幼児期における基本的情緒形成とその障害に関する研究

文献情報

文献番号
199800319A
報告書区分
総括
研究課題名
幼児期における基本的情緒形成とその障害に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
清水 凡生(呉大学看護学部)
研究分担者(所属機関)
  • 田中義人(広島大学医学部保健学科)
  • 澤田敬(高知県立西南病院小児科)
  • 森下正康(和歌山大学教育学部)
  • 大日向雅美(恵泉女学園大学人文学部)
  • 陳省仁(北海道大学教育学部附属乳幼児発達臨床センター)
  • 首藤俊元(埼玉大学教育学部)
  • 岡本祐子(広島大学教育学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
昨今、青少年の非行や犯罪的異常行動が問題になっているが、一般青少年にも基本的道徳
観や他人への思いやりの欠如が目立っている。青少年の行動様式の決定には、乳幼児期の情緒形成が
大きな決定因となると考えられているが、その科学的、実証的研究は乏しい。本研究は、幼児期の情
緒形成の過程を多方面から検討し、情緒形成に及ぼす養育者を含む家庭環境や保育環境の影響を明ら
かにし、豊かな情緒形成がなされるための支援方途を確立すること、並びに保育実践への指針を示す
ことを目的とする。
研究方法
幼児期における情緒形成に及ぼす諸要因について、今年度は縦断的研究の第一段階として、
産科医院において、新生児期の気質的行動特徴と母子相互作用の状態を看護者の評定によって検討し、
母親の出産初期における対児感情、育児姿勢、育児意識などをアンケート法、文章完成法などで調査
した。
育児ストレスの研究として、父母間の比較分析をアンケート法によって検討した。また、母親の役
割受容と個人としての自己同一性を分析し、家族との関係について検討した。
母子保健事業の効果的展開について母親の利用する支援施設とその満足度、要求する支援体制など
をアンケート調査と自由記述法によって調査した。
自己制御機能及び正義感の発達を規定する家族要因などについて、いずれもアンケート法によって
検討した。また、親子相互交渉が子どもの情緒形成にいかなる影響を及ぼすかを検討するために、子
どもの葛藤場面における親の対応について面接調査を行った。
乳幼児期における不十分な親子関係の早期発見のために問題のある子どもおよび育児困難な親のチ
ェックリストを作成し、臨床場面に適応させながら、その妥当性を検討するとともに、親子関係の改
善を図り、症例の分析を行った。
結果と考察
新生児行動特徴評定表を、ブラゼルトンの新生児行動評価(NBAS)の評価内容や、庄司
らの「新生児行動様式質問紙」の項目を参考に検討して作成した。新生児の身体生理的状態に関連し
た9項目と反応性や泣きなど心理的状態に関連した項目15項目の計24項目からなり、5段階評定と
した。新生児と母親の相互作用評定表は、母子の協応性をみる2項目と主として母親の赤ちゃんへの
働きかけをみる2項目、母親の疲労についてみる1項目の計5項目からなり、5段階尺度で評定する
こととした。これらはいずれも出産後2日目に看護者2名によってなされた。また、母親に対する出
産・育児に関するアンケートでは、出産体験後の感想、赤ちゃんへの思い、母親としての実感、赤ち
ゃんの父親の反応、など計76項目とし、同数の肯定的項目と否定的項目を設けた。18組の母子につ
いて結果が得られたが、調査、記述に困難性はなく十分今後の調査に使用しうると判断された。
育児ストレスの父母間比較調査では、父親の育児に対する関心は決して低くはないことがみられた
が、その反面、育児は本来的には母親のものであるとして、第三者的な意識も根強いことが示されて
いる。一方、母親も母親としての充実感や責任感を強くもってはいるものの、育児に追われる日常の
苛立ちは、父親に比べて強い結果が示されている。とりわけ子どものことで不安があるとする母親に
その傾向が顕著であった。父親が育児に一応関心を高めつつも、それがストレスとはなっていない現
状は、父親の育児参加が実際はまだそれほど進んでいないことの現れではないかと考えられる。母親
の育児負担を軽減するためにも、父親のいっそうの育児参加の推進が求められるところである。しか
し、父親が母親と同様に育児に密着し、ストレスを高める結果を招くことがあってはならないであろ
