自閉症児・者の不適応行動の評価と療育指導に関する研究

文献情報

文献番号
199800288A
報告書区分
総括
研究課題名
自閉症児・者の不適応行動の評価と療育指導に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
江草 安彦(川崎医療福祉大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山崎晃資(東海大学医学部精神科)
  • 石井哲夫(白梅学園短期大学)
  • 太田昌孝(東京学芸大学教育学部特殊教育研究施設)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
自閉症診断は、ICD-10およびDSM-Ⅳの普及によって、児童精神科の臨床場面では混乱が見られなくなった。しかし、教育・福祉の領域では、自閉症のとらえ方が断片的・操作的に行われていることが多く、専門領域間の不統合と連携の困難さが問題となっている。広汎な領域における歪んだ発達障害を示す自閉症は、依然として誤解と偏見を受けており、特に、知的障害のない高機能自閉症およびAsperger症候群は、深刻な社会的不適応行動および多彩な精神病様状態を有するのみかかわらず、福祉的援助の対象となっていない。そこで本研究では、①高機能自閉症の不適応行動の評価と理解、②自閉症の強度行動障害の発症機序の解明とその対応、③自閉症の判定基準(症状の重症度、知的障害の程度、生活の制限の3軸からなる)の作成についての検討をすすめることにした。
研究方法
次の3つのテーマによる研究がなされた。
1.高機能自閉症およびAsperger症候群の社会的不適応行動の評価:①適応障害や多彩な精神病様症状を顕在化させて東海大学病院精神科を受診した症例の精神病理学的検討を行い、Asperger症候群の概念について検討した。②高機能自閉症とAsperger症候群に関する文献を詳細に検討し、発達神経心理学的特徴を抽出した。また、WISC-Rなどによる両者の比較検討を行った。③横浜市北部地域の保健所で行われる1歳半健診が、IQ70以上の高機能自閉症に対してどの程度のスクリーニング感度があるのかについて調査した。④学校における「いじめ」について、IQ70以上の広汎性発達障害児55名と、その他の発達障害児33名との比較検討を行った。
2.強度行動障害の発症機序とその治療法:在宅で強度行動障害を多発させている自閉症児・者の家族に対しての調査を行った。また、強度行動障害療育事業を行っている袖ヶ浦ひかりの学園および第二種自閉症児施設袖ヶ浦のびろ学園の在籍児・者の中から、強度行動障害を示す利用者と、他者とのコミュニケーションがある利用者を選び、比較検討を行った。
3.自閉症の判定基準の洗練化:自閉症判定基準の改訂版(α2.1R版)の作成を試みた。この改訂版を用いて、自閉症を含む少数例を対象に、面接、カルテの記録、学校の教師の観察や記録、さらに親からの報告あるいは本人の陳述によって3ヶ月間観察し、一定程度持続する最も不安定な状態を評価した。
結果と考察
上記の3つのテーマにおける研究結果と考察は以下の通りである。
1.高機能自閉症およびAsperger症候群の社会的不適応行動の評価:①高機能自閉症およびAsperger症候群は、学習障害、発達性言語障害、注意欠陥多動障害、さらには分裂病質人格障害、行為障害(反社会的行動)、精神医学的合併症との関連を十分に考慮した対応が必要であることが明らかにされた。②Asperger症候群と高機能自閉症のそれぞれにおける特性が抽出された。③1986年から1988年の3年間に、横浜市北部の2つの区で生まれた子どもで1歳半健診を受け、後に高機能自閉症と診断されたのは14例であった。この14例について、1歳半健診のスクリーニング結果を調べた。1歳半健診で発達障害の疑いとして把握されたもの9例、通過したもの5例(偽陰性)であり、スクリーニング感度は64%であった。14例は、平均して2歳11ヵ月のときに初診しており、この感度は1歳半時点として実用上充分な値であった。④)広汎性発達障害で過去にいじめられた経験をもつ者は79%であり、受動型いじめは68%、積極奇異型いじめは93%であった。いじめの開始年齢は、小学校1年生までが49%(その他の発達障害では35%)、2年生までが60%(その他の発達障害では53%)であり、集団教育の開始と同時にいじめが始まった。いじめの加害者は両群とも同級生が最も多かったが、広汎性発達障害の児童では、下級生、近所の子ども、教師などであった。
2.強度行動障害の発症機序とその治療法:強度行動障害を有する自閉症児・者の家族に対する詳細な聞き取り調査を行った。その結果、強度行動障害と関連性が大であったものは、①不快や不満や怒りの内的緊張が高まりやすい、②自分で自分の気持ち、内面的・情動的なものを処理していくことが出来にくい、③圧力を感じやすいので、回避のために一つの反応システムを作らざるを得ない、④激しい強迫的こだわりがあるなどであった。
3.自閉症の判定基準の洗練化:自閉症判定基準の「α2.1R版」を少数例に適応し、改訂作業のポイントを明らかにした。
これらの結果から、以下のことが考察された。①高機能自閉症およびAsperger症候群が、特有な精神病理および情報処理機構の障害のために深刻な社会的不適応を表しやすいことは明らかである。彼らの社会的不適応行動について誤解と偏見が多く、教師にまでいじめられている症例がある。また、広汎性発達障害では、小学校高学年になると「心の理論」が獲得され、集団行動の改善が認められるが、同時に対人関係に過敏となり被害的になるものも多い。特にいじめが放置された場合には、その体験が被害念慮、被害妄想、さらには多彩な精神病様状態に発展する可能性があり、彼らの内的世界の深刻さを認識することが重要である。②強度行動障害を示す自閉症児・者を抱えている家庭は、常に家庭崩壊の危機に瀕している。強度行動障害に至るまでの生育歴を調査しても、その原因がなかなか浮かび上がらず、親も気づかない内に行動障害が発症したという例も少なくない。ダイナミックな精神的バランスを保ちつつ、自己の内面性を理解してくれる人からの支えと自己統制力が必要であった。③自閉症は人生の早期に発症し、対人関係障害を臨床的な基本症状としているが、症状・異常行動は多様である。自閉症の福祉的判定基準の作成に当たっては、すべての年齢層に適用可能で、妥当性と信頼性が高い、しかも平易な基準が必要である。
結論
①高機能自閉症とAsperger症候群の人々は、知的機能の程度からは想像できない複雑な内的世界を抱えており、深刻な社会的不適応行動を示していることが明らかにされた。従来、発達障害児・者の福祉的判定は、全般的な知的障害の程度によってなされているが、知能検査における下位項目のバラツキ、情報処理機構の障害の程度、さらには合併する精神障害などを総合した評価が必要である。②現在の社会の中では、自閉症は極めて不安定な状態を作りやすい存在であることがあらためて確認された。特に在宅の自閉症者では、地域で対応できないまま行動障害を多発させ、強度行動障害の状態で放置されている。強度行動障害では、人間関係の種々の困難さのために、強迫的なこだわりを生じざるを得ず、自己コントロール機能の委縮が重要な要因であることが明らかになった。特に、在宅で強度行動障害を表している人々の生活状況を考えると、現時点では、その対応を誰が何処でするのか全く不明確である。強度行動障害児・者の地域生活支援対策および治療法の開発が急務である。③自閉症の福祉的判定基準の作成は極めて重要である。判定基準には、客観的・普遍的で、簡便さと明快さが求められるが、同時に妥当性と信頼性が必要である。各尺度における概括的評価をなんらかの方式によって数量化する試みが必要である。

公開日・更新日

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