIOSH職業性ストレス調査票によるポイントを用いることにより解決できることが判明した。ただし、家庭生活上のストレスの評価法に関しては次年度以降の課題として残された。
3)妊娠の異常の管理法に関する研究
前置胎盤の診断に関しては超音波経腟法の使用により、その診断は容易であるものの、大量出血の予測を全ての産科施設に求めることは困難である。また、常位胎盤早期剥離については、発症の予測すら困難であった。
分娩周辺の出血に対しては、予測よりもこれに対する対応が母体の救命につながると考られた。したがって、今後は効率的で迅速な輸血の体制を確立するために、現状の輸血供給システムの問題点を明らかにすることが重要であると思われた。具体的には、産科施設における輸血の準備状況を調査するとともに、血液供給側である日赤血液センターに対しても血液供給実績の調査を行う。これによって産科臨床の現場での輸血準備状況と輸血供給システムの問題点が明らかになるものと思われる。
結論
(1)母体救命は搬送側と受け入れ側の協調が不可欠であり、そのためには、搬送側と受け入れ側の対応が重要である。したがって、これを実施するためのガイドラインの作成が急務と考える。
(2)就労女性の妊娠分娩はハイリスクである可能性が示唆されたが、全国規模での前方視的調査が必要である。有意義な結論を得るためには、対象数を多くすることよりも、労働の身体的・精神的負荷を正しく、客観的に重みづけすることが重要である。
(3)今回の検討はいづれもパイロットスタディであり、今後の多施設での調査・検討が必須である。

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