う。本調査対象が示した親であることへの肯定感や責任感を維持しつつも、それが育児ストレスとは
ならないような親の育児のあり方、そして、親に対する育児支援のあり方を模索する必要性は、今後、
父親の育児参加を推進するうえでも求められていることは、母親に対する育児支援と同様であること
を指摘したい。
母親役割の受容や育児への積極的関与ができない母親の増加が指摘されている。その背景の一つに
は、幼児をもつ母親のアイデンティティ葛藤があると考えられる。本研究では、幼児をもつ母親の母親
役割受容を、個としてのアイデンティティと母親アイデンティティの統合・葛藤という視点からとらえ、
母親役割受容と育児への積極的関与と家族関係の関連性について検討した。その結果、幼児をもつ母親
の母親役割受容には、家族とのかかわり方、特に夫との関係が重要な意味をもっていること、母親役
割を受容し、積極的に育児に関与していくためには、夫が妻の育児に関心を示し、心理的にサポートし
ていくことが重要であることが示唆された。本研究の成果は、今後、育児への積極的関与を促進する家
族環境に関する基礎資料として、母親・父親を対象とした啓発・教育へ活用が可能である。
働いている母親が、育児に関して職場に望むこととして、子どもが病気の時や学校行事などで休みが
気兼ねなく取れることや、企業における保育施設の整備を望む声が多かった。育児に関して社会
に望むこととして、広い公園や安全で静かな環境、保育施設の充実、職場での育児休業、育児手当な
どの充実、育児休業の保証、育児中の労働時間の短縮、出産後の再雇用制度の保証、相談窓口の充実、
などがあげられた。育児に関する不安や悩みでは、育て方に関する悩み、仕事との両立の困難さ、生
活のゆとりのなさ、などが目立っていた。各機関の連携で、開かれた保育所、延長保育、病児保育、
小児科医による育児相談の充実、保育所での検診業務、相談事業の拡充、さらには企業内保育施設の
充実などが望まれる。
人間が豊かに生きていくために、自己を抑制する能力と自己を主張する能力のバランスのとれた
発達が重要だと考えられる。自己制御の発達に対して母親の果たす役割について検討した結果、男児
の場合、母親の受容的態度が子どもの自己主張機能の発達にプラスの影響を与える可能性がある。ま
た、時には自己抑制の発達にも影響するが、両機能の発達に同時にプラスの影響を与える態度パター
ンは明確にはならなかった。女児の場合、母親の受容的態度が自己抑制機能の発達にプラスの影響を
もたらす可能性がある。他方、統制的態度や力中心の養育スタイルは自己抑制や自己主張の発達にマ
イナスの影響もたらす危険性がある。
幼児の思いやりと正義感の涵養には、家族の感情交流が育児場面、会話場面、子どもの愛着行動な
どの家庭生活の様々な局面と関連することを明らかにした。そして、それぞれの家庭には感情的な雰
囲気が存在し、家族の共感関係を把握することにより、より適切な育児指導がなされることが示され
た。親が単にやさしくすれば思いやりが育つのではなく、逆に厳しく接すれば正義感が獲得されるの
でもない。親の性と子どもの性によって、同じ家族要因が幼児の対人行動と異なった関係を示すこと
を報告した。そして、男子にとって、父親の共感と自己制御のしつけが重要になることを示した。
幼児期に満たされていない心の叫びや、乳幼児期の不十分な親子関係を早期に発見し、早期に適切
な介入をする事が大切である。心が満たされていない子どもに起こりがちな小児心身症の症状を参考
に、異常行動チェックリストを作成して早期発見に適切であるかを評価すると同時に、その子どもた
ちに親子関係の改善を図る介入をした。また、育児困難な父母のチェックリストを利用し、早期に育
児困難な父母を発見し、親子介入する方法を実施し、それらの効果について調査中である。
結論
本研究は乳児期から幼児期におよぶ発達を視野におき、心の健全育成に資する成果を得るため
の研究として企画したものであるが、乳幼児期の初期における情緒形成の基礎的研究から、情緒形成
に大きな影響をもつ親や、これに関係する家族、社会の関与などについて多方面から検討した。今年
は初年度であり、研究方法の模索に終わった研究もあるが、これらは、今後の縦断的研究の基礎をな
す研究結果となった。これらを基に育児支援施策の企画に参考資料を提供すべく研究を続けたい。

